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蛇野舞

「ねえ、理花」

「なによ?」

「君さ…蛇野さんのこと、いじめたりとかしてないよね…?」

「はぁ!?」


時刻は放課後、場所は旧校舎3階美術準備室、つまり文芸部。

恐ろしいことに、あれだけ木っ端微塵にされた文芸部部室は、1日も経たないうちに綺麗に元通りになっていた。

……全てがそうという訳にはいかなかったけれど。


「いじめる訳ないでしょ。彼女は私の幼馴染よ」

「僕も君の幼馴染なんだけど」

「舞とは幼稚園と小学校が同じなのよ。小学4年生の時に引っ越していっちゃったんだけどね。あんたは確か小学5年の時に転入してきたんだっけ」

「そうだね。だから高校以前の彼女のことはあんまり知らないかな。…理花と蛇野さんは…仲が良かったの?」

「私は彼女が好きよ。たとえ彼女が私をどう思おうとね」


字森のだいぶ直球な質問に、筆崎が間を空けることなく即答した。


埃っぽくカビ臭い美術準備室。乱雑に紙が散らばる机の上に肘を突きながら、だるそうに椅子に座る彼女はいつも通りの真顔で訥々と語る。


「舞とは幼稚園の頃からよく一緒に遊んだわ。当時は家も近くて、好きな絵本やおもちゃの趣味も似ていた。それから小学校に上がって、彼女とよく物語の話をするようになった。…私が今、作家を目指す切欠は…間違いなく彼女でしょうね」


筆崎の告白に、字森は少なからず驚いた。普段から天上天下唯我独尊を体現したかのような筆崎理花が、ここまでしおらしく他人のことを語るだなんて、想像もしなかったのだ。

ーーそれに、彼女のいうこれは、まるで。


「舞に初めて彼女のつくった物語を見せてもらった時、私は…、…」

「理花…?」


筆崎が珍しく言葉を探すような素振りを見せ、対面して座っていた字森は戸惑ったように彼女の顔を覗き込んだ。


「………ううん、どんな言葉でも、あの感情は語ることはできない。言うべき感想はただひとつなんだわ。

ーーあの子の物語を読んで、私は」


覗き込んだ彼女の顔は、


「舞のことが、すっごく、好きになったの」


どこまでも誇らしそうに、笑っていた。


*******


ガラガラと不快な音を立てながら、建てつけの悪い引き戸を閉める。お手洗いに行ってくると言って席を立った字森は廊下に出て、しかしトイレには向かわずそのまま壁に背中をつけた。

夕日に照らされ、長い廊下がゆっくりと赤く染まっていく。

彼は、手の平をぎこちなく開き、固く握り込んでいた「それ」を見つめた。


「……僕と、同じだ……」


彼の手の平にあったそれ。ぐちゃぐちゃに潰れ、ひしゃげ、その上炙られたように黒ずんでいるーー破損したUSB。

それは、筆崎理花のものだった。


「どうしようかな、これ……」


壁にもたれたまま、字森は大きく溜息をついた。赤く染まった廊下の先は暗く闇に沈んでいる。先行きは、見えない。


仄赤い廊下で彼が思うのは、去年の夏…文化祭のことだった。




*******


「うーん…ど、どうしよ…」


字森文人16歳は頭を抱えていた。市立爆煙高校に入学して早数ヶ月。彼は未だ、所属する部活を決めかねていた。

元々は天文部か生物部にしようと思っていたのだ。しかし実際に部活見学をしてみると、流石部活動に力を入れている学校というべきか…どちらも甲乙のつけ難い充実度だった。彼はどっちに入部しようか迷いに迷って…結果。こうして数ヶ月が経っても尚、決め切れずにいるのである。


「天文部はコスモを感じられるし…でも生物部はオオカナダモの息吹を感じられる…。うーん…文化祭の間に決めちゃいたいんだけどなぁ…」


文化祭では、外部からもたくさん人間が来るだけあって、各部活もかなり気合を入れて催し物を開催している。ひととおり学内を回った字森は、人気のない校舎裏で1人、マップを睨め付けるように凝視していた。

と、そこで、彼の耳に複数の足音が届いた。

人の寄り付かない校舎裏に現れたのは、


「オイオイオイオイお前なァーにオレらのシマに勝手に入ってきてんだよおぉおン?」


ペガサスマックス盛りのリーゼントを輝かせる、不良集団だった。


「つ…ツッコミどころが多い…ッ!!」


字森は思わず脂汗を流した。不良集団というだけでも怖いのに、彼らのそびえ立つリーゼントのことごとくが夢かわいい色をしていてさらにやばさに加速を掛けている。後ずさりする字森に、夢かわいい不良たちがにじり寄った。


「オイお前ェ!文化祭ってことで小遣い多めに貰ってんだろォ!?五体満足で帰りたければ有り金全部差し出すんだなァ!!!!」

「持ってないですさっきオオカナダモストラップガチャに全部溶かしました!!!!というかウチの学校にこんな夢かわファッションの不良集団とか居たっけ!!!?」

「オレたちゃ隣の“市立夢色高校”の生徒じゃワレェ!!!!今日は料理研究部の屋台の『ゆめふわポップコーン☆ダークマターを添えて』を買いに来たんじゃ覚えとけやゴラァ!!!!」

「エッここ全然『オレらのシマ』じゃないじゃないですか!!!?」


ガッと胸倉を掴まれつつも抵抗するが、このままでは身ぐるみ引っぺがされて質屋に駆け込まれるのも時間の問題だろう。字森が必死に逃げる方法を模索しているとーー


「メーーーーーーーーーン!!!!」


不良のボス格であろう男の夢色ピンクリーゼントが、縦に一刀両断された。


「ギャーーーーッ朝6時間掛けてセットした夢かわリーゼントがァーーーッ!」

「い、巌島さーん!!!!」


子分の不良たちが慌てている。どさくさに紛れて胸倉を掴む手が離され、字森は急いで不良たちから距離をとった。

自分に救いの手を差し伸べてくれたであろう救世主の方に、感謝を込めた眼差しで振り向く。そこにいたのは、市立爆煙高校指定のセーラー服を纏い、白い指に固くプラスチック定規60cmを握りしめたーー爆弾ヘッドだった。


「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


その現場にいた全員の顎が外れた。なんだこの生き物は?

よく見れば、ソレは化け物でも妖怪でもなく、首から上に爆弾の被り物をしているだけの女生徒のようだった。この時点で非常に怖いけれども。

正気に返った不良たちがまた何か言おうと口を開いた瞬間、ボム女が懐から何か取り出す。


もちろんボムである。


立ち上る白煙、響き渡る轟音、不良たちの怒声を背景に、何ひとつ訳がわからないまま、字森は謎のボム女に手を引かれて走り出していた。


自身がのちに、これを切欠に文芸部に所属することになるとも知らずに。

次で最後の予定です。

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