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プロローグ1 魔王バルガス

      プロローグ1 魔王バルガス




 最初の勇者が魔王に倒されて百年。その世界では、希望は既に潰えてしまっていた。たった今、その世界において、最後の勇者が魔王に倒されてしまったからである。

「弱いな。勇者とはかくも弱い者なのか・・・」

 魔王バルガスは、王座に座したまま「くくっ」と笑う。勇者との百年戦争はたった今、魔王バルガスの勝利によって終焉を迎えた。バルガスが数多くプレイしてきたロールプレイングゲームとは違い、勇者の敗北によって世界は終わりを迎える。いや、魔王バルガスが語り手である以上、世界は始まりを迎えると、言い直しておくとしよう。

「魔王、いつか、必ず、俺でない誰かが、貴様を倒す。ぐふっ・・・」

 まるで悪人の死に際のような、そんな言葉を残して、勇者は力尽きた。この世界では不思議な力によって、勇者が教会に戻る事はない。無論人生にセーブポイントなんてものは存在しない為、死をリセットした勇者が、レベルを上げて再度挑んでくるという事もなかった。この世界は、勇者が勝つ為だけに作りあげられた、数多くのゲームとは違い、魔王が勝利する事はままあった。

「ふはははははは、これが現実だ。高々二十年程度生きただけの小童に、二百年以上生きている、しかも寿命なんてものがないこの魔王バルガス様が、負けるはずがないのだ。十倍の人生経験を舐めるな。糞が。ザッコもそう思うであろう?」

 悪役に似合う高笑いをばっちりと決めたバルガスは、右腕である悪魔神官のザッコを見た。

怪しい法衣を全身に纏い、法衣の中心には、悪魔神官という名の由来である、悪魔が象られた黒い影が描かれている。顔には鉄仮面が付けられ、鉄仮面の半分はなぜか包帯が巻かれていた。残りの半分は暗く、目に当たる部分の中心だけ、妖しく光っている。左手には、上部に宝石が埋め込まれた杖を持ち、右手にはソレが本体なのではないかと思える程に、暗く邪悪に佇む指輪が嵌められていた。

 魔王の側近に相応しく、何とも禍々しく邪悪な存在だ。

「はい。人間の作ったゲームにハマり、百年以上引き籠っているだけのバルガス様であれ、体だけは丈夫。勇者とはいえ生身の人間に、恐竜に勝てという方が土台無理な話でしょう。バルガス様こそ、最強でございます。無敵のレベル1でございます」

 ザッコは甲高く、耳障りな声でバルカスに答え、恭しく頭を下げた。

「ふはははは。その通りだ。しかし、ザッコよ。少々辛辣ではないか?魔王とて人の子、ではないが、傷付く事もあるのだぞ。勇者とか戦士とか、結構倒しているのだから、レベル1はないであろうが。ボケ」

「アリを倒して、経験値を得られるのであれば、皆レベル100でございます。何より、例え経験値を得たとしても、バルガス様は引き籠っている時間が長すぎますゆえ、レベルダウンは避けられないでしょう」

「ふむ。レベルダウンを受け入れたとしても、今回の勇者は、バチバチの稲妻を纏った一撃を繰り出すような、高レベルの勇者であったのだから、3くらいは上がっているだろうが。ここを見て見ろ。腕、凄く切れてる。超痛い」

 バルガスは腕に出来た十センチ程の傷をザッコに見せた。紫色の血が流れ出たそれは、とても痛い、もう死んでしまう位痛い大怪我だった。

 バルガスは思わず額に手を当てる。血を見てしまったせいか、何だか気持ちが悪い。

 バルガスは血が苦手だった。

「ただの掠り傷でございますね。今から回復します」

「よせ。それは必要ない。部下に自慢できんではないか。ハゲ」

 激闘の末辛くも勇者に勝利した魔王バルガス。この怪我がなければ話に信憑性を持たせる事ができない。それに勇者に付けられた傷というのは、回復を受け付けないものと相場が決まっている。

 明日には、完全に塞がってしまっているだろうがな。

「また、勇者に付けられた傷を、四天王に見せびらかせに行くおつもりですか?」

「自慢をするみたいに言うでない。ちょっとした話のタネだ。アイツ等も退屈しているだろうからな。アホ」

「しかし、その話、既にこのザッコがMNSマジカルネットサービスに投稿しております故、全員知っておりますし、既に盛り上がり終えています」

「おい、ザッコよ。何勝手な事をしている。馬鹿」

「バルガス様が、活躍の記録をしておけと言われましたので、これは実況して伝えた方が面白いかと思いまして」

 ザッコはケータイと呼ばれる、情報型携帯端末機をバルガスに見せ、頭を下げた。

「なんだ貴様は。出来る部下なのか。魔王の部下は指示待ち人間だろ。常考」

「私は悪魔神官であって、人間ではありませんゆえ」

「これは。ただの例え話だ。氏ね」

 バルガスは文句を垂れつつ、ザッコからケータイを奪い取ると、MNSでのやり取りに目を通した。

 MNSとは、テレパスと呼ばれる通信魔法を元に人間達が独自の技術で発展させたネットワークシステムの事である。世界の中心に根を張る世界樹を核として、全世界にあらゆる情報を発信しており、輝石と呼ばれる特別な鉱石が使われた機械を用いれば、情報は誰でも受け取る事が可能であり、発信する事もまた、可能だった。

『バルガス様と勇者が戦うそうなので、少しばかり実況させて頂きます。勇者による先制攻撃。勇者は剣を振りかぶり、バルガスに振り下ろした。バルガスに1のダメージ』

『何か始まったかと思ったら、バルがっちゃんの労働動画で草生えるんだがww』

『バルたん、ネットにいないと思ったら、リアルで戦っててwww』

 バルガスと勇者が対峙している動画と、ザッコの実況コメントが一緒に投稿され、MNS内にある囁きアプリには、一分も経たない内に、四天王のジグールとルンファによってコメントが打ち込まれていた。

『つか、1ダメとか無理ゲー過ぎてワロタww』

『リアルだとサバ落ちとかできないから、エグみがすごいっぽい』

『どうも。魔王さんが、戦っていると聞いたので、加わらせて頂きます』

 そしてすぐ後に、ガルマも加わった。

『バルガスの炎魔法。勇者に199のダメージ』

『これは負けイベにしないと、勇者は納得しないだろww』

『いえ、この前の勇者もこんな感じで魔王さんにボコられていました。ソース貼っておきます』

『無理ゲー過ぎるww』

『てか、今更だけどウチ等四天王、完全に勇者に無視されてるっぽい。誰か戦った?』

『ここ200年。勇者と戦った事一度もねぇww。結界張る作業してねぇからかな?』

『ウチも役割として貰ったけど、張りかた知らないし、そもそもそんな魔法覚えてないっぽい』

『右に同じです。すみません魔王さん』

『同じく右に同じ。参加遅れちゃったぜ。もしかしてもう終わっちゃった系?』

『始まったばかりだけど、終わりそうではあるww』

『ドンマイ』

 しばらくの後、最後の四天王であるガメオンも加わる。

 なんだか楽しそうなやり取りだと、バルガスは皆のやり取りを見て少しだけ寂しくなった。

『勇者の攻撃。激しい稲妻が勇者の剣に集結する。バルガスに10のダメージ』

『見た目と違ってしょべ~。てかこれ、バルがっちゃんのHP幾つ?』

『魔王ですので、10000以上はあるかと思います』

『いや、だとしたらマジ無理ゲーのクソゲーだわww。こんなクソゲーでよく魔王城まで来れたなこの勇者ww』

『ウチ等四天王はシカトだし、右腕のザッコは実況してるから、祈れば案外いけるっぽい?』

『魔王さん、危ないという理由で、こちらの世界のモンスターは全て城の地下に閉じ込めていますので、基本的にエンカント自体ないかと』

『戦う暇があったら、ログインしろとか言うしね。過激派の魔人激オコ案件』

『アイツ等はゲームとかしない系の、時代に遅れちゃってる系だから』

『時代はさておき、彼等はアウトドア派というだけで、無駄に人間を喰い殺すような野蛮な者など、一人としていませんけどね』

『ただのアウトドアが過激派って、もうわけわかんねぇなww』

『バルガスの爆裂魔法。勇者に388のダメージ。勇者は倒れた』

『バルガスさんって、リアルでも結構強い系?』

『魔王さんのレベルは確か1のはずです』

『嘘、魔王のレベル低過ぎっ』 

『そういうお前は幾つよ?』

『多分3とかあれば、いい方っぽい』

『私と同じくらいですね』

『俺はもっと高け~と信じてぇ』

『右に同じ系。10はあれと願ってる系』

『全員低いっぽい。てかウチ等、このレベルで何で四天王なんだろ?』

『ネットで知り合った、初めての仲間だからではないですか?』

『バルがっちゃんは、そんな理由で決めてそうだから困るwww』

『確かにwww』

『うん。バルガスさんはそういう系』

「・・・バルガス様は、会話に入らないのですか?今であれば魔王キターとかなりますよ?」

「うむ。なんかこう、自分が居ない所で盛り上がっていると、どう入っていいのか分からないというか、話に水を差すのも悪いというか」

「変に律儀、というよりもビビリでございますね」

「ビビッてなどおらぬわ。勇者を瞬殺する魔王がビビるとかあり得ね~し。バーカ」

 これは出来る上司の、出来る気の使い方というだけだ。空気を読む達人と言ってしまってもいい。大縄跳びで中々中に入れないような、そんな心境じゃないんだからね。

「ところで、最後の勇者もこれで倒してしまいましたし、そろそろ本格的に、世界征服に身を乗り出してみては如何ですか?」

「世界征服など、勇者を倒した時点でもうゴールは見えている。いや、既に完了しているではないか。勇者が居なくなった今、誰もこのバルガスに逆らわないであろう?」

「それは全く持ってその通りではございますが、それでは我々の存在意義というものが損なわれてしまいます」

「ザッコよ。魔王の存在意義というのは、勇者に倒されてしまう事が全てだ。このバルガスがクリアしてきたゲームには、世界征服を完遂させた魔王は一人としていない。次こそはとか、第二第三のとかほざいて死んでゆくのだ。カス」

「バルガス様。人間が作ったゲームで、魔王の勝利だ完。などという物が作られるはずありません。あったとしても、所詮はゲーム。人間に毒され過ぎにございます」

「ふむ、それは認めよう。しかしザッコよ。よく考えてみろ。伝説の勇者であのレベルだ。下手に世界征服など始めてしまえば、ガチャに限定琴美ちゃん(ソシャゲーにおけるバルガスの嫁)が新規実装されるよりも前に、世界征服は完了してしまう」

 最弱呪文ニ発で死んでしまった勇者を思いながら、バルガスは肩を竦めてみせた。魔王城の地下には、一度も人間と戦った事のないモンスターが50000体程おり、このモンスターを適当に使うだけで、一ヵ月も掛かる事なく世界征服は完了するだろう。なぜなら、この中に居るモンスターに腕を噛まれた際、勇者の必殺技よりも遥かに激しいダメージを負ったからだ。ザッコの実況的に表すなら、20位はダメージを受けた。

 痛くて、思わず腕を引っ込めちゃったくらいだ。

 つまり、50000体いるモンスターの一体一体が、伝説の勇者よりも強いという事であり、これ等をバルガス自ら指揮したなら、人類滅亡まで一週間すらかからないだろう。

 バルガスは頭の中でそんな事を妄想しながら、310回目の10連ガチャボタンを押した。もっとも今はそんな事よりも、消費者庁へのクレームの準備を整える方が重要だが・・・。

「そんな事は、終わらせてから考えれば良いではありませんか。それと、課金は程々でお願いします」

「無理だ。大体、人間達の中には、ネット世界で一緒に戦っている仲間もいる。魔王が攻めてきたのでログイン出来なくなりました。とか、そんなメッセージ来たならこの魔王バルガス耐えられそうにない。鬱だ」

「人間の作ったゲームにハマるだけで飽き足らず、パーティまで組んでおられるのですか?」

「四天王もそうだが、このバルガスも結構な時間不眠不休でいけてしまうからな。四天王とパーティを組んでいると、強くなり過ぎてしまうのだ。あまりやり過ぎると、楽しい環境が無くなるというか、頑張っても絶対に勝てない者がいるのは、嫌であろう?もっとも、そんな事態に陥った事はないがな」

 24時間体制、圧倒的資金力。バルガスはどのようなゲームであっても、すぐにランカーとして君臨出来る環境を整えていた。世界征服など一切興味のないバルガスであったが、潤沢の資金を得る為、石油施設だけは、武力によって制圧もしていた。

バルガスは比喩ではなく、魔王であり石油王だった。

「ザッコには、理解出来ません」

「強すぎず、しかし頼られ、場合によってはジャイアントキリングを起こす。そういったパーティを組むには、人間と組んだ方が良いのだ。ゲームというのは、戦略を立てて、ギリギリ勝てるか負けるかぐらいが丁度いい。このバルガスに敗北という二文字はないがな。愉悦」

「はあ・・・」

「ザッコも試しにやってみるか?ゲームで活躍できたなら、現実世界など、どうでもよくなるぞ。このバルガス、捨てアカですら十分に強い。望むのであれば一つやるぞ?どや?」

「いえ、必要ありません」

「ふむそうか。しかしザッコよ。もう一度よく考えて見ろ。世界征服してどうなる?統治するのも面倒だぞ。金を納めさせたり、そういうシステムを考えるのも面倒だ。そもそもこの魔王バルガスは、今生活に全く困っていない。世界征服するメリットなど皆無だ。カスが」

「なるほど。バルガス様の仰る言葉の意味、理解しました。つまりバルガス様にとって、この世界があまりにヌルゲーでつまらないから、駆け引きの出来るゲーム世界の方が楽しいと、そういう事でございますね?」

「ふむ。平たく言えばそうなるな」

 いや、そうなるのか?まぁなんでもいい。

「分かりました。ではザッコめが、バルガス様にとっての強敵を異世界より召喚すると致しましょう」

「ほぅ。ザッコよ、そんな事が出来るのか?」

「無論。この封印されし右腕、《永久を貫くインフィニティ・ブロウ》は、時空を破壊し、左目の邪気眼、《永遠を繋ぐエターナル・アイズ》には、時空を無理やり繋げる能力があります故。くっ、右腕と左目が疼く、疼きますぞバルガス様」

 震える右腕を抑えつけながら、包帯を巻いた左目に手を触れたザッコは、わざとらしくそう言い、バルガスに迫ってきた。

なんとなくノッてやったが、ウザい。ウザ過ぎる。相変わらず声もキモい。

「そういうノリは、実際にやられると糞ウザいな。まぁ、好きにするといい。さて、このバルガス今からやる事がある。勇者の死体を持ってささっと消えろ。ゴミが」

「はっ。だだちに、バルガス様がハッピハッピになれるよう、人事を尽くしてまいります故」

 ザッコは恭しく頭を下げると、魔王の間から音もなく消え去った。

「無駄に長居しよって。狩りの時間を決めたリーダーが遅れては、ギルメンに怒られてしまうではないか」

 バルガスはネットゲームにいそいそとログインし、今日も架空世界で、最高のギルドメンバーと一緒に、伝説のドラゴンや魔王を討伐する為の旅に出る事となった。


 魔王バルガスは世界最強であり、科学が発展したこの世界において敗北はない。しかし、魔王の反映は許される事ではなかった。

 魔王とは勇者に倒される者であるからだ。

魔王が勇者に倒される。そんな物語が、半ば強制的に動き始めようとしていた。


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