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番外:おまじない(闇属性)

本編は完結しましたが、これから1話完結で読める番外編をいくつか投稿していこうと思っています。お付き合いしていただければ幸いです。


この話は本編の5倍くらい脳みそをフワッとさせて読んでください。

演劇部部長、申瀬真琴には悩みがある。

それは、


「犬井さん…頼む…!俺の彼女になってくれ!!」

「き、雉川くん…私、ずっと前から、君のこと…!」

「ねねちゃん!僕のこと好きって言ってくれたよね!?」

「雉くん…年上のお姉さんに興味はない?」

「ねねちゃんハァハァねねちゃん…!ポメラニアンみたいな髪質、マジで推せる」

「雉川の死んだ魚のような目に生命を与えたい」


自分だけ全くモテないことだった。


*******


「…………モテたい…………ッ」

「そんなに万感の思いを込めて言うことじゃない…」


とある日の放課後。演劇部部長申瀬は、文芸部の知り合いである字森文人と、学校近くの喫茶店で駄弁っていた。今日は筆崎と雉川はついてきていない。死ぬほど煽られるのが目に見えていたため、申瀬が撒いたのだ。ちなみに意外と真面目な犬井は、明日の小テストに備えてすぐに帰宅した。


「そもそも話に聞く限り、申瀬さんの友達のモテ方、全然羨ましい感じじゃないんですけど…。一定数のやばい人引き寄せてません?」

「それでもモテてるだけいいだろぉ…。僕なんか…僕なんか、人生で一度も彼女出来たことない…」


申瀬はメロンソーダをちまちま飲みながら鼻をすすった。その姿に、大勢の部員を率いる部長としての威厳は欠片も無い。


「えっそうなんですか?そんなことなさそうですけど」

「ホントだよ!こんなこと自分で宣言したくないけどな!僕はこの17年、一度だって…あ」

「今度はどうしたんですか」

「一回だけあった…僕の年齢の4倍くらいのお姉さんに、お菓子あげるから車に乗ってくれないかって言われた…」

「それ誘拐ですよ!!リーガルをブレイクしてるタイプのやつですよ!!!!」


思わず机を叩いてしまい、フライドポテトが数センチ宙に浮く。明らかにドン引きしている字森に、演劇部部長は更にまくし立てた。


「君にわかるか!?バレンタインにひたすら雉川へのチョコ中継ポストにされる僕の気持ちが!犬井さんや雉川に会いに来た奴らが僕を見て『アッ…お宅じゃないんですわ…』みたいなふざけた顔をしてくるあの屈辱感が!!まあ彼女のいる君には!?わからないんだろうけどな!!!!」


公共の場で出してもいいレベルギリギリのデシベル数を発しながら、テーブル越しに字森ににじり寄る申瀬。そんな彼を、字森は不可解そうに見た。


「彼女…って、なんのことですか?僕に彼女なんか居ませんけど…」

「えっ」

「えっ?」


喫茶店の隅に、変な空気が流れる。


「つ…つまり、僕が今まで見えていたと思っていた筆崎は…幻覚だった…?」

「えっ!?待ってくださいなんで今理花が出てくるんですか!?」

「な、なんでって…君ら付き合ってるんだろ…?」

「ゴッぼぉっ」


字森は口に含んでいたカフェオレきな粉豆乳入り〜炭酸を添えて〜を勢いよく吹き出した。向かいに座っていた申瀬の顔がマーブルに染まる。


「ななななななななななに言ってるんですか命が惜しくないんですか!!!?もし今のが理花に聞かれてたら、申瀬さんの首と胴が永遠にお別れすることになってたかもしれないんですよ!!!?」

「あいつ戦闘種族か何かなの?というかまず僕の顔面の惨状になにかコメントしてください」


申瀬に言われてようやく気付いたようで、字森は慌てて謝罪しながらおしぼりを手渡してきた。もしここに雉川がいたら、「先輩の顔面の惨状ですか?…いつも通りですね」などと言われるに違いない。撒いてきて本当に良かったと申瀬はしみじみ実感した。


「それにしても、君らが付き合ってないとか嘘だろ…。いっつもあんなにべったりなのに」

「えー…言うほどですかね…。幼馴染だし、あれくらい普通では?」

「普通なわけないだろ幼馴染のワードで全部押し通せると思うなよ。君、筆崎のこと好きじゃなかったのか?」


眉をひそめながら問いかけると、字森はピカソの絵画のような顔になる。人間の表情筋の可動範囲を超えたそれに、申瀬は率直に引いた。


「好き…うん、好きはもちろん好きなんですけどね!?僕が惚れてるのは彼女の文章というか…!!いや理花自身のことも好きですけど!それが恋愛感情なのかと言われると…どうなんだ…?好きとは…?愛とはなんだ…?愛とは…無限にして単一…即ち宇宙…?」

「呼び出しておいてあれだけど帰りたくなってきた」


壊れた掃除機のような唸り声を上げてコスモ界にトリップし始めた字森を虚ろな目で見ながら、申瀬はメロンソーダを無心ですすった。謎に高度なのろけを聞かされている気がする。

というかそもそも、筆崎と付き合っていると思っていたからこそ、日頃微妙な距離感で対立している文芸部の彼を誘ったのである。しかし実際はアドバイスをもらうどころか、恋愛初心者未満が2人して顔を突き合わせているだけという地獄空間だった。

このメロンソーダを飲み切ったら帰ろう。そう心に決めて、申瀬は勢いよくストローに口をつけーー勢い余って、むせた。


*******


「見てください筆崎さん。先輩がむせています。相変わらずエンターテイナーの鑑ですね」

「前から思ってたけど、あんた先輩のこと嫌いなの…?」


申瀬たちのいるコーナー席から3つ離れたテーブルでは、店内の観葉植物に身を隠すようにして、雉川と筆崎が2人を監視していた。

いくらか引いたように雉川を半眼で見る筆崎に、彼は普段と変わらない真顔で即答する。


「嫌いなわけないじゃないですか。先輩のことは4……いや、5…。…………まあ10本の指に入るくらいには好きですよ」

「途中だいぶ悩まなかった?ちなみに上位4名は誰なのよ」

「妹と両親と近所の加藤さん(65歳男性)です」

「先輩近所のおじいちゃんに負けたの!?」

「まあ冗談はさておき、先輩は俺の今まで会った中で一番愉快な人なんです。この前雨が降った時に5台連続で車に水を掛けられてるのを見た瞬間とか、運命の女神が爆笑するのが聞こえましたね」

「今かなりあんたのことが怖いわ」


申瀬たちが撒けたと信じて疑わなかった雉川・筆崎コンビは、ご察しの通りガッツリついてきていた。なんなら2人の奇行をジュースの肴にしながら歓談までしている。幸いなことに申瀬たちの会話までは聞こえないようで、先程の惚れた腫れただのの話題が筆崎の耳に届くことはなかった。


「それにしてもあいつら、何話してるのかしら。わざわざ私たちを振り切ってくるくらいなんだから、よっぽど大事な話なんでしょうね」


筆崎がじっとりと3つ向こうのテーブルを睨みながら言うと、雉川があっさりと答える。相変わらず、目は死んだ魚のようである。


「ああ、それなら多分、先輩がモテないことを相談してるんですよ。あの人最近息をするように『モテたい』って言ってますからね」

「そんなことしてるからモテないんじゃないの…?」

「いや、それがそうでもなくて、意外と一部にはウケてるんですよ。先輩」


雉川の言葉に筆崎は少し驚き、わずかに眉を寄せる。今まで演劇部部長に懸想している子の噂など、耳にしたことはない。


「そんなんいる?一部ってどこの一部よ」

「筆崎さんが知らないのも無理はありません。先輩にアタックをかけようとした人たちは、みんな俺と犬井先輩がガードしてますから」

「えっ」

「何か?」

「………………………やっぱあんた先輩のこと嫌いなんじゃない!!!?怖っ!!こっっっっわ!!!!しかも何!?犬井まで関わってんの!!!?演劇部部長もしかして部員にいじめられてんの!!!?」


向こうに聞こえない程度のボリュームで叫ぶ。椅子ごと後ずさりする筆崎とは対照的に、雉川は落ち着いた様子でコーヒーを飲んだ。


「まあ、聞いてください。…そうですね、2ヶ月前の話でもしましょうか。俺は3年生のとある女子から、相談を受けました。内容は、先輩ともっと仲良くなりたいけどどうすればいいのかとかそんなんです。俺が先輩と一緒に居るのをよく見るため、相談に来たようですね。ここまではまだいい。しかし、問題は彼女の言う『仲良く』のなり方でした」

「嫌な予感がする」

「彼女は先輩と仲良くなるために、まずネットで見たおまじないを試したそうです。いいですか、おまじないはおまじないでも闇属性のやつですよ。具体的に言うと血が出ます」

「ねえ、今怪談話してたっけ?」


筆崎は悪寒を感じて腕をさすった。鳥肌が立っている。店内の空調がおかしいのだろうか。


「しかしおまじないの効果は出ませんでした。そこで彼女は考えたそうです。もっと強力なおまじないなら、効果も出るのでは?」

「察した」

「結果だけ言うと、彼女が俺にお願いしたのは先輩の小指です」

「察したって言ったでしょ!!!?そっちも察して話やめなさいよ!?」


とうとう筆崎がキレた。対する雉川は涼しい顔で、テーブルに並ぶ枝豆を咀嚼する。


「まあ要するに、先輩は昔からヤバめの人ホイホイなんですよ。他のことなら俺も面白いので放置するんですが、こればっかりは放っておくとマズイというか…いつの間にか先輩が細切れになりかねないので」

「そうでしょうね…」

「で、犬井先輩と協力して圧の強いお姉さんたちを遠ざけていたら…このように、先輩の彼女いない歴がとんでもないことになってしまっていたというわけです」

「あいつに近づこうとした女にヤバい奴しかいなかったってことね…。…今度からあいつにもっと優しくするわ…」


筆崎は心から申瀬を憐れんだ。と同時に、普段はほとんど話したことのなかったこの後輩と、こうして奇妙な縁で同じテーブルについていることに不思議な感慨を覚える。いつも真顔で目が死んでいる雉川には近寄りがたいオーラを感じていたが、話してみればなかなか饒舌だ。あと、思っていたよりだいぶヤバい奴だった。

何はともあれ、こうして2人で話す機会はもう無いかもしれない。どこかしんみりとしつつ、筆崎はーー



(今度から演劇部とは距離をとりましょう)



枝豆を摘みながら、固く決意した。

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