要塞アストラと四天王ルンファ2
目を覚ますと、王子が『おはよう』と笑顔で優しく語り掛けてくれる。
王子の笑顔に「おはよう」とルンファも笑顔で返す。
ルンファが笑うと『お前は今日も可愛いな』と言って、王子はルンファを褒めた。
「もぅ」
王子のストレートな台詞に、ルンファは頬を赤らめる。
王子のストレートな物言いが、ルンファは大好きだった。
「毎日飽きずにやれる事が、逆に凄いと思うぞ☆大体、今はおはようじゃなくてこんばんはだぞ☆時計を見ろ☆」
「なななっ!なななななんでファルがいい、居るのよ」
突然目の前にファルが現れた事に取り乱したルンファは、ビックリして飛び上がり、飛び上がった末、最後は壁に背中を思い切り打ち付けた。
痛い。
痛いけど、一部始終を見られていた事の恥ずかしさが、今は勝っていた。
「魔王城から戻ったからだぞ☆ちゃんとメール見ろ☆」
「メ、メールなんて見ないもん」
仲間とはチャットやSMS上でやり取りをする為、ルンファは基本的にメールをしない。大体メールはスパムばかりで、いちいち見ていられなかった。
「ファル様は、部下の連絡を見ない上司の鏡だぞ☆」
「うぅ、メール見ないって知ってて、メールで連絡してくるファルが悪いもん。だ、大体、上司の部屋に勝手に入って来るなんて、部下としてあり得ないんだからね」
「そのセリフは、扉を見てから言って欲しいぞ☆」
「・・・じょ、上司の部屋の扉を壊すなんて、不謹慎だとお、思うな・・・」
ノックの跡かは分からないが、扉には物理的に壊された凹みや跡があり、その形から大きな音を響かせた事は、簡単に想像する事が出来た。
勝手に入って来たわけじゃなさそうだけど、上司の部屋の扉を壊すのは、おかしいと思う。
「ベロウンガの肉に中って、ルンファ様が死に掛けた時は、返事が無かったら扉を壊してでも入ってきてよって、怒られた記憶があるぞ☆」
「そ、それは昔の事だもん。今は時効だもん」
食中毒で全身の筋肉が麻痺し、三日三晩苦しんだ時は、誰も部屋に入って来なくて本当に死ぬかと思った。でも、それはとっても昔の事で、今更そんな過去の事を言われても困る。
「ルンファ様は本当に、色々とクズで困っちゃうぞ☆」
「クズじゃないもん」
「本当にそう思ってる辺りが、救いようがないぞ☆」
「・・・で、ファルは何しに来たのよぅ。帰って来た報告だけなら、扉直して出てってよ」
「本題は外へのお誘いだぞ☆」
「は?」
到底理解し難い言葉がファルから発せられた為、ルンファは一言で言葉の不理解を表現した。四天王の集まりさえ、影武者を立てて外に出ないようにしてるのに、この女は一体何を言っているのだろう。
「勇者と戦えという命令が、魔王から下されたんだぞ☆」
「へぇ、そう。じゃあ今からログインするね」
ルンファは床の上に置かれているモニターの電源を付け、コントローラーを操作した。ゲームは24時間点けっぱなしである為、少し操作すればいつでも狩りに行く事が出来た。
でも、勇者狩りとかそんなイベントあったかな。
まぁ、どうでもいい事だけど。
「ルンファ様の脳内変換機能に、ファルはちょっと震えたぞ☆という事でドーン☆」
バルガスの居るルームに向かう為、ルンファがコントローラーを操作していると、モニターがファルによって蹴られ、モニターに繋がれたゲーム機を引き連れたまま、部屋の外にぶっ飛んでいった。
「ちょっとファル、いきなり何するのよ」
「魔王から下ったのは、ゲームの勇者じゃなくて、現実の勇者狩りだぞ☆だからちゃんと現実見ろ☆」
「あたしにとっての現実は、モニターの中だけだよ?」
「綺麗な瞳で言われても、今回ばかりは通じないぞ☆」
「そうだ。夜も遅いし、わたしもう寝るね」
ずれていたヘッドフォン正し、王子がプリントされた抱き枕を抱き寄せたルンファは、苦しい現実から逃避する為、王子のいる夢の世界に向かう事にした。
「ルンファ様は今起きたばかりだろ☆」
「起きたばかりでも眠いもん」
ファルの言う通り、目覚めたばかりで悩もギンギンに覚醒していたが、ルンファには、例え眠くなくても眠る事の出来る特技があった。そもそも魔人というのは、一時間も眠れば、一日中動き続ける事が出来る位、睡眠を必要としない種族である。三日、四日位なら平気で起き続けられる者も多い。魔王バルガスや他の四天王なんかはまさにこれで、魔王バルガスに至っては、五分眠れば一週間は動けると豪語し、実践もしていた。
バルガス程でないにしても、ルンファも他の魔人と大差はなく、部屋一つで活動の全てが完結している事もあってか、一時間寝れば三日は余裕で起きている事が出来た。
こんなルンファが眠る特技を身に付けたのは、眠らなければ王子が起こしてくれない事と、夢であれば王子と会える可能性があるからだった。
ルンファにとって睡眠は生理的な物ではなく、王子と会う為に無理矢理習得した技術に近かった。
「あざとく言っても、ファルには意味ないぞ☆」
「別にあざとくないもん。本当に眠いだけだもん」
「はいはい、どっちでもいいけど、勇者を倒しに行くぞ☆」
「行ってらっしゃい」
抱き枕を抱き締めたまま、ルンファはファルに手を振った。
「うん。行ってくる。とはならないぞ☆魔王はルンファ様に命令したんだぞ☆」
「・・・こんな事あり得ないよ。だってだって、こうならないように、皆行ったんじゃないの?」
四天王が魔王城に集結したのは、バルガスが世界征服に動き出さないよう最善を尽くす為。万が一に備えてガルマが考案した案は、ルンファがバルガスの立場であったとしても、立ち直れる位には完璧であり、バルガスと同じガチ勢だったジグールのお墨付きもあった。
この結果が勇者討伐なんて事、信じられるはずない。
「これが四天王ルンファとして、ファルが魔王と交わした契約書だぞ☆」
ファルはそう言って、薄っぺらな紙をルンファに見せた。
魔糸で紡がれた薄茶色の紙は、ルンファが四天王になった際に交わした契約書と同じ物であり、そこには四天王として勇者討伐に赴くよう記されていた。
「け、契約は、本人が交わしてなかったら無効だもん」
「はい、ドーン☆」
ファルは契約書を、ルンファの顔にベタリと押し付けた。
その瞬間、魔糸で紡がれた契約書は淡い光を帯び、契約書と同じ淡い光がルンファの体を包み込んだ。二つの光は契約完了の証だった。
「こ、こんなの無効だよ。酷いよ」
「ところがどっこい、この契約は今ので有効だぞ☆」
通常であれば、契約書に手形を押すような形で契約は交わされるのだが、手で触れなければならないという決まりはなく、紙に契約者の肌が6割触れてさえいれば、契約は施行される。
魔糸で編まれた契約書の流通は皆無なせいか、かなりガバガバだった。
「こんなの無効だもん。あたしは絶対、勇者と戦わないんだから」
契約書の通り、勇者達と戦う事は勿論嫌だったが、この部屋から出る事がそもそもルンファは嫌だった。バルガスが大変な時であっても、一歩も外に出ていないように、ルンファはどうしようもないレベルの引き籠りだった。
「ルンファ様は、ファル以外の人と会うのが怖いだけだろ☆」
「そうだよ。悪いの?」
ネット世界であればファルを真似る事で、陽気で明るいキャラを演じる事も出来るし、ファル相手であれば普通に会話をする事も出来る。しかし、それ以外の場所に出されたなら、ルンファは誰ともまともに話せない、根暗でネガティブな、ただのコミュ障になる。
外とか、凄く怖い。
「開き直られても、困っちゃうそ☆」
「兎に角、無理なものは無理だもん」
「魔王の契約書があってこれだと、一生社会復帰出来なくなっちゃうぞ☆」
「別にいいもん。四天王だからお金には困ってないもん」
「でも、この契約を破棄したら、ルンファ様は四天王じゃなくなっちゃうぞ☆」
「それでも別にいいもん。代わりにファルが四天王になればいいよ。あたしは今からファルの事フアル様って呼ぶから。だからファル様が勇者と戦ってくればいいんだよ。どうせあたしは四天王最弱だから、ファル様と大差ないし」
実際レベル1だし。
取得経験値0だし。
ていうか経験値って何?おいしいの?
「それでいいぞ☆じゃあルンファ、今から一緒に勇者を倒しに行くぞ☆上司の命令は絶対だぞ☆」
「む~り~。今日はGanzisuからグッズが届く日だもん。部屋に居ないと魔急便の人が可愛そうだもん。引き籠もりの癖に居ないとかありえないだろ!とか言われて、ダンボール蹴られるもん。商品が壊れちゃう」
「Ganzisuからは毎日荷物が届くぞ☆だから今日は、じゃなくて今日もが正解。大体ルンファは今までに一回だって、直接荷物を受け取った事ないだろ☆」
荷物を受け取るのはいつもファルや、その他の女中達であり、ルンファはというと部屋の中で、荷物がファルや女中から届けられるのを待っているだけだった。
「よ、よく考えたこっちが夜って事は、向こうの世界は朝でしょ。あたしは太陽見ると死ぬ夜行族だから、戦う前になんかこう、消えると思う。それにそれに、光の中に出るなんてとんでもないって、パパにも止められてるもん。だからファル様の命令でも、外になんて出られないよぅ」
「お前は太陽以前に、月も見た事ないだろ☆それにパパって誰だよ☆」
月光の下でしか活動できない夜行族という種族は確かにいる。彼等が太陽の光を浴びたなら溶けるというのも事実ではある。しかし、ルンファは夜行性であっても夜行族ではなく、太陽の日差しを浴びところで、溶ける事はなかった。
「う~」
「いい加減イライラしてきたぞ☆」
「じゃあ諦めてよぅ」
「分かった。もう何も言わないぞ☆ただ、今日からこのファル様が四天王なわけだから、手当も女中もこの家も全部ファル様の物だそ☆だから、ここにある王子様コレクションは今から全部オークションにかけさせて貰うぞ☆」
「えっ、ちょっと何言ってるか分からない」
「ルンファは今日から、ファル様に仕える女中Dになるという事だぞ☆給料は一番下っ端になるから、3万ギアバルグだぞ☆この契約書にサインよろしく☆」
ファルはそう言うと、先程の契約書とは違う契約書を二枚ルンファに差し出した。
この契約書は魔糸で編まれたものではなく、魔人が主従関係を結ぶ際に使用する魔紙であり、一枚は主従関係の破棄についての物で、もう一枚は主従関係の締結についての物だった。
ルンファが魔王との契約を無視したなら、魔王と結んでいる契約は全て破棄され、四天王からただの魔人へと降格する。そうなった場合ファルが四天王の座に就くには、現在ある主従の関係は結び直しておく必要があった。
「いや、あの、その・・・」
魔紙による契約は先程のように、適当な形では結ばれる事も破棄する事も出来ない為、ルンファは契約書から目を逸らした。目を逸らした先には、ルンファ神推しの王子である真壁リオの姿があった。
真壁様は優しくも強気な笑みを浮かべ、こちらを見つめている。
『何も選ばないという選択はないぞルンファ』
「真壁様・・・」
『俺様を選べルンフア。それともお前は俺様を捨てて、こんな女の下に付く事を望むのか』「そ、そんな事ない。あたしの心はいつだって真壁様一筋だよ。真壁様以外を選ぶなんてありえない」
『そうか。なら答えは決まったな。勇者を倒して来いルンファ。これは俺様とルンファが永久に歩む為に悪魔が与えた試練だが、お前の愛は勿論本物だろ?』
「う、うん。本物だよ」
『だったら、乗り越えられるよな?』
「勿論」
ルンファは真壁様の目を見ながら、力強く頷いた。
ルンファにとって真壁様の命令や願いは、魔王バルガスよりも絶対的なものだった。イベントで真壁様が「圧倒的な強さで一位になれ」と言ったなら、他の追随を許さない圧倒的な強さで一位になるのが、ルンファだった。
そしてその事を、ルンファの側近であるファルは誰よりも理解していた。
魔王バルガスには看破されたものの、ファルは四天王に四天王ルンファとして振る舞ったとしても、誰にも違和感を持たれない位に催眠能力に長けていた。
『圧倒的な強さで勇者を倒してこい』
「うん。あたし、圧倒的な強さで勇者を倒してくる。行こうファル。勇者を倒しに」
「ルンファ様が唐突にやる気MAXで、ファルは驚きだぞ☆」
「あたしだって、やる時はやるもん」
「よし、じゃあ気が変わらない内に行くぞ☆」
「うん」
ファルが差し出した手をルンファが取り、二人は勇者を倒すべく世界を移動した。
ファルは紛れもなくルンファの部下であり腹心だったが、ザッコと同じようにシステム的な役割も担っていた。
魔糸で創られた契約書も当然バルガスが用意した物ではなく、ザッコが歯車世界のシステムとしてファルに渡した物だった。




