問6-1
「やられた……」
俺は画面を前に膝を突いた。
ちょっと考えれば分かる事だったのに、そこまで想像が及ばなかった。
忙しすぎたんだ、ここのところ。外は暑いし、中はアツい。その熱に当てられて俺はバテてたんだ。
そう、ゲーム疲れと夏バテに違いない。だから気付けなくても仕方がない。
そうやっていくら自分に言い訳を重ねても、映像は止まってくれはしなかった。
『――決まりましたねー! いやー、面白い! 後半は怒涛の展開でしたけど、ここのフィニッシュまでの流れは更に激アツですね!』
『ですねぇ。【空中跳躍】での急降下は割と知られているテクニックですが、その前のここの動き……【もちもちシューズ】をとんでもないレベルで使いこなしていますよ。あれ、オンオフのタイミングがちょっとでも噛み合わなければ壁に高速で激突して終わりだと思います』
『なるほど! じゃあそこにフォーカスしてもう一度スローで確認してみましょう――』
「なんだよパイセン、俺らに隠してこんな放送準備してたのかよ」
「僕もこれでデザイアデビューです!」
「ぼっこぼこにされる映像が流れるのはちょっと私は遠慮したいなぁ」
「録画しておきます。……え? 研究用ですよ、もちろん」
適当に座りながら、BUPPA!のメンバーが口々に好き勝手な事を言う。やいのやいのと、既に数人の四天王が観戦していた。
「孤狼丸氏、この負け方から良く弟子入りしようと思いましたな」
ガチムチの筋肉ダルマがバーベル型の武器をぶんぶんと素振りしながら無駄にデカい声でがははと笑う。
金縁眼鏡の長髪エルフが、彼の笑い声が鬱陶しいとばかりに耳を塞ぐ素振りで抗議するが、残念ながら筋肉ダルマさんが気付いた様子はなかった。
「ほんとほんと。そのまま再起不能になれば良かったのに」
その横に座っていたピンキーデーモンことぴょん吉が相変わらず孤狼丸を挑発するように言い放った。
「そんな安い挑発に乗る僕では無いですよ」
「へえーそうなんだー。私だったらこんなにダサく負けたら人前に出れないから、やっぱすごいなー」
「あぁん!?」
2コマで落とすな。
一瞬でキレた孤狼丸とそれを鼻で笑うぴょん吉に挟まれた俺は、居心地悪く体をゆすった。
「じゃれるなじゃれるな。……ったく、お前ら顔を合わせるといっつもそれな」
「言われてるぞ、ピンク」
「あなたのことでしょ、犬」
「やめろって」
空気を読まずに、ニコニコとリーダーが近寄ってきた。
「これ、実は私も最近こっそり練習しているので、後でご教授のほど宜しくお願いします」
リーダーは装備した【もちもちシューズ】を見せながら目をきらめかせている。子供か。
「知らん。俺自己流だからリーダーも頑張って」
俺はため息を吐きながら言い捨てた。しょんぼりするリーダーをよそに、全員を見渡す。
「もうこれ今更止められる訳じゃないし、どうでもいいや。みんな練習に戻らない?」
俺のさほど力がこもっていない呼びかけに、誰も応じる様子は無かった。
芝生に座ったり寝そべったりしながら、完全に観戦モードで空に浮かんだ大きなディスプレイを注視している。
そこにはまた、別の日の俺の試合のハイライトが映し出されていた。
「くっそ……。どうりであのおっさん、余裕こいてた訳だ……」
俺は3日前ののんきな自分を振り返る――
「結局、チョッキの方が目立ってんだもんなぁ。さすがだよ、チョッキパイセン」
「なはは。すまんなぁりょーちん。結局俺は目立つべくして目立ってしまうのだよ」
いつものビーズクッションに深く座り、チョッキは上を見て笑う。
「いや、実際助かったよ。チョッキのおかげで俺への注目が薄れてくれて、なんとなく気が楽になった」
「おいおい水臭いな。俺たち、ほら……親友、だろ?」
チョッキが流し目で俺にそっとささやくように言ってきた。
「キモッ」
「その返答はひでぇよりょーちん!」
あの日のミューミューとチョッキの試合は、彼女のおかげで多くの人が目にすることとなった。
あまり連続での配信はしないミューミューが、ランク戦ではなくただの野良試合をわざわざ配信すると言う話は人々の興味を呼び、多くのプレイヤーが目にするきっかけになった。
もちろん玻璃猫組のネットワークも情報拡散を手伝ったし、チョッキ自身も恥ずかしげもなく自分の古巣に宣伝しまくったらしい。
結果は、予想以上の反響だった。
連日のネット記事や某所のスレタイから抜粋しよう。
『渡り鳥、ついに玻璃猫と激突!?』
『最強の矛と最強の盾』
『【連日配信?】捨てられたシトラス【即日解雇】』
『やっぱチョッキさんランク戦行きゃ即高ランク帯やなって』
3番目なんかちょっと嫌な気持ちにはなるが、それも仕方ない。
俺はまだシングルランク3万位台だ。これから彼女に並び立つプレイヤーになっていくしかないんだから、今の評価を気にしても仕方がない。
元々そこそこ知名度があるチョッキが、まっとうな手段で奮闘してくれたおかげで、ちっぽけな俺のロマン砲はその堂々たる戦いの前に霞となって消えた。
もちろん、上手く行けば俺への注目を反らせるかな、という目論見はあった。それに加えてチョッキへの礼にもなり、ミューミューの戦闘欲もあわよくば満たしてくれる可能性も考えてはいた。
一石三鳥……いや、四鳥作戦は、完全に俺の思い描いた通りの結果を呼んだ。
プレイヤーの目は俺からチョッキへ。チョッキは望み通り一躍名を轟かせ、激闘を制したミューミューはどこかすっきりした顔をしていた。――そして、あのいけ好かないおっさんの道筋から、自らを貶すことなく外れる事にも成功した訳だ。
「ふざけた話は置いといて……。昨日の試合のミューミューさんには、俺の新技もこっそり入れてもらったんだけど、気付いた?」
「新技? いや、試合中は夢中で全然。怒涛の攻撃って意味じゃみずっちと同じくらい激しかったけど、あんまりコンボっていう感じのは無かった気がする」
「なるほどねー。よしよし。チョッキが気づかないなら、殆どのプレイヤーにも気付いてないだろ」
「あん? なんだよもったいぶらずに教えてくれよ」
「あー……まあいいけど。……いや、やっぱやめ。後で模擬戦やる時に使うかも知れないし」
「出た。めんどくせーなぁりょーちん、そういう隠しグセ、親友すら無くすぞー」
「こんなことで無くなる奴は元から親友じゃないからいいや」
「根暗だなぁ」
「知ってる」
でも教えない。一応、彼女にも研究がてら使ってもらっただけだが、この手のテクニックは多分かなり隠されてる。
一人で情報が並んだ本棚を眺めてニヤニヤしていると、いつの間に入ってきていたのか、孤狼丸が横に立っていた。
「うわっ!!!」
「わっ!!!」
びっくりした。急に現れるな。忍者かお前は。
「驚かさないで下さいよ師匠」
「こっちの台詞だろ。いつ来たんだよ」
「今です!」
「……あ、そう」
よく見ると、孤狼丸の格好が昨日とはがらっと代わっていた。
ダサい山賊ウェアを脱ぎ、地味な紺色の忍者服。
いや、忍者か、とは言ったけど。服装を見て言った訳じゃないんだが。まぁでも……
「服、そっちのがいいね」
「ありがとうございます! 僕に合ってるのは、やっぱり『ニンジャスタイル』かなって思いまして。とりあえずはこの手のデッキの練習と強化に励みます」
「あー、昨日言ってた事、真面目に取り合ってくれたんだ」
「もちろんです!」
昨日解散する前に、孤狼丸に伝えたのは「自分の長所を伸ばした方がいいよ」という誰にでも言えるようなシンプルなアドバイスだった。
それを真剣に受け止め、すぐに見た目だけとは言え反映させてくる辺り、やたら素直だ。
素直すぎて大丈夫かこいつとも思うが、まあいいや。
「じゃ、行くかい」
「はい!」
「うぃーす」
俺たちは今日の予定どおり、練習場所に移動した。




