答6-4
空白の時間は長くは続かなかった。
未だ体に刺さる【朽梛】がパキン、と音を立てて消滅した。
っしゃあ! 動ける!
レミングスもその音に戦闘中だということを思い出したようだったが、俺は【スタンバトン】を装備し跳ね起きると彼女に近づき、左手を大きく振り上げた。
彼女の意識が左手の武器に集中する。俺は右手を彼女と重なるように置いた【空画整理】にかける。
振り上げた【スタンバトン】は、彼女の蹴りに弾かれた。それは問題ない。
右手で体を地面と水平になるように引っ張り上げ、架空の足場に飛び乗るように両膝蹴りを彼女に叩き込む。
システムによるダメージは無い。が、意表は突けた。その隙に移動だ。
俺はもう数回の使用回数を残した【空画整理】を使い切って上へ。ところどころ抜けた穴から上階に手をかける。
後ろから攻撃が飛んできたが、なんとか避けて彼女から距離を取った。
安心は出来ない。ゲーム開始からぐるぐる移動していたので、このあたりはおそらく相手もマッピング済だろう。
「崩落した療養所」は砂漠化した地域の真ん中にぽつんと立った病院だ。
地上3階と地下2階の合わせて5階層。さらに南館、北館、それを繋ぐ中央館と3つのブロックに分かれている広い施設だが、ゲーム開始早々に中央館と北館を繋ぐ通路を軒並み封鎖され、俺とレミングスは南館と中央館だけで戦ってきた。
そうなると普段のマップより大分狭い。範囲型のサーチ系ユーティリティカードも効果は出やすくなるし、大技の影響も相対的に大きい。
【濁流の垂下】一発で南館1階の広い範囲を水浸しに出来たのだ。デッキを回してもう数発打てれば、通電トラップはどんどん使いやすくなる。
だが、俺はそんな長期戦もじわじわ締め付ける戦略も御免だ。
相手は間違いなくサーチ系カードを持っているし、さっきのコンボ以外にも長期戦を見据えたカード選択をしている可能性は高い。
一度手痛い反撃を食らったくらいで、短期決戦の目標を変えるべきではないだろう。
手札の補充を待ちつつ、【鳴神:玖】を溜める。
ドローは調整し2枚に増やした【濁流の垂下】だ。よっしゃ、今度はコンボが吸い付いてきたぞ。
あと2枚。来いよ? いや、来るはずだ。
あの【光弾】一発で「流れ」が変わったのを確信する。
こっそり下を覗くと、レミングスは俺がどの位置から下りてきても対処出来る場所に陣取っていた。
俺が堅実なら自分がトリッキーに、俺がトリッキーだと気付いてからは自分が堅実に。なるほどいい戦法だ。
正面からのガチのやりとりに自信があるんだろう。確かに、近接戦闘では猫騙しのような一発技しか決まりそうに無い。
「フライングエクスプレス」は、近接してからの立体機動で相手を範囲内に押し込めて、足止め攻撃を駆使しながら一方的な攻撃を連打するデッキだ。
つまり、相手の認知を上回ることで有利を取る構造をしている。
それは逆に、相手に認知されてしまえばさほど有利ではないということになる。
彼女のように、アバターアクションが上手く、対応センスがあるプレイヤーには刺さりにくい。
でもそれが覆せるのが、ゲームの良いところだよな。
……手札は全て揃った。
デッキに搭載された初期のロマン砲は、超天空高速【脚火】だった。
しかし、研究によってデッキ内の「最大火力」は更新された。
まだ試合じゃ初披露だ。
俺は軽くなる心と共に軽快に駆け、ひょい、と下の階に飛び降りた。
「お疲れさまです。次回もよろしく」
俺は両腕を大きく振り下ろす。
最大まで溜まった雷雲がふよふよと飛び、同時に天井近くから土気色の水流が下で待つレミングスを飲み込むべくうねる。
さらに連続し、その濁流に向かって【降り注ぐ願いの短冊】を撃った。
現れた虹色と同じ七色の光は濁流に吸い込まれ、その輝きを維持しながら水流と共に目標へと向かう。
「おい馬鹿やめっ――」
レミングスは、まずいことにもう片方の手に【朽梛】を握っていた。
ダメダメ、電撃を使う相手にそんなもん持ってちゃあ。
濁流が彼女を襲い、【短冊】のエフェクトが無防備なアバターにするすると刺さる。
最後は【鳴神:玖】の雷撃だ。俺はその落雷に合わせ、手を水流に当て【激痛電】を放った。
2発の感電ダメージは、【降り注ぐ願いの短冊】の効果で増幅される。
幾度かの研究によって判明した【短冊】の隠された能力は、ヒット後数秒間の別の攻撃によるダメージに数%の追加補正を与える事。
そして【激痛電】の威力は、別の電撃ダメージエフェクト中に追加で当てる事で大きく上がる。
勝手に金属装備による弱点ダメージも入り、電撃2倍盛り大サービスを受けたレミングスのライフはゲージの末端にたどり着き、消失した。
「あわわわわわわわわ」
ただし、既に壊れた【もちもちシューズ】は濡れた足元からの電撃ダメージを防がず、俺も同時に【激痛電】によるダメージを受ける。
計算してあったとは言え、俺のライフは残り数ミリでなんとか耐えきった。
「締まらんなぁ……」
ダメージエフェクトが消えた俺はロマン砲の余韻に浸る気分にもなれず、穴だらけの白い天井を見上げた。
目覚めた私の目に飛び込んできた、無機質な白い天井。
BRを頭から外す。
「あは、あははは、あははははははは」
つい、笑いだしてしまった。
なるほどねぇ。
そんなこと、あるんだ。
まさか、彼が「ココ」に居たなんて。
全然、変わってない。
昔と同じ。
みんながびっくりすることを平気でやってみせて、いつも中心で誰よりも楽しそうに笑ってた。
今でもあの風景を思い出す。
『大丈夫、やってみれば案外簡単だよ。ほら、見てて。――俺に! 出来ない! 事は! 無ああぁぁ……』
満面の笑みで、崖に飛び込んで行くその後ろ姿。
途中で引っかからなければ、危なかったんじゃないかな。
あの時はとにかく楽しかった。
何でもチャレンジした。揺れる吊橋ダッシュ、すごく高い木上り、川の向こうまでの石渡り。
駄目だったときもあるし、上手くいったときもある。
彼は楽しい事を見つけるのがとにかく好きだった。
今でもきっとそうなんだろう。表情を見れば分かる。
だから、私も嬉しい。
やった。
やった、やったやった。
楽しみが増えた。
また「あの頃」みたいにわくわく出来るかな?
小さな明かりが点滅する部屋の中、私は一人で飽きるまで笑った。
――私はいつか、彼の敵になる。




