答4-8
じじっ、と景色そのものが歪み、倒れる【忍犬衆】とパチパチと電撃の余波を纏った孤狼丸の姿が現れた。
案の定【インビジブルアクター】ではなく【隠形陣】だったか。
一帯そのものを自らに類する物が消えたように見せかける空間を作り出すステータスカード【隠形陣】は、自由に攻撃が出来るという点に置いて【インビジブルアクター】よりも有効だ。
その空間の外では意味が無いため待ち伏せには最適だが、一撃目以降はこうして範囲攻撃の餌食になるという弱点もある。
俺は電撃で怯んだ孤狼丸の前に着地した。
「俺が、ミューミューさんとは釣り合ってないって思ってるんだよな?」
ぎり、と孤狼丸は歯ぎしりをした。
言葉の代わりに届いた返事は、バレットカードによる攻撃だ。
俺は注視していた彼の右手の動作から予測し、2歩横にステップ。
大地を切り裂きながら走る衝撃は体の左側面をかすめていく。
「そっちには十分ゲーム開始時と同じアドバンテージがあった。だからこの状況で俺が有利なのはもう仕方ないよな? ……あとは正面から倒させてもらうよ。それで少なくとも、君よりは彼女に近い事が証明される」
地に伏せ火炎の放射を避け、すばやく立ち上がって体を捻り降り注ぐ矢を躱し、最低限の高さに跳ねて最後の攻撃をぬるりと回避した。
その間に俺の手札は補充されていく。
――完璧だ。
孤狼丸の手が止まる。
俺は視線のすぐ正面、孤狼丸と俺の間に先置きした【空画整理】の上に飛び乗った。
透明な板の上を駆け、途中で標的に狙いを定め【降り注ぐ願いの短冊】を撃つ。
キラキラと7色に光る線が放物線を描きながら孤狼丸に降りかかり、彼はそれを避ける為に左に重心を動かした。
俺はその初動たる1歩目を確認し、同じ方向に体を傾ける。
【空画整理】の足場を蹴り、彼の移動先に大きく足を伸ばす。
そこにまた次の【空画整理】をアクティブ化し壁のように縦に配置する。
装備してあった【もちもちシューズ】が、ぐにゃりと壁に吸い付くのを感じる。
俺は孤狼丸の驚愕した瞳に自らの瞳を重ねる。そしてニヤリと笑って地面と水平に跳んだ。
驚く彼の横ぎりぎりを突き抜けながら、反対側にも【空画整理】を立てる。
くるりと反転しその壁に足を向け、勢いを吸収しながら「着地」。力が逃げ切る前にその反動の力を利用して縦に飛び上がる。
上にも【空画整理】で蓋をした足場。その足場の裏側にまた「着地」。
それを繰り返しながら、俺は落下の力と反動の力を増幅させ続け、加速していく。
「なんだよ……これ……っ!! なんなんだよおぉぉ!」
孤狼丸が叫んだ。
俺は更に跳ねる。跳ぶ。跳躍する。
彼の周りを高速で動き続け、合間に四方からバレットカードを切る。
包囲網から抜けられないように攻撃の方向をコントロールし、反撃に動けぬよう【刀身の苦無】で地面に縫い付ける。
みるみるライフが減らしていく孤狼丸が苦し紛れに呼び出した【忍犬衆】は、未だ濡れたままの大地に【激痛電】を流して速攻で退場してもらう。
「クソッ! まだだ、まだここ一帯を潰せば――ッ!?」
孤狼丸が自滅覚悟でスペルカードの詠唱を始めたので、通り過ぎざまに首根っこを掴んで引っ張る。
「ぐぇっ!?」
孤狼丸を抱えたまま、俺は正面の壁から上方向に転換してボンッ、と縦に飛び上がった。
一気に開放された跳躍のエネルギーは、火山灰の層を突き抜け空まで上がる。
掴んでいた孤狼丸が手を離せと暴れる。俺はそろそろいいかと、下に蹴り飛ばして落下させた。
この落下ダメージであと数ミリのライフになるだろう。
俺は最後の1回が残った【空画整理】を頭上に作り、孤狼丸を蹴った反動で反転させた体でピタリとシューズを付けた。
ぐぐぐ、と逆さまになった状態で膝を曲げ、準備を整える。
「当たるかな? 当たると良いな、ロマン砲」
俺はクソダサ川柳を一句詠み、心を落ち着かせた。
外す気はない。が、一発勝負だ。タイミングを合わせろ。
決めさせてもらうぜ、最後に一発、派手なヤツを。
――今っ!
俺は足場を蹴りぬき、自然落下より遥かに速く落下する。
こればっかりは勘だ。
だが、体の底からにじみ出る謎の確信があった。
今日は多分「決まる日」だ。
ロマン砲には、ムラがある。
ノッてる日は何度でも決まるし、駄目な日はどれだけ準備をしても肝心なところで失敗する。
大体の傾向は分かっている。
ドローが悪く、苦労して無理矢理揃えた時は「駄目な砲」だ。
決まる日は、最高のタイミングで彼らは勝手に手札に佇んでいる。
さあ撃ってよ、と言ってくれる。
今日はそっち。だから大丈夫だ。
俺は空中で下方向に向かって【空中跳躍】をアクティブ化させる。更に加速していく体で、片足をたたみ、もう片足に【脚火】の炎を灯す。
――それは昔観たヒーローの姿。
持ち前の脚力で高く飛び上がり、空中で謎の方向転換から飛び蹴りをかます。
憧れの必殺技は、今日この世界で再現される。
落ち行く孤狼丸に吸い寄せられるように、俺の右足が弾丸のように空を切り裂き進む。
着地、そして着弾。
かかとからめり込んだ足の先に、彼のやけに晴れ晴れとした顔が一瞬見えた。
言葉は無く、その反動で更に数メートル飛び上がった俺は、【脚火】による最後の大きな爆発を背景に荒れた大地に降り立った。
「完璧な試合を、ありがとう」
俺はゆっくり瞼を閉じる。
「――あいたっ!」
頭に小さな衝撃とダメージ判定。
え? どゆこと?
辺りには、第三波の噴石が小雨のように降り注いでいた。
「Ooops……」
パーフェクトでは無い終わり方で、瞼の代わりにゆっくりと試合は幕を閉じた。




