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プロローグ3 最強の異世界浪人ナナシ

     プロローグ3 最強の異世界浪人ナナシ




 鞭のようにしなる尾は大地を砕き、叫び声は空間を切り裂いた。鋼鉄のキバに砕けないものはなく、器用な両腕は図体に見合わない俊敏さを持っていた。片翼10メートル。一度翼を羽ばたかせたなら、周囲に激しい天変地異をもたらした。皮膚は鋼を編み込んだように固く、剥き出しの目玉は、禍々しい魔力によって護られている。

神物の名はドラゴン。

ドラゴンは世界の頂点であり、世界の理そのものだった。

しかし現在このドラゴン、片目を抉り取られ、鋼鉄の皮膚はあかぎれを起した手のようにボロボロになっていた。

空間を切り裂く叫び声は、悲痛な泣き声のようにも聞こえる。天変地異を起す翼も力なく、今は折り畳まれていた。

弱りきったドラゴンの周囲には、数万に上る武器の残骸が落ちている。

これは、数万の人間によるドラゴン狩り、ではない。

ドラゴン狩りであったなら、武器と同じ数の人間が同じように、ドラゴンの周りに転がっていなければならないからだ。

神物とは、人が束になって掛かれば勝てるような、そんな簡単な相手ではなかった。如何なる武器を持ったとしても、勝てるどころか、この世界の人間では傷一つ負わせる事はできないだろう。

ではなぜ、神物のドラゴンが瀕死の傷を負い、その周りには無数の武器が落ちているのか。

簡単な話だ。

この世界の理にない者が、数万の武器を持ってドラゴンに勝利したという、ただそれだけの事だった。

ドラゴンの背中には一人の男が眠っている。ドラゴンが眠っている男に対して何かをする事はない。世界の頂点も理も、この男によって既に塗り替えられてしまっていた。

人間達がドラゴンに刃向う事を恐れたように、ドラゴンもまた、この一人の男に刃向かう事を恐れるようになっていた。

ドラゴンにとってはそれほど、力の差を感じた敗北だった。

ドラゴンに勝利したこの男に名はない。かつてはあったのだろうが、長い旅の中で、ソレは忘れ去られてしまっていた。

名がないためナナシ。

男が滅多に聞かれる事のない名を尋ねられた時は、そう答えていた。

「空が蒼いのう」

目を覚ましたナナシは「ぷっ」と口に銜えていた葉っぱ飛ばして呟いた。

腰や頭がなんとなく痛いのは、鋼鉄製のベッドがまったくもってナナシの体に合っていないからだった。ドラゴンからの抵抗もなくなり、疲れたからそのまま背中を借りて眠ったはいいが、やはり眠るのなら、畳くらいの硬さが丁度いい。

「よっこらせと」

ナナシはドラゴンの右目を抉り取った無刀・ナナシを、ドラゴンの背中に突き刺し、立ち上がった。鋼鉄の皮膚を持つドラゴンに対する、ナナシの斬撃に耐えたのは、この今は名も忘れてしまった刀の無刀だけであり、無刀はナナシの愛刀でもあった。

名前を忘れてしまった刀に対して、愛刀とはこれいかにといった感じなのだが、無刀はそういった所も含めて、ナナシと相性のいい刀だった。

ナナシに無刀。ただただ最強を求める者に、名なんてものは必要がなかった。

名という物は残す為に使われるものであり、名を残そうとは考えていないナナシには、考えた所でやはり必要のないものだからである。

「さて、この世界の最強は斬り伏せた。次の世界の最強を斬り伏せに行くとしようかの」

ナナシは無刀を、空間を撫でるように動かした。

無刀によってなぞられた空間がぱかりと開き、ナナシは開いた空間に足を踏み入れる。

刀が特殊なのか、ナナシが特殊なのか、当人達も既に忘れてしまっているのだが、ナナシと無刀には空間を切り裂く能力が備わっていた。

最初の世界、ナナシの生まれた世界で、ナナシは無刀と共に天下無双となった。

誰よりも強さ求め、誰よりも強くなったナナシの夢は、その瞬間に終わりを迎えたのだが、頂という場所程、居心地の悪い所はなかった。

天下無双となったナナシからはまず、心躍る戦いが失われた。頂にいる者は挑戦者になる事は許されない。今しがた斬り伏せたドラゴンのように、待つ以外の事は出来なくなった。

たまに羽を伸ばそうにも、ナナシの名は全国に轟いていた、誰も戦わない。名を上げようと襲ってくる輩は居たが、そんな相手には、刀すら必要がなかった。

天下無双はナナシに退屈と、有り余る時間を与えた。

ナナシは一人、無刀を振り続ける日々を送った。心を空となし刀を振るう。

しかし、ナナシの心が空になる事は、数百万回の素振りの中で、恐らくは一度としてなかった。

幾多の達人達が辿り着いた、空や無と呼ばれる境地がナナシにとって、無縁のモノと気が付くのに、時間は掛からなかった。

それでも、刀を振るう事をナナシは止めなかった。

ナナシは一振り事に餓えていった。そして一振り事にナナシの感覚は研ぎ澄まされていった。ナナシは刀を振るう度に、存在を感じていた。敵がいる事を感じていた。

百戦錬磨のナナシにだからこそ分かる、そんな些細な力の流れ。

強いと、そう感じる。

勝てるだろうか?と、そう感じる。

血が沸いた。

ナナシは現在五体満足でいる。両目も見えるし両耳も聞こえる。これは天下無双となった世界に、ナナシに傷を負わせる程の兵が居なかったという事を意味していた。

ナナシは生まれた瞬間から最強を目指していた。しかしナナシの目指す最強は他の者達が示す最強とは、意味合いが異なっていた。ナナシが示す最強とは、自分自身ではなく他人に求めるものだった。

そう、ナナシは最強を求めて今まで歩んできた。

最強こそナナシにとって敵足りうる存在だからである。

ナナシはそこにはいないが、確かにいる最強に目掛けて刀を振るう。

その様子を見た侍達は、天下無双の剣舞に冷や汗を掻いたという。それ程までにナナシの剣舞が鬼気迫るものであり、自身が剣舞の中であっさりと斬られた姿を投影した為だった。

ナナシは剣舞を舞う。

そしていつしか剣舞を舞う事もやめた。

剣舞を舞う事をやめたナナシは、無刀を構えたまま立ち尽くす日々を送りはじめる。

悟りを開いたように周りには映ったかもしれないが、違う。

ナナシの心は世界に居る誰よりも激しく荒れていた。

ナナシがその世界で最後に刀を振るったのは、餓えの心が限界を超えた時だった。

ナナシの心と技量は、最強へと続く扉を自力で抉じ開けた。

ナナシは今、右目を失っている。耳も片方は聞こえない。左腕も斬り落とされた。内臓なんてものも恐らくグチャグチャだろう。それでもナナシは勝ち続けていた。

心が躍る。

だが餓がなくなる事はない。

『永久を貫くインフィニティ・ブロウそして永遠を繋ぐエターナル・アイズ

そんな声が聞こえたのは、餓えを満たす為にナナシが次なる最強を目指して世界を移動した時だった。


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