歯車世界7
フードとローブに身を隠した女の名は、レーフェス・ラミア・マルクルス。レーフェスは、ワタルやフレイヤと同じく別世界からの旅人であり、歯車世界に居る者の中で唯一、この世界に無理矢理引き摺り込まれた人物でもあった。
「人形に挨拶をさせるなんて、中々に礼を欠いていますわね」
「獰猛な獣を引き連れて会いに来るような者に、礼が必要とは思わないけど」
フレイヤの言葉に、レーフェスは悪びれる様子もなく答えた。
強烈なマナを纏った人物が、恐ろしい魔獣を引き連れて現れたのだから、対策を取るのは寧ろ普通の事だった。それを怠れば死ぬ可能性があるのであれば、なおさらそうする。
フレイヤや二匹の猫は、レーフェスの目から見て、そうなる可能性がある位には危険に映っていた。
「貴女にはわたくし達が、強盗か何かに見えたという事かしら?」
「この状況でそう見えない者がいたなら、私が目の洗浄をかって出る所ね」
「ふふっ。確かにその通りかもしれませんわね。実際、その通りでもありますしね」
「お金に困っていそうでもないし、私よりも遥かに優れた能力も持っている。そんな者が、私から何を奪おうと言うのかしら?」
操るマナ人形を通してフレイヤを観察したレーフェスは、フレイヤの持つ装飾品とフレイヤ自身が持つ、膨大なマナを観測しながらフレイヤに質問した。
歯車世界のマナ濃度は37・4%であり、58・67%のマナ濃度を持ったユグラシアに比べ、マナの濃度は20%以上も低い。しかしフレイヤ自身が纏うマナは、歯車世界は勿論の事、ユグラシアのマナ濃度よりも遥かに濃いものだった。
纏うマナがユグラシアよりも濃いという事は必然、フレイヤがレーフェスよりも優れた魔法使いである事を表していた。
「わたくしの趣味は、珍しい物や美しい物をコレクションする事にあります。貴女がわたくしのコレクション足る宝を所持しているのであれば、それが欲しいと、ただそれだけの事ですわ」
「貴女の眼鏡に適うような物を、所持しているとは思えないけど、仮にあったとして、それを渡した場合、私に何か得る物はあるのかしら?」
「命は保障しますわよ」
「それは、既に私自身によって保障されていると思うけど?」
フレイヤと対応しているのはレーフェスのマナ人形であり、レーフェス自身は既に安全な所に身を隠している。フレイアによってわざわざ命を保障される必要はなかった。
「確かに、かなり巧妙に隠れていそうですわね。それでも、わたくしであれば探し出す事は可能でしょうが、貴女との鬼ごっこは目的に入ってはいませんし、入れる気もありませんから、別に案を出した方が賢明のようですわね」
「ニャン」
フレイヤはオーデとエインを交互に見たが、二匹は耳を折って、申し訳なさそうに一鳴きしただけだった。オーデとエインは宝の場所を完全に見失ってしまっていた。
「その案とやらに付いて、私が提案してもいい?」
「どうぞ」
「私の提案は、貴女が私に協力する事よ」
「協力?」
「私は貴女と同じで、この世界の住人ではないわ。なので、同じ異界人として、元居た世界と繋がるゲートの制作を手伝って欲しい」
歯車世界にもマナがある為、レーフェスの持つ転輪は理論で示された通り、ユグラシアにあるユグドラシルと、今も繋がった状態にはある。しかし、繋がっているだけで、転輪を通して出来た事は何もなかった。本来であればユグラシアへの連絡は勿論、レオぽんに座標を特定させる事で、異界の出入り口を創る事も可能なはずだった。
しかし現実は、歯車世界と近しい異界に続くゲートさえ創る事は出来なかった。
「わたくしが異界人であると、良く分かりましたわね」
「マナ質量は勿論、流れが全くと言って良い程異なっているもの。まるで激流のよう。恐らく、この世界とは比べ物にならない程、マナ濃度の高い世界の住人なのでしょうね」
例えば、リアルユグドラシルがあるような。
レーフェスはその可能性もフレイヤに見ていた。
「色々と気に入りませんが、色々と気に入りもしましたわ。貴女に協力して差し上げますわ。勿論、わたくしに出来る範囲で、という事にはなりますけれど」
「命の保障は?」
「わたくしは、貴女自身も価値ある者だと判断しましたわ。ですので命も当然保障します」
フレイヤは楽しそうに答え、パチリと指を鳴らした。
その瞬間、オーデとエインは化け猫から普通の猫の姿になり、ワタルもイノシシから人の姿に戻された。
人の姿になったワタルの手にはミーミルの書が持たれており、書を開くと、レーフェスの事に付いても、しっかりと書き記されていた。
レーフェス・ラミア・マルクルス。職業は勇者と共に魔王を倒す魔法使い。
彼女は勇者ワタルにとって、二人目の仲間だった。