歯車世界10
西の町ラクイアに二人と三匹が辿り着いたのは、空が夕焼け色に染まり、今まさに太陽が沈もうとしていた時だった。ワタル一行がラクイアの町に来たのは、近くに話を聞けそうな町はないか?という質問に、レーフェスがこの町を答えたからだった。
「ようこそ旅の御方。太陽の沈む町ラクイアへ」
ラクイアの町に入ると一行を歓迎するように、住人が明るく話し掛けて来た。これはラクイアに限った事ではなく、歯車世界にある村や町の多くに、こういった住人が必ず存在していた。
旅人に対して、村や町の名前を教える役割を持っている。と言えば分かり易いだろうか。この役割のせいか、こちらが何を話し掛けたとしても、この手の住人は同じ事を繰り返す傾向が高かった。
RPGによくあるやつ。ただ、RPGとは違い、日当100ギアバルグの仕事として行っている為、何度も話し掛け続けたなら、違った反応が返って来る可能性も高かった。
「まずは食事ですわね」
「情報収集は後回し?」
「あら、知りませんの?情報というのは、美味しいお酒と料理のある場所に集まりますのよ」
村人に何も言葉を返す事なく、フレイヤを乗せたイノシシと、移動を徒歩に変えたレーフェスは、ラクイアの町を進んで行く。
ちらりと村人に目を移すと、村人は少しだけ寂しそうな顔をしていた。例えイノシシ状態でなかったとしても、コミュ障のワタルに話し掛ける事は出来なかったのだろうが、それでも会釈だけは返しておいた。
皆さんも「ようこそ」と言われたら、無視だけはやめてあげてね。
「やあやあ旅人諸君、腕っ節が立つようだが、ギルド登録はお済かい?ギルドに登録してクエストをクリアするとギアは勿論、世界各地の名品珍品が手に入るぜ?今なら登録にギアは必要ない。勿論、タダより安いものはないって事で、登録条件はギアではなく一つのクエストをクリアしてもらう事になるわけだが、当然クエストであるからには、相応のギアも手に入る。なんと1000ギアバルグだ。どうだいこのチャンス、逃す手はないだろう?」
居酒屋を探してラクイアの町を歩いていると、冒険者募集という看板を肩に背負った、モヒカンヘアの男が話し掛けてきた。
歯車世界では、倒したモンスターがお金を落とす事はなく、冒険者や旅人が手っ取り早く金を得るには、ギルド登録が必要不可欠だった。しかし、これはあくまで普通の冒険者であればの話であり、数十、数百万単位のギアバルグと換金できる宝石を山ほど持つフレイヤや、魔法でギアバルグ自体を創れるレーフェスが所属する、勇者ワタルのパーテイには、必要のない事だった。
フレイヤとレーフェスは、先程の村人と同じようにモヒカン男を無視し、イノシシ状態のワタルも結果的に無視する形で、モヒカン男の隣を通り過ぎた。
「1000ギアバルグ、日当の十倍・・・」
モヒカン男の何とも切ない声が、ワタルの耳に届いた。