西の魔女とロリッ子戦士9
天に向かって龍が昇っている。
西の祠とラクイアの町とではさほど距離も離れていない為、快適だった町の気温は40度近くまで上昇していた。
寧ろよく、この程度の気温上昇で済んでいるものだがそれは、レヴァーティンから放出されている炎が、ただの炎ではなく、恐ろしく濃いマナによって生成された神炎であるからだった。
レヴァーティンが今なお放出し続けている神炎のマナ濃度は80を超えており、それはレーフェスが目指した遥か先にある世界が持つ数値だった。
「随分と好奇の目を向けていますわね。折角の料理が冷めてしまいますわよ?」
「酒の肴としては最高の現象だもの。料理なんてなくてもあの現象だけでビール十杯はいける」
フレイヤに答えながら、レーフェスはジョッキに入れられたビールに口を付けた。テーブルの上には多くの料理が用意されていたが、レーフェスはそのどれにも手を付けてはいなかった。
「ふふっ、レーフェが欲しいのであれば、自由に持っていても構いませんわよ」
「えっ?」
レーフェスはフレイヤを見た。
フレイヤから宝を奪う行為は、命を捨てる行為に等しい事だとレーフェスは認識している。宝を得る為護る為には手段を選ばない。フレイヤの宝に対する執念や執着は、レーフェスの科学に対する思想とよく似ていた。
だからこそ、フレイヤの声は聞こえていても、レーフェスにはすぐにその意味が理解出来なかった。
「知り合って日も浅いですけれど、レアな表情が見られた気がしますわね」
「知り合って日が浅いけど、関係が深くなったとしても聞けそうにない言葉を、私は聞いた気がする」
「アレをわたくしにとって大切な宝とするなら、そうなりますわね」
「違うの?」
「金貨を使って料理や酒を得たように、使う事によって美しい姿を見せて貰えるように、対価があれば消費しても構わない唯一の神具。こう言えばそれなりに適切かもしれませんわね」
「それはつまり、私に相応しい対価が払えたなら。という事?」
レヴァーティンは月の雫のような消費アイテムではなく、空に昇る龍に対してもフレイヤは一切感心を持っていなかった。使っても消費しない宝を、消費しても構わないと言ったのは、金貨に対する料理のように、レヴァーティンに対して対等な宝を用意しろという事だとレーフェスは判断した。
「流石に頭が回りますわね」
「フレには既に、フレの望んだ宝を渡しているから、ただの嫌味とも取れるけどね」
フレイヤと行動を共にする際、レーフェスは転輪のアイテムを既にフレイヤに渡していた。この他にも幾つかの道具は持っていたが、フレイヤが宝として欲したのは転輪だけであり、その他は宝認定さえされてはいなかった。
「ふふっ。かも知れませんわね。ただ、わたくしはレーフェにレヴァーティンをプレゼントするとは一言も言っていません。自由に持っていっても構わないと言っただけですわ。あの剣を自由に持っていけるのであれば、レーフェはわたくしに対価を支払った事になるとは思いません?」
フレイヤはまるで宝を見るような目でレーフェスを見た。
フレイヤはレーフェスに一目を置いていた。
科学者としての頭の良さ、魔法に対する精密さ、そして欲望に対する忠実さ。
レーフェスは目的を達成する為に手段を選ばない。
そして、目的達成の手段の中に、宝を生むタイプである事をフレイヤは見抜いていた。宝は唐突に宝としてその場に出現する事はまずない。誰かに形作られて初めてそれは宝となってその場に現れる。
宝は一流の素材を通して誰かによって創られるのである。
フレイヤはこの事を誰よりも知っていた。
だからこそ、レヴァーティンをレーフェスの科学材料にするのは面白いと考えた。
レヴァーティンであれば、レーフェスの科学に傷付けられたとしても問題はなく、仮に神具を傷付ける程の事が出来たなのなら、それはレーフェスがレヴァーティンに匹敵する宝を創り出した事を意味する。
フレイヤはレヴァーティンよりも、この先生まれるかもしれない宝にこそ興味があった。
「やっぱり、あの炎は消えないのね」
「自然鎮火はあり得ませんわね。あの状態のレヴァーティンを回収するには持ち主が取りに来るか、スルトの鞘を使って炎もろとも納めるしかありませんわ。勿論これは今の所、ですけれど」
「何というか、フレの期待が重いんだけど」
「期待というのは常に重いものですわ」
「そうかもね。ただ、一言言っておくけど、あの剣を得る過程で例えフレにとっての宝が生まれなかったとしても、手に入れたら私の物にはするから」
「勿論。自由に持って行って下さいまし」
「まぁ、最低限あの炎をどうにかする道具は創る必要はあるけど・・・。ところで、炎で思い出したけど、フレが焼き払った戦士、多分仲間の役割を持っていたと思うけど、いなくなったら今後に悪影響とかあったりしない?」
「異界から集められている時点で、その人物がいないと進まないイベント等はなさそうですが、そればかりは何とも言えませんわね」
「つまり、今度の為には、仲間にした方がいい事に違いはないと。出来るのかしらね・・・」
真上に特異点を観測したレーフェスは、特異点を生み出した者の正体を予測しつつ、ユグドラシルの枝で床を叩いた。歯車世界よりも高濃度のマナで創られた杖と、レーフェスによる精密な魔法技術によって、創られた特異点が少しだけ移動する。
移動した特異点からは、墨のように黒いナニかがボトリと落下し、辺りに炎を立ち昇らせた。黒い塊が何かをしたわけではなく、それを黒い塊にした神炎が周囲に燃え広がったからだった。
しかし、よく見ると神炎で辺りが燃え広がる一方、黒い塊が落下した床には無数の剣撃が刻み込まれてもいた。
レーフェスが特異点を移動させなかった場合、そこはフレイヤが居た位置だった。
「・・・見誤った、か。未熟・・・」
「悪質なストーカーでも、ここまで執念深くはありませんわよ」
フレイヤはワイングラスから手を放し、大きな溜息を吐く。
刀片手に、炎を立ち上らせている丸焦げの男。レヴァーティンの神炎に中てられて無事であったのも驚きだが、空間転移までしてこの場に現れた事は更に驚きだった。
レーフェスが機転を利かせた為、何もしなかったが、フレイヤは何もしなくて正解だったと、男を見て思った。男は今、フレイヤしか見ていない。フレイヤが先に動いていたなら、その空間すらこの男は斬っていたに違いない。
月の雫を使用された状態でこれなのだから、フレイヤはナナシの持つ怨念にも似た執念に、うんざりと呆れるしかなかった。
「最強は斬る・・・」
「オーデ、エイン。ルーンの使用を許可致しますわ。この男を排除なさい」
「ニャ!」
フレイヤの命令で化け猫となった二匹は、神聖な雷をその身に纏いながら、燃え盛るナナシを店ごと町の外に吹き飛ばした。
ルーンを使用したなら、十秒持たない事もないだろう。
フレイヤは赤いドレスを軽く整え、イノシシになったワタルの背中に腰を下ろした。




