プロローグ4 宝を求める女神フレイア
プロローグ4 宝を求める女神フレイア
フレイヤは戦車に乗っていた。戦車といっても大砲がついた不恰好な鋼鉄の塊ではない。フレイヤの乗る戦車はチャリオットと呼ばれるもので、動力は油を食べて働くエンジンではなく、もっと原始的な、動物の力といったものを動力とする乗り物だった。
戦車を動かしているのは、二匹の猫だった。猫は猫でも膝に乗る大きさの可愛い猫ではなく、体長3メートルはある化け猫だ。猫の名前はフレイヤから見て右手に居る白猫がオーデ、左手に居る黒猫がエインと言う。二匹共オス猫だった。
中世の王が使っていたような、赤と金を貴重とした王座に腰掛けながら、フレイヤはオーデとエインに命令を下し、戦車は右に左に陸地を縦横無尽に駆けていく。
フレイヤはガタガタと揺れる戦車の上で、すらりと伸びた美しい足を、ゆっくりとした動作で組み替え、魅惑という言葉では足りない、魔術的な魅力を持った唇にそっと指を触れた。
唇に触れながら、さて次はどんな宝が手に入るだろうかと、フレイヤは考える。フレイヤは自身を着飾る美しい宝に目がなく、どんな手段を用いてでも宝を手に入れる執念深さを持った女神だった。
「フレイヤ様、右手にお宝の匂いがするニャー」
「いやいやフレイヤ様、左手にこそお宝の匂いがするニャン」
「世界は球を描いているので、どちらに向かっても同じ場所に辿り着くのでしょうが、今回は少しだけ意見の早かった、オーデの示す右手から回るとしましょうか」
「ニャーニャー。やったニャー。右手に行くのニャー」
戦車は右手に舵を取り、オーデは獲物にじゃれつく子猫のように嬉しそうに駆けて行く。いつもの事ではあるが、オーデの意見が採用された為、「ニャン」と一鳴きしたエインは、不機嫌を隠そうともしなかった。その事を理解しながらも、フレイヤがエインに何か声を掛けることはない。
猫の気紛れさをフレイヤが誰よりも理解している事もあったが、猫以上に気紛れなフレイヤが、声を掛けるのが面倒と思ったのが一番の理由だった。
赤いドレスからするりと伸びる美しい足をフレイヤは、再び組み変える。気紛れなフレイヤはウェーブの掛かった赤髪を指でくるくると弄び、髪を数本抜くと、抜けた赤い髪に「ふっ」と息を吹き掛けた。
フレイヤに息を吹き掛けられた髪は瞬く間に、蛇に姿を変え、髪から生まれた蛇はフレイヤを優しく愛撫しながら、フレイヤの体に纏わりついた。
以下削除案件・・・。
「フレイヤ様、また一人で遊び始めちゃったニャー」
「フレイヤ様は奔放な御方だから、仕方がないのニャン」
「ところで、ヘビも触手プレイに入るのかニャー?」
「それは詳しい人間に聞いてみないと、分からないニャン。そんな事よりもヘビを見ると、猫としての本能が疼くニャン」
「狩猟本能というやつだニャー」
オーデと不機嫌であったはずのエインは、仲良く会話をしながらより悪路の、戦車が嫌でもガタガタと振動する道を選んで進んでいく。
盛りの付いた猫のようににゃんにゃんと喘ぐフレイヤが、ある程度満足した事を見計らった後に、オーデとエインの二匹は、幾度か通り過ぎた、宝のある目的地に戦車を停車させた。
「フレイヤ様。到着したニャー。この場所からお宝の匂いがするのニャー」
オーデがフレイヤに声を掛けると同時に、フレイヤを愉しませていた蛇達が、フレイヤから離れ、そのまま野に放たれた。
「ニャン」
放たれた内の一匹は、エインが本能に従って狩猟し、エインの口からは粘液で濡れた蛇がだらりと、息を絶やした状態で顔を覗かせていた。
「王家の墓といった感じの所ですわね。確かにここでしたら、それなりのお宝が眠っているかもしれませんわ」
フレイヤは、先程までの痴態がまるでなかったかのように、素早く着崩れたドレスを正し、とても優雅に戦車から大地に降り立った。フレイヤの目の前には、ピラミッドのような形をした遺跡があり、その遺跡は周囲に点在する多くの遺跡に比べ、一回り程大きかった。
フレイヤが王家の墓と口にしたのはその為であり、すべての遺跡の中心でもあるピラミッドの入り口にフレイヤは、堂々と足を踏み入れた。入り口が狭かった為フレイヤの後ろには、普通の猫のサイズに戻った、オーデとエインが続いた。
「随分とジメジメとしていますわね」
「今は、フレイヤ様の方が湿気っていると思うのニャー」
「言えてるニャン」
「ふふっ。確かにそうかもしれませんわね。ですがわたくしはこんなにも簡単に、侵入者を招き入れたりはしませんわよ。もっと熱烈に素敵な歓迎をしますもの」
「整ったのニャー。フレイヤ様と掛けて今の遺跡と解くニャー」
「その心ニャ?」
「どちらもめいきゅニャー」
「言い方な気もしますが、褒められて悪い気はしませんわね」
右に左にぐにゃぐにゃと入り組んだ道は、迷宮と呼ぶに相応しく、迷宮とフレイヤの持つ蜜壷を、見事な言葉で表したオーデの謎掛けに、フレイヤは賛辞を送った。
「少し開けた場所に出たのニャン」
「それと、熱烈な歓迎もどうやら始まったようですわね」
死霊のようなモンスターのような、生きているとしも死んでいるとも取れない形をした何かの大群が、フレイヤ達に襲い掛かってきた。
形はどうあれ、これらが墓守である事には間違いなく、フレイヤはパチリと指を鳴らしてオーデとエインに命令を与えた。
途端、オーデとエインは普通の猫から化け猫に姿を変える。
虎や獅子よりも遥かに大きく、大人でも簡単に背中に乗せられそうな体長は、3メートル以上。瞳は三日月のように細く獰猛で、口から覗く牙は、獲物を一噛みで絶命させるには十分の、鋭さと大きさを誇っていた。手と足から覗く爪も驚異的で、捕まれた地面は、鎌鼬でもあったように裂かれていた。
オーデとエインは「ガオッ」と一鳴きし、墓守達を次々と薙ぎ倒していった。体長3メートルの化け猫が、開けた場所とはいえそれなりに狭い所で暴れたため、石が積み上げられて出来た墓には亀裂が走り、天井からは小石や砂煙がパラパラと落下し始めた。
「天恍を穿つ炎」
落下する砂煙が、フレイヤの美しい赤髪に触れるか触れないかの所で、フレイヤは天を指差し、指先から炎の魔法を吐き出した。
砂煙はフレイヤの髪に触れるよりも前に蒸発し、天高く聳え立っていたピラミッドの石段は、一瞬で世界から消滅した。
今、フレイヤの天にあるのは、闇を照らす満月と数多の星々だけだった。
オーデとエインによって最後の墓守が切り裂かれ、消滅する。
「では、進んでいきますわよ」
髪や服を一切汚す事なく、フレイヤは優雅に、ピラミッドと呼ぶにはあまりにお粗末な形となってしまった王家の墓を進み、元のサイズに戻ったオーデとエインもそれに続いた。
墓の奥にあったのは、数多くの宝石に黄金、所謂金銀財宝がこれでもかという位に蓄えられた一つの部屋だった。
部屋の中心には三体の黄金で出来た棺桶が並べられており、その蓋を開けるようフレイヤはオーデとエインに命令をする。
開けられた棺の中からは、醜い形をしたミイラが顔を覗かせ、ミイラの体はいくつかの装飾品によって彩られていた。
「この世界の王達は、中々いい趣味を持っていたようですわね」
フレイヤは呟くと、王に施された装飾品を遠慮なく剥ぎ取り、キビシスの袋の中に詰め込んでいった。
キビシスの袋は、一見すると、ただの一枚布を袋状にしているだけのように見えるが、当然ただの布きれではない。魔女キビシスによって編み込まれた袋は、その中に一つの世界を創りだしていた。故に見た目はただの布袋であるが、中は世界すら容易に仕舞える程、広大な空間が広がっている。
布は魔糸と呼ばれる紐を通す事で、袋としての形を保っているが、魔糸によって袋が完全に閉じられる事はなかった。常に少しだけ空いている事で、中とこの場の空間とを繋げる事を可能にし、中身が容易に取り出せるようになっていた。
「まずまずの成果でしたけれど、最高クラスの宝は残念ながらありませんでしたわね」
すべての宝を回収し終えたフレイヤは、戦車に腰掛け、美しい足を組みながら呟いた。フレイヤは美しく輝く黄金や宝石を愛でてはいたが、フレイヤが真に求めている物は、例えば魔具であるキビシスの袋のように、誰のモノでもない、或いは、限られた者だけが持つ事を許された、スペシャルな逸品だった。
無論、王のミイラを着飾っていた装飾品は、この国や世界にとってはスペシャルな逸品なのだろうが、残念ながらフレイヤにとってそれは、ありがちなコレクションの一つでしかなかった。
世界の宝を回収し終えたフレイヤは、世界を移動する為、キビシスの袋から、神具であるラティアロの羽を取り出し使用した。
使用者の背中に、大きな片翼が生えたように見えるそれは、羽というよりは、翼と言った方がしっくりくる大きさをしている。しかし、それは、あくまで一本の羽であり、ラティアロという、羽の持ち主が、如何なる神鳥であるかを伺い知る事が出来る。羽の色は穢れ無き純白であるが、羽のように柔らかな優しさはない。指で触れれば指は小刻みに裂かれて消え、容赦なく血を呑み込んだ。ラティアロの羽は、魔力ではなく、物理的に空間を裂くアイテムだった。
『永久を貫く腕そして永遠を繋ぐ瞳』
という異世界からの誘いが聞こえたのは、ラティアロの羽が空間を裂いた瞬間であり、フレイヤであれば、振り払う事も可能ではあったが、面白そうという理由だけで、フレイヤは黙ってその世界に誘われる事を選択した。