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勇者の日常と魔王の目覚め3

「ほげ~ほげら~ほげらほげ~」

 レーフェスがレヴァーティンを科学する為に居なくなり、フレイヤが優雅に朝のティータイムを楽しむ中、ナナは布団の上で綺麗な股割りをした状態で、ほげほげと歌い始めた。

 歌は上手くもなかったが、だからと言って下手というわけでもなかった。

 微妙。ナナの歌声を一言で表すとこんな感じだった。

「ナナは歌が好きなのかい?」

 微妙な歌声を素直に褒める事が出来なかったワタルは、ほげほげ歌っているナナに質問した。ワタルがナナに話し掛けたのは、ロリコンの変態だからという理由ではなく、フレイヤにナナの世話をする役割を与えられたからだった。 

「これは発生れんすうなのじゃ。歌じゃないのじゃ」

「という事は、それが終わったら本格的に歌うわけだ」

「なぜそうなるのじゃ?」

 ナナは可愛らしく、首をこてりと傾けた。

 なぜと聞かれた所で、ワタルには分からなかった。

「えっと、じゃあ、どうしてナナは発声練習をしてるんだい?」

「これをすると、体がふわふわになるのじゃ。だからしているのじゃ」

「へぇ」

体がふわふわになるというのは、恐らく体が軽くなるという事で、発声練習を終えたのか、ナナは股割り状態からべたりと前屈し、そのまま逆立ちをした。

「ふにょ」

 そして、そのまま腕の力だけでぴょんと飛び上がったナナは、綺麗な宙返りを決め、床の上に両手両足を使って音もなく着地した。

ナナの運動神経は抜群だった。どれくらい抜群かというと、化け猫状態のオーデやエインと、素手でじゃれ合える位には抜群だった。変化のマントによる効果で、見た目は可愛らしい幼女になってはいるものの、肉体が持っていた強さまで変化したわけではなく、ナナのステータスは、幼女と呼ぶにはあまりにもぶっ飛んだ数値を示していた。

寧ろナナシの時のような獣じみた殺気がない分、ナナは獲物を狩る能力に、より優れていた。今も一切の音を立てる事なく着地したナナは、獲物を狙う猫のように体を窄め、すべての気配を絶っていた。

ナナが気配を殺して狙うのは、フレイヤの足元で眠っている二匹の猫であり、ナナの脚部には少しずつ力が蓄えられていた。

ターゲットにされている二匹の猫は、異変に耳をぴくつかせる事もなく、すやすやと眠っている。

どちらが猫なのか、分からなくなってしまいそうな光景だった。

「はい、ストップ。宿では暴れるな」

 オーデやエインに気付かれていなかったとしても、その様子を見ていたワタルが気付かないという事はなく、ワタルはナナが二匹に飛び掛かる前に制止した。

可愛いは正義と書かれた、レーフェス手製のTシャツを着たナナの首根っこを掴み上げ、再びベッドの上に落とす。ワタルの力は度重なるレベルアップによって上昇しており、幼女を片手で持ち上げる事くらいは簡単だった。

「あう」

「オーデやエインと遊んでいいのは何処だけだった?」

「ぬぅ、外だけなのじゃ」

「ここは?」

「部屋の中なのじゃ」

「つまり遊んでは?」

「いけないのじゃ」

「はい。よく出来ました」

「ぬぬぬぅ。だが、ナナはまだ何もしてはおらんのじゃ。これは、不当というヤツなのじゃ」

 ナナは不満そうに頬を膨らませ、文句を垂れた。

 その仕草がいちいち可愛らしかった。

「じゃあナナは、何をしようとしてたんだ?」

「えっ、と、それは、その、あれじゃ、その、あれじゃ・・・」

「なんじゃ?」

「・・・ワタルのせいで忘れたのじゃ。だからもういいのじゃ」

 ナナはぷいっとそっぽを向いた。

 そして、そっぽを向いたかと思ったら、すぐにこちらに向き直した。

「何だ?」

「ワタル。ナナは今退屈なのじゃ。だからナナと一緒に遊ぶのじゃ」

「それは無理」

 満月に星をまぶしたような、キラキラとした目で見られたワタルは、先程のナナを真似するように、ぷぃと目を逸らした。ナナは見た目も性格も、おてんばな幼女そのもので可愛いのだが、おてんばな幼女であるからこそ、遊ぶのはとても危険だった。

どれだけ危険かと言うと、裸に生肉を巻き付けた状態で、餓えた猛獣にハグしにいく位は危険だった。ナナと遊べばワタルは死ぬのである。

「嫌じゃ~」

「俺も嫌なんじゃ~」

 幼女とは遊びたい。

 でも、その遊びに命は賭けたくない。

「う~。遊べ~。遊ぶのじゃ~」

 ナナはワタルの膝上まで近付き、じっとワタルを見た。

 キラキラした瞳に上目使いで見詰められ、ワタルの心はキュンと高鳴った。

 ナナは可愛い。

可愛いは正義と書かれた、Tシャツの文言を体現した可愛さだと思う。

 しかし正義というのは、見ようによっては悪にもなる。

特にナナの持つ可愛いは、可愛いが故に悪だった。

何故ならナナは男で、元は醜いオッサンだからだ。

オッサンはワタルにとって、正義を凌ぐ悪だった。

「可愛い顔しても、揺るがないぞ」

「ワタルは、ナナの事が嫌いなの?」

「うぐっ、可愛い・・・」

 だが、オッサンだ。

「じ~~」

「くぅ・・・」

 ナナが可愛らしい顔を近付け、じっと目を見てくる。

 本当にナナは可愛い。

「じ~~」

「・・・だが、オッサンだ」

 心で唱え続け、自制を何とか保っていたワタルだったが、心で唱えるだけでは耐えられそうになかった為、等々口に出して呟いた。

悪魔すら天使に変える変化のマント。

その効力はまさに悪魔的であり、勇者としての心があるからこそ、何とか耐えられる苦行でもあった。




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