西の魔女とロリッ子戦士
第二章 西の魔女とロリッ子戦士
鏡があった。鏡には一人の男が映し出されていた。
短髪の黒髪で、キリッとあがった眉は細く整えられている。二重であるが目には勇ましさがある。肉体は逆三角形であり、腹筋は六つに割れていた。腕を動かせば力こぶができ、細さよりも強さが目立つ。
その人物を一言で表すならイケメンであり、例えるならそれは、ファンタジーに出てくる主人公の役割が似合う姿をしていた。
「鏡の前でポージングなど決めたりして、余程その姿が気に入りましたのね」
鏡に映る姿に見惚れながら、ワタルがポージングをしていると、バスローブ姿のフレイヤが、赤ワイン片手に楽しそうに話し掛けて来た。
風呂上りのフレイヤは艶っぽく、筋肉以外の部分が硬くなるよりも前、ワタルは鏡越しに見えるフレイヤから目を逸らした。
「・・・」
目を逸らした先には、主人公がいた。
主人公と目を合わせながらワタルは、それが改めてワタル当人である事を認識する。余程その姿が気に入ったという言葉通り、主人公がワタルである事をフレイヤは認識しており、鏡の中の主人公は、ワタルの動きに連動して動いてもいる。
夢幻ではなくワタルは今、主人公になっていた。
「フレイヤ様が話し掛けてるのに、何を無視しるニャー」
「そうニャン。返事位するニャン」
「変わった自分に集中したいというのは普通の事ですから、別段気にしませんわよ」
「フレイヤ様は、心が広過ぎニャン」
「・・・」
フレイヤが二匹の猫とやり取りをしている中、ワタルは鏡を見ながら再びポージングをした。一時間前、ワタルはブサメンからイケメンに変身した。
ワタルのコミュ障を直す為にはどうするべきか?という、今朝から続いていた命題に対して、外的要因から内的要因を変えてしまえばいい。という提案をレーフェスがしたからだった。
「ワタルは見た目が不細工過ぎるから、外的要因による自己評価が低くなるのは必然で、自己評価が低くなれば、対人関係に支障が出るものよ」
レーフェスはワタルを見ながら、辛辣な言葉を投げ掛け「ここを良くしてやれば対人不安なんて簡単に治ると思うわ」と、自身満々に言ってのけた。
性格や頭の良さとは違い、外見は誰でも簡単に他人と比べる事が出来き、会った瞬間に自身の価値観に沿った評価も下せる。見た目というのは、誰もが持つ最も単純でありながらも重要な評価ツール。このツールを改竄し、見た目の評価を高くすれば自己評価が上がるのは必然であり、自己評価が上がれば対人不安も無くなるのは自然の事だった。
結果としてワタルは、勇者や主人公といった役割が似合う容姿となって今は鏡の前にいる。鏡が嫌いだったワタルにとって、これは大きな心の変化であり、ワタルの自己評価はナルシズムを発揮してしまいそうな位、ぐんぐん上昇していた。
「ふふっ、今のオッタルは中々にカッコイイですわよ」
「・・・ありがとう」
フレイヤに褒められ、ワタルはお礼を言った。
釣り合うと言うと、フレイヤに対して失礼かもしれないが、今のワタルとフレイヤは見た目だけは、高い次元で釣り合いが取れているように見えた。だからこそ、フレイヤの言葉を素直に受け入れ、返す事も出来た。
「きちんとお礼を言えるようになりましたのね。後はわたくしの目を見てお礼を言えていたなら、完璧でしたわ」
「オッタル如きがフレイヤ様と目を合わせるなんて、おこがましいのニャー」
「そうニャ。オッタルは下を向いている方がお似合いニャン」
「・・・」
ワタルはフレイヤの目を見る事なく沈黙する。これはワタルがコミュ章を発症したというよりは、習慣における癖の結果だった。ワタルは基本的に下を向いている。誰かに話し掛けられたとしても下を向いている。目を見ろと言われたら、ビクつきながら視線を下から上に向ける。
今回も習慣の行動を経て、フレイヤの目を見ようと視線を上げたのだが、視線を上げていく際に、フレイヤが着ている赤のネグリジェから、赤の下着が見えた為、そこで視線の上昇が止まったからだった。
ワタルはムッツリスケベだった。
「あら、仲間というのは同じ目線を持つものではありませんか。オッタルはわたくしのペットでも従者でもありませんもの。ですわよねオッタル?」
「そう、だね」
フレイヤに問われ、ワタルは赤色の下着から視線を外し、フレイヤの顔まで一気に目線を上げた。仲間と言ってくれるフレイヤに対して、黙って下着を見続ける行為は、あまりに礼節を欠いているとワタルは思った。
「とても素敵な、良い目をしていますわね。オッタル」
「ありがとう」
宝石よりも美しい、魔力を秘めた赤い瞳をじっと見つめながら、ワタルはフレイヤにお礼を言った。モンスターを倒したわではない為、経験値は得ていない。しかし、ワタルの中で確実にレベルアップした瞬間ではあった。
勇者ワタルの伝説。
もしかすると、そんなファンタジーを夢見てもいいのかもしれない。
フレイヤの赤く輝く瞳に、ワタルは幻想を抱いた。