西の魔女とロリッ子戦士10
西の空には炎の龍が昇り、東の空には白と黒の雷が瞬いていた。
白と黒の雷は地面を削り取り、周囲に文字通り大きな爪痕を残していた。
オーデとエインは近接戦闘を得意とする物理特化の神獣であるものの、普段はその力の大半を抑えて戦闘を行っている。力を開放する程の敵が滅多にいない事も理由の一つだが、最大の理由は、ルーンを開放した状態の二匹が、信じられない位に眩しいという事にあった。
オーデは白の雷を纏い、エインは黒の雷を纏う。白と黒が交互に織りなす光の渦は、明かりのオンとオフを繰り返しているようで、目がチカチカして気分が悪くなる。これが、フレイアが二匹にルーンの使用を許可しない最大の理由だった。
「閃光の爪ニャー」
「漆黒の爪ニャン」
黒と白の雷が辺りに迸る。
「この光には、やはり慣れませんわね」
「フレにも、苦手な物があるのね」
「わたくしの目に届かないよう排除しているだけで、寧ろ苦手な物の方が多い位ですわよ。あの男なんて、その最たる例ですわ」
「アレを得意とする者がいるとは思えないけど、どうするの?設定上、仲間ではあるみたいだけど」
「月の雫でさえ目に見える効果がなかった事を考えると、根底をどうにかする以外には、なさそうですわね。あんな男にわたくしの宝をまた使う事になるのは腹立たしいですが、こればかりは仕方ありません」
「フレなら仲間であっても容赦なく殺しそうなのに、ちょっと意外」
「レヴァーティンでさえ殺せなかったとなると、わたくしでは殺せそうにありませんし、仮に殺せたとしても、今度は死霊や怨念となって追い掛けてきそうですもの」
「確かに」
殺しても死なない。死んでも殺しに来る。あの男はまさにそんな感じだった。
「となると、選択の幅は嫌でも狭くなるというものです」
「私はフレのお宝がまた見られるのなら、どっちでも良かったりするから、じっくり傍観させてもらうとするわ」
「えぇ、しっかりとその眼に焼き付けておきなさい。今から使うのは、わたくしの持つ宝の中でも特別な最上の宝。数多の神すら欲する宝石ですわよ」
フレイヤは答え、キビシスの袋から黄金に輝く首飾りを取り出した。
中心に赤い宝石が埋め込まれた、黄金の首飾り。
簡潔に表すのであれば、それ以外はないのだが、宝石が埋め込まれただけの、ただの首飾りでない事は、凡人のワタルでさえ一目で理解出来た。
宝石は赤いが、何千リットルもの血液を凝固させたような禍禍しさと、レッドダイヤモンドのような、清清しい輝きを放っている。黄金は太陽のように眩しいが、黄金部分に細かく刻まれた、文字とも絵とも取れる記号は、不意に表れる影のような不気味さがある。
恐ろしくも美しい。
宝具、ブリージンガメンの有り方は、フレイヤと似ていた。
それ故に、フレイヤに似合っていた。
「綺麗ね。まるで女神の彫刻のよう」
「・・・褒め言葉ではありませんわね」
レーフェスは偽りない褒め言葉として、ブリージンガメンを手にしたフレイヤを表現したつもりだったが、フレイヤはレーフェスの言葉に気分を害したようだった。
「紛れもない褒め言葉だけど、彫刻という言葉が余計だったみたいね」
「気が付いて頂けて良かったですわ」
フレイヤ自身が女神であり、彫刻というのは女神を模した偽物。
本物の宝と本物の女神を、美しい偽物と表現されたのでれば、フレイヤが気分を害されるのは当然の事だった。
「そんな風に睨まれたら、理由を探すのは当然だもの」
「ふふっ。にしてもあの男、つくづくバケモノですわね」
ルーンを纏ったオーデとエインの強さは神獣の名に相応しく、例え神であっても容易にあしらう事は出来ない領域に達する。それをレヴァーティンの神炎に焼かれながらも圧しているのだから、バケモノと表現する以外になかった。
「バケモノでなかったなら、フレがその宝を使う事はなかったでしょう?」
「その通りですわね。では、オーデとエインが敗北するよりも前に始めましょうか。折角ですしレーフェにも手伝って貰ってもよろしいかしら?」
「その宝に触れさせて貰えるの?」
「レーフェ、殺しますわよ」
「死にたくないから、この手の冗談は二度と口にしない事にする。で、何をすればいい?」
殺意の籠った視線を受け、レーフェは肩を竦めて見せた。ギャク漫画のような返しをしたものの、レーフェは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「この場から使えるよう、空間を繋げて下さいまし。タイミングはレーフェなら違える事はないと思いますが、ブリージンガメンが万が一にでも傷付くようなタイミングであったなら、二度殺しますので、お願いしますわね」
「人使いが荒いというか、無茶苦茶な注文だわ」
「あら?わたくしは出来る者に出来る事を頼むだけですから、荒くはありませんし、無茶苦茶でもありませんわよ」
「その台詞。何だか懐かしいわね」
研究室において、セトやアルシャを同じ言葉でこき使っていた事を思い出したレーフェスは、少しだけ故郷を懐かしんだ。そして、出来る事を当然のようにやってくれていた二人に感謝しつつ、レーフェスは空間座標の固定を行った。
ナナシとの距離は約300~500m程であるが、その範囲を恐ろしい速度で動き回っている為、空間から食み出ないよう、この5倍の座標空間を固定する。
二匹と一人を大きな箱に閉じ込めるようなイメージで捕まえ、箱の中であればどの点に移動しても捉えられるよう、無数の座標を作り上げていく。
最後に、フレイヤと全ての座標が繋がる一つの点を作りあげ、レーフェスの仕事は完了した。後はフレイヤが任意のタイミングで座標を使えば、ナナシに近い場所と現在の座標とが繋がる事になる。
レーフェスは仕事の完了をフレイヤに目で合図した。
「では、永久の眠りに誘いましょう」
白と黒の閃光が輝き、赤い炎が立ち昇る中、ブリージンガメンの放つ光が、それら全てを呑み込んだ。
ブリージンガメンが宝具として持つ能力は、夢を見せる事にある。
見る者にとっての理想を体現する夢の世界。
しかしそれは、見る者にとって真実であり現実でもある。
フレイヤはこのブリージンガメンを使って、ナナシに永遠の夢を与える事にした。
見せる夢は戦いの夢。戦闘狂が戦闘狂らしく永遠に兵共と戦い続ける夢である。
ブリージンガメンの誘いによって、ナナシの意識が、現実から夢の世界へと誘われる。
誘われると言っても、ナナシの見ている景色には何も変化はない。
ナナシの目の前には、白と黒を纏った二匹の化け猫がいる。
化け猫を斬り伏せた先には、青く美しいエルフの女がいる。
景色に変化はないが、ブリージンガメンの光は、ナナシの意識を深い欲望の水底へと既に沈めていた。
エルフの女の先には、赤い魔女。その先には魔王の姿があり、ドラゴンやまだ見ぬ強敵の姿があった。
そこはナナシが夢見た、最強のいる世界。
ナナシの心は喜びに震えた。




