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ロマン砲主義者のオーバーキル  作者: TEN KEY
問7 溢れ出す限界までの容量を計算せよ
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問7-3

 俺は最も大きい空に浮かぶディスプレイに目を向けた。


 赤い点滅が止まる。

 暗くなる。日が落ちたわけでもなく、明かりが消えたわけでもなく、世界が()()()()()()()()()


 俺は大きな声で皆を呼ぶ。誰の返事も無い。声は反射せず、出しているはずの言葉は次第に自分の耳にも届かなくなる。

 浮遊感は無いが、地に足を付けている感覚も消えた。

 それは、ログイン直前に自らのアバターと意識を重ねる前のような、体の無い状態。


 闇に、一筋の光がきらめいた。

 宇宙を漂っているような虚空の中で、その光源は俺を照らす。


 姿を失っていたはずの俺に、違う意識が宿った。そしてそれを包むように、骨が、肉が、皮が付く。

 思考は出来る。だが、その現れた体は俺の意思では動かせない。なんとか反応するのは視線だけだ。

 新しいアバターは、勝手に動き出す。確かめるように歩きはじめ、そしてすぐに全速力の疾走へと変わった。確かにその走る感触はあるのに、自分では動いている気はないので気持ちが悪い。

 ふと周りに意識を向けると、世界も形を取り戻していた。柔らかい光、カツカツと地を蹴る足音。


 そこはもう、俺が居たはずのにゃんスタでは無かった。


 厳かで古い神殿のような閉じた空間の中、なぜか天井からは太陽に似た温かい光が降り注いでいる。

 石造りで頭上は高く吹き抜けている。左右に立ち並ぶ常人より遥かに大きな戦士の石像達は、皆手に様々な武器を携えていた。どれもどこかで見たことがあるような形をしている。

 そこを駆け抜ける足が、ぴたりと止まった。


 観音開きの巨大な扉だ。

 超微細な樹形図が描かれ、周囲の柱や壁の文様が霞むほどに威圧的に佇んていた。

 その扉が、どこからともなく鳴り響く声で俺に問いかけた。


「何用か、わらべよ」


 それは男性的かつ女性的で、老人のようであり子供のようでもある深い声色だった。

 俺と重なった彼はその問いかけに体をびくりと震わせたが、ごくりとつばを飲み込むと、大きく、しかしゆっくり、巨大な扉のてっぺんまで届くように口を開いた。


「真なる世界への旅立ちは、この鍵一本で足りましょうか?」


 俺よりも少し若い、少年の声。感じる体つきも目線の高さも、俺の本来のアバターより一回り小さい。

 彼は右手で腰のポーチからするりと鎖のついた一つの鍵を取り出した。

 扉は笑う。


「第1の鍵『探究心』は、お主の物だ。だが、まだ足りぬ。ここを閉ざすのは、8つの錠前。ここを開くには、対となる8つの鍵を持て」

「……8つ、ですか」

「鍵は誰にでも手が届く場所に置いてあろう。ただ、それが必要だと願う力が足りぬ。探して来い。我はいつまでも待とうぞ。そう、今までのように、永劫でも。……鍵が我の開放を望む時、我は自らの楔を解く」


 ようやく俺は理解した。

 これはイベントシーンだ。俺が何故彼の中に放り込まれたのかはわからない。

 だが、これはおそらくAnother(アナザー):Necro(ネクロ)nomicon(ノミコン)の全体シナリオだ。長いこと動いていなかった物語が、また動き始めたのだ。

 そこに()()()が駆り出されるのかと怯えていたが、鬼ヶ島もそんな暴挙には出なかったようだ。そりゃそうだ。一般人のアバターを大々的に使っても誰も喜ばないだろう。


 少年は扉の言葉をゆっくり飲み込むと、決心したように言葉をひねり出す。


「分かりました。では、私は探しましょう。8つの鍵を」


 扉はそれ以上答えを返さず、沈黙したままだ。

 一度大きく見上げ、彼は何かを決心したかのように息を吐いた。

 そしてくるりと振り返ると、来た道を迷いなく戻る。

 来た時と同じように、始めはゆっくり、確かめるように。やがてそれは駆け足へと変わった。

 走りながら、彼は愛おしく手に持つ鍵を顔の前まで持ち上げた。

 シンプルだが幻想的が意匠が施されている。大きなランタンを持つ羽の生えた小さな妖精の姿だ。

 俺の脳に、それが何なのか、直接流し込まれたように出てきた。


「「ピクシーライト」」


 俺の言葉と、彼の言葉が重なった。

 ぎゅっと彼が鍵を握りしめた瞬間、世界が大きく瞬いた。


 ゴーン、ゴーンと荘厳な音が鳴り響く。


 ――また場所が移動している。

 神殿ではなくなり、にゃんスタに戻ってきたわけでもない。無風の、静かな空の上だ。

 キラキラと輝く光を散らしながら、さらなる天空から1枚のカードが降ってきた。


 あれ、体が動く。

 ぱたぱたと体を触ると、いつもの使い慣れたアバターの姿だった。


 取ってよ、と言わんばかりに俺の眼前でカードがくるくると回っている。

 俺は何も考えずにそれを掴んだ。


 最近良く使っていた、おなじみのカード。

 地味で小さな光が中央に描かれただけのデザインは、いかにもデフォルト感丸出しな【光弾:小】だった。

 俺がそれをじっくりと眺めていると、カードが纏っていた光のエフェクトがさらに煌めきを大きく増した。


「うわっ」


 俺は驚いてカードを放る。しかしカードは地に着くことなく、ふよふよと浮かんでいた。

 地味だったグレーのカード枠は、淡く輝く虹彩に変わっている。中央のイラストに描かれていた光は、鍵と同じように小さな妖精が持つランタンの中に閉じ込められた。

 そして俺の目の前で、カード名が左から右へとキラキラと淡い光を散らして書き換わった。


 この日、すべてのプレイヤーが所持していた【光弾:小】は、このカードと同じデザイン、そして同じ名前に変化した。


 俺はまたカードに手を触れる。イラストの妖精が、ウィンクした気がした。


悪戯妖精の灯火(ピクシーライト)


 俺自身は宣伝に使われなかったが、俺の名はこのイベントで広く知られるようになってしまった。


 「イベントスターター」「発見者」「最初の人」そして「ピクシーハンター」と。


 そして始まったイベントの名前は『鍵に鍵たる姿を与えよ』と言うらしい。

 長いのでみんな「鍵探し」と呼んでいた。


 情緒よ、どこへ行った。




挿絵(By みてみん)




「今、何時だと思う?」

「夜の……10時を過ぎたところですね」

「さて、オンラインゲームにおけるログインのピーク時間は?」

「……あぁ……」


 俺はすっかり騙されていたのだ。この悪戯好きで自分勝手で子供じみた思想のおっさんに。


「ははははは! ま、俺のわがままでイベント開始のスイッチは俺のタイミングで押させてもらったけどな!」


 さっきまでのうっとおしい強キャラムーブはどこへやら。

 鬼ヶ島……さんはからからと笑いながら、ネタバラシを始めた。

 元々いくつかの条件を満たす「発見」によって大規模イベントが始まると決まっていた事。

 今回のログインしているプレイヤーをすべて巻き込んでイベント動画を流し、カード名の変化を含むサプライズ的なアップデートが行われた事。


 そのイベントの条件を満たした最初のプレイヤーが、単に俺だっただけという事。

 結局、俺のヨイショ企画など無かったのだ。からかわれただけ。恥ずかしい思いと、馬鹿にしやがってという怒りは、ああ良かったというドッキリ的な安心でかき消えてしまった。


 彼は笑いながら俺に一つの提案をした。


「君が望むなら、俺はいつでも君を『救世主』にする準備があることは覚えておいてくれ。それが今回の詫びだ。……いや、これじゃ詫びにはならんか。君はどうやら目立ちたくは無いようだし」

「いや、別に目立ちたくない訳じゃないですよ。ただ、持ち上げられるのはうんざりなだけです」

「そうかそうか、それは悪いことをした。良くも悪くも君の名は広がってしまったからな。また形ある何かを渡そう。考えておいてくれ」

「結構です。もう放っといてくれれば」

「……そうだな。君は君のペースで遊んでくれ。俺たちはそうやって楽しむプレイヤーがいてくれれば、それで良いんだ。悪かったな、色々と驚かせて」

「いえ。……まぁ、じつを言えば結構腹は立ちましたけど」


 通話の向こうでまた大きな笑い声が聞こえた。


「よしよし、正直だな。まだ若いんだし、そういう素直な反応の方がおっさんは嬉しいぞ」

「では、もう戻っても? また試したいことが増えたので」

「そうだな、ネクロはそういうゲームだ。さ、存分に宝探しを楽しんでくれ。まだ鍵は7つある。」

「言われなくとも、楽しませてもらいます」

「また詫びについては連絡させてもらうから、フレンド登録だけして置いて欲しい。また申請を送っておこう」

「わかりました。ではまた」


 最後は和やかに通話を切る。


 俺は宝探しが目的の為の手段であることを見失わないよう、自らを戒めた。

 そうしなければ、1日中それに興じてしまいそうだったから。


 ふと目を向けると、視界ウィンドウの端で何かが点滅していた。


 ◆【鬼ヶ島】さんからフレンド申請が届いています!


 俺は手の動くまま、拒否を選択していた。


「あぁっ! つい!」


 新しい展開を迎えたネクロは、また次の朝日を迎える。

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