答5-1
「ししょちょぉー……。結局出演してくれないんじゃないですかぁー……」
俺の後ろで百田が不満そうな声を上げている。
「いいんだよ、アレで」
「どこがいいんですかぁー。自信満々だったから通話パスしたのに、シトラスさんを怒らせちゃうし……ぜんっぜん駄目じゃないですか! もぉー……代わらなきゃよかったぁー……」
「あー! うっとおしいな黙ってろモモタロー! 俺の――いや、俺達の役割はこれで良いんだよ。じっくり教えてやるからさっさと座れ!」
はぁい、と力ない返事で百田は隣の椅子に腰掛けた。
俺は奪った百田の居場所でゲーム内管理モニタを眺める。
「見てろ? こいつは俺からのフレンド申請を断る。さっきの手応えなら、まあ間違いなく――ほらな」
ロビーの一角、「ドヴァリの滝」の前でシトラスは数人のプレイヤーと戯れながら、片手間に俺からの申請を拒否していた。
「だから、なーんで司書長はそんな事で偉そうにできるんですかぁ?」
顔をぷっくりふくらませた百田が横から画面を覗き込んでくる。指で突付くと、ぷわっ、と口から空気を吐き出した。
「俺達『蔵書室』の目的、お前理解出来てるか? いや、答えなくていい。その様子じゃ出来てないからな」
「失礼な。私も新参者ですが『蔵書室』の一員。バッチリ分かってますよ!」
「じゃ、言ってみ?」
「……え、今ここで、ですかぁ?」
駄目だこいつ。何も分かってない。
「いや、いい。このやり取りが面倒だ。いいか? しっかり覚えとけ。俺らの目的は『ネクロの情報管理と進行促進』だ。いつものつまらん基本業務も、『書物の欲求』の放送も、優秀なユーザーデータの収集も全てはこの目的を遂行するための手段だ」
「はい! 『情報管理と進行促進』! 分かってますよ!」
「進行促進、とは?」
「はい?」
「進行促進の意味を俺に教えてくれ。分かってるんだろ?」
「うーん……そうですねぇ……すすめるのを……すすめること……ですよね?」
「よく出来ました」
俺は百田の頭にげんこつを落とした。
「もー! すぐぶつ! 時代錯誤! 頑固メン!」
「ぶたれるような事ばっか言ってるからだ。……頑固メン?」
「頑固なメンズの事です」
「おう……」
もう一発ぶとうかと思ったが、これ以上百田の脳細胞を壊すのは不味いので手を下ろした。
「進行促進、はゲームの本流が意図せぬルートに向かわぬようにコントロールする事だ」
「意図せぬルートとは?」
「ま、今の状況だな」
画面にデータを並べる。
「コンクエストデッキ、バトルデッキ、それぞれに採用されているカードの比率と分布だ」
「見たことありますね、これ」
「仕事で見る必要がある奴が、『見たことあります』じゃねぇんだよ」
「で、これが?」
「はぁ……このデータ、偏り過ぎなんだよ。使われているカードと、使われていないカードの比率が、100対1どころじゃないレベルに差が開いてる」
「なるほど。どうやって見るかわからないけど、そうなんですね?」
「すまんな、モモタロー。これ以上馬鹿にも分かるようにデータを整理すると、俺が使いにくくなるからこれ以上は無理なんだ。諦めてくれ」
「ご心配なく!」
心配はしていない。皮肉も通じない馬鹿を心配するだけ時間の無駄だからな。
「これは、当初の目標としていたデータと大きくかけ離れてる。異常だ。全員が少しでも頭を働かせることが出来れば、こんな事にはなるはずが無いんだが」
「そうなんですか?」
「あぁ。最近のガキ……いや、ユーザーの半数以上は成人ユーザーだから、そのくくりは違うな。最近のゲーマー共は、攻略だけを見て遊んでんのか? ってくらいに思考停止してる奴が多い。このデータを見る限り、多いって言葉じゃ足りないくらいにな」
「まあ私も強いカード大好きですから使ってますけど、強いカードにそうやって比重がかかるのは当たり前じゃないんですか?」
俺はため息を吐いた。
「それが勘違いだ」
「?」
分からんか。だろうなぁ。
「全部強いんだよ、このゲームに出てくるカードってのは。俺たち制作陣が、徹底的にテストプレイして調整したんだ。1枚1枚、じっくりじっくり時間をかけて。最高の状態に持っていけるように、調整し続け……今でも調整してる」
「司書長、作ってたんですか? ネクロ」
あぁ。知らなかったか、こいつは。
「俺は元々立ち上げメンバーだ。最初は全員が何でもやってた。作って、プレイして、作り直して、話し合ったよ。完璧な物を作るために、熱意だけはあったからな」
「へえー。じゃ、大成功ですね! だってこれだけのプレイヤーが日々ログインして、切磋琢磨し続ける世界を作れたんですから!」
「そう思ってたよ。だからこそ、今の状況を許せる立ち上げメンバーは……いない」
「なんでですか?」
「さっき言ったろ。全部強いはずのカードに偏りがある。おかしな話だって思わないか?」
「はぁ」
「モモタロー、お前【光弾:小】を覚えてるか?」
「あー……なんか昔にちょっとだけ使った事があるような……?」
「初期コンクエストデッキに入ってる、超基本のバレットカードだ」
「あー! すっごい威力が低い!」
「そう。誰しもそう思って、すぐにデッキから抜ける、アレだ」
「えー? もしかして司書長、あれも『強い』って言い張るんですかぁー?」
「どっこい、それが正解だ。アレも強いんだよ。視点を変える必要はあるがな」
「じゃ、視点によっては弱いって事じゃないですか」
「違う。全然違う。何も役割が与えられないカードが本当の『弱いカード』だ。【光弾:小】には【光弾:小】なりの役割と意味がある」
「役割と意味があっても、『強いカード』じゃないですよね? だから使われ無いんですよ。当たり前です」
「そう考えるプレイヤーしかいなかったのが、俺たち制作陣の大きな誤算だったって事だ」
「ふーん?」
納得しかねるように百田は小首をかしげた。まあ、こいつへの説明はここまでだ。
「だがな、昨日から話題の中心の男『シトラス』は、おそらく一枚一枚に価値を見出してる」
「そうなんですか? ただただ強いっていう期待の新星じゃなくて?」
「奴が面白いのは、そこだよ。ただただ強い奴は今までにも居た。使われないカードに価値を見出そうとした弱いプレイヤーは腐るほどいた。奴は、価値を見出した、強いプレイヤーだ。俺たちが待ちに待った、な」
「あー! 繋がりました! ――って、ん? じゃあやっぱ喧嘩しちゃ駄目じゃないですか! 折角見つけたのに!?」
「だから、良いんだよ、アレで。あれくらい跳ねっ返りじゃなきゃ、またいつもの『ただ強い奴ら』のように、ランク戦に揉まれて糞面白くもない戦略を使ったゴミデッキを量産し始めるだろうからな」
「えぇー。納得しかねます!」
お前を納得させるのは俺の仕事じゃない。俺の仕事は……。
「おい、久慈! そろそろ出来たか?」
「ほーい。とっくに出来てますよ、ボス」
PCの向こう側から、ひらひらと印刷されたコピー紙を振る腕が生えた。
俺がその手から紙を引っこ抜くと、するするとまたPCの向こうに腕が引っ込んだ。
「おう、早いな。出来は……ま、言うことないな。おつかれさん」
「どもどもー」
俺の手の中にある原稿を百田がひったくる。
「私にも見せて下さーい! ……え? これって…………お主も悪よのぉ~」
俺は百田と見つめ合い、二人同時ににやっと笑う。
ちちちちち、と俺の正面の奥、久慈のデスクのPCが稼働を始めた。
今晩のゲーム内情報メディア【書物の欲求】の映像放映は撮り置き分で賄う。
俺たちは数日後に特番で放映予定の「citrusの爆走ランクバトル」の制作を開始した。
「許可なんか無くても、作ろうと思えばいくらでもネタはあるんだよなぁ」
俺は誰に言うでも無く、悪人らしいセリフを吐いた。




