歯車世界8
レーフェスを一言で表すのであれば、エルフの女性だった。
宝石を編んだような青く綺麗な髪に、魔を秘めた青い瞳。唇には青のルージュが塗られ、エルフ特有の尖った耳には、青い宝石が輝くピアスが付けられていた。体に纏うローブも濃い青色で、ローブの下身に付けているドレスも薄い青色をしていた。肌は雪のように白いが、肌以外は蒼く、例えるなら水面に映る空のように幻想的だった。
聡明で落ち着いた雰囲気を持っており、その見た目からも魔法が得意だというイメージを受け取る事が出来た。
実際、ミーミルの書にはフレイヤと同じ9が並ぶMPが記されており、その他のステータスも二匹の猫と同じ位、高い水準を誇っていた。これだけで、レーフェスが只者ではない事は分かったが、レーフェスの持つ異常はステータス以外の所にあった。
レーフェスは歯車世界に存在する、全ての魔法を行使出来ると書かれていた。これはフレイヤの概要にも記されていない事だった。
「―――つまりこの世界にいる全ての者が、決められた役割を順守するという事?」
「流れに乗るように出来ているといった方が、正しいと思いますわ。例えるならばわたくし達は、川に落ちた一枚の葉のようなもの。大きな流れに身を委ねて流される他にないという事ですわね」
「私達の出会いも、流れの中での必然で、終着に魔王の討伐があるという理解でいいかしら?」
「そう考える方が自然ですわね」
「そう考えられない位に、流れに違和感がない事が少し怖いわね」
レーフェスは顎に手を当て、神妙な面持ちで呟いた。
「わたくし達の目標は魔王討伐にありますが、わたくし個人の目的は、その流れを創り出す宝の方にありますわ」
「その宝は私も少し興味があるな」
「あら、わたくしの宝を奪うような真似をすれば、命はありませんわよ」
「興味があるだけよ」
フレイヤとレーフェスはにこやかに笑顔を交わし合った。
口調は穏やかであるものの、その様子を見ていたワタルは背筋がゾクリとするのを感じた。二人の背景に虎と龍の姿が見えた気がした。怖い。
「勇者の癖に、会話に入らないのかニャー?」
「そうニャン。今のタイミングで参加して来いニャン」
「・・・」
オーデとエインの煽りを無視し、ワタルは黙ってミーミルの書のページを捲った。書には何も書かれていなかったが、本を読んでいるフリをし続けた。他事をしてその場を何とかやり過ごすのは、人見知りの常套手段だった。
「相変わらず駄目な奴なのニャ」
ワタルの行動に、オーデとエインは呆れ口調で呟くと、木陰に座るフレイヤの足元で丸くなった。赤く美しい女性と、青く綺麗な女性が、緑豊かな場所で会話するその姿は、それだけで絵になっていたが、そこに白猫と黒猫が加わった事で、なんとも幻想的な所謂ファンタジーな一枚絵に仕上がっていた。
賢者と魔法使い。二人は設定上勇者ワタルの仲間だったが、ファンタジーな一枚絵の中にワタルの姿はない。その中に飛び込む勇気もなければ、絵になれる程、ワタルは美しくはなかった。
「・・・」
ワタルはミーミルの書のページを捲る。
勇者ワタルが世界を救う物語は、何処にも書かれていなかった。