勇者の日常と魔王の目覚め
第三章 勇者の日常と魔王の目覚め
ワタルの目の前には一人の幼女の姿があった。
金色の長い髪に青い瞳。きめ細やかな白い肌はフランス人形のように可愛らしい。
汚らしいオッサンだった過去など、その姿からは微塵も感じない。唯一名残として残っているのは話口調位のものだが、舌足らずのオッサン口調で話す幼女というのは、ただ、可愛さが増すだけだった。
名前もナナシからナナと改名され、最強を求め続けたどうしようもない性格も、好奇心旺盛な子供というレベルで納まる位には、まともになっていた。
「ほげ~~」
ナナはベッドに座ったまま、おかしな奇声を唐突に発し始めた。
ナナシの心が封印された事によって、ナナはフレイヤが宣言した通りアホの子になっていた。突然ほげほげ言い出すなんて事は、よくある事だった。
「ホープダイヤモンドは、心を生む宝石ではなかったの?」
「生まれた心がアレという事ですわね。誰だって、オギャーと生まれた瞬間から、因数分解を始めたりはしないものでしょう?」
「つまりあそこから、きちんと成長していくという事?」
「えぇ、そうなると思いますわ」
ナナシの心をブリージンガメンによって封印した以上、空の器となった肉体は生きているだけで機能はしなくなる。それだけならさほど問題にはならないが、ナナシの場合、肉体は永遠に死ぬ事はなく、肉体自身にも戦いの記憶は刻まれている。放置したならしたで、生ける屍となって、永遠の戦いに動き出す可能性も否定出来なかった。
この事からナナシの肉体には、肉体を操る別の主導権を創る必要があり、肉体の主格としてホープダイヤモンドに創られたのが、今のナナだった。
ただ、心を生み出す宝石と言われるホープダイヤモンドを、宝として見る事はあっても、道具として使った事のないフレイヤには、心の発展先がどうなるかは分からなかった。
美しい宝というのは、往々にして絶大な効力を持つが、フレイヤは宝具の持つ効力には、あまり興味がなかった。フレイヤにとって重要なのは、美しいかどうかの一点だけだった。
「ほげほげほげ~~」
「肉体が肉体だけに、壊れた心が育たない事を祈っておくわ」
ほげほげ言っているナナを一瞥した後、レーフェスはその場から姿を消した。
勇者ワタルの仲間として役割を果たしつつも、レーフェスは一日という時間の大半を、太陽の沈む町改め、火龍の昇る町ラクイアで、レヴァーティンを科学する事に費やしていた。
「わたくしは、レーフェの科学が進歩する事を祈っていますわ」
フレイヤはティーカップに入った紅茶を一口含み呟く。
レーフェスが創り出す逸品を、フレイヤは心から楽しみにしていた。




