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ロマン砲主義者のオーバーキル  作者: TEN KEY
問4 異なる2点間の距離を求めよ
39/92

問4-3

 イルミンズール広場を離れても、まだつかつかと歩みを進めるミューミューを引っ張って止めた。


「ちょ、ちょっと待った」

「あ……ごめんなさい」


 パッと驚いたような顔でミューミューが振り向いた。

 ずっと後ろを付いて来ていた俺はようやく顔を見てホッとする。

 彼女も我に返ったようで、慌てて頭を小さく下げる。


「少しカッとなってしまいました……。あのグループの人たち、何度か声をかけられた事がありますけど、あれほど無礼な方はいませんでしたから、余計にムッとしてしまって……場を荒らす結果になってしまいました」

「いや、あれはコローマルの挑発に俺が乗ったのが悪かった。こっちこそごめん。代わりに怒らせた」


 いえいえ、いやいや、と同じやり取りを3回ほど繰り返してから、どちらともなく笑い合った。

 ひとしきり笑うと、はぁ、と俺はため息を吐いた。


「なんか、ああいうのこれから増えそうだな。メッセージもすごい数来てたし」

「そうなんですか?」

「昨日から800件くらい? 内容はちょっとビビって見れてない」

「あ! そのことなんですけど……」


 ミューミューが気まずそうにもじもじしている。

 あれか? 配信の件か?


「昨日のアレ、配信してたんだよね。朝チョッキから聞いたよ」

「既成事実にしちゃおうと思って……ごめんなさい。私の都合で勝手なことを」

「いいよ別に。それに関しては俺は特に迷惑被ったわけじゃないし」

「でも、メッセージとかは……多分そのせいですよね?」

「あー…………それは、うーむ……そうかも……。で、でも別に迷惑って訳じゃないし! 全然! 拒否設定変えたから大丈夫!」

「重ね重ねごめんなさい……」


 まだミューミューは居心地悪そうにうつむいている。

 ダンジョンまでは楽しかったのに、怒らせて、今度は悲しませてしまった。

 2人きりになった途端にこれじゃ、俺の器の小ささがよく分かる。


「うーん……じゃあ昨日の話は終わりにしよう! 何度も謝らないでほしいし、後でなんか俺の欲しいカードでも買ってもらってチャラでどうよ!? 困った時はモノで解決しろってじーちゃん言ってたし!」

「え……? すごい現実的なお祖父様ですね」

「あぁうん……。じーちゃん、土地とお酒で苦労した人だから……」

「はぁ……」


 なんだこの話!!

 俺のじーちゃんの話!! 今いらねぇだろ!!


「ご、ごめんね。なんか。……あー、今更だけど、本当に俺とペア、組むの? まだ契約(プロミス)前だし、さっきの話じゃないけど、俺以外にももっとふさわしい人いるんじゃないかな……?」


 俺が良かれと思ってそう提案すると、彼女は孤狼丸に対するよりも鋭い目つきになる。


「シトラスさん……? それは違います」


 彼女はぐい、と俺に一歩近づく。


「あなたは自分の価値をまだ理解していないんですか?」


 がしっと肩を掴まれた。


「昨日の2試合も、今日のダンジョンでも、私は貴方を見ていました。ずっと集中して、見極める為に。今日はもうただの『確認』でしかありませんでしたけど。……昨日で『確信』は得たので」


 顔が……近づいてくる。ちょ、ちょっと待っ……。


「カグツチ戦での最後、あなたは一歩踏み込みましたよね? 振り切った後、更にもう1歩、カグツチを追い込む為に。あれは多分【砲夢乱抜刀】の延長技だと思いますけど、あれの判定を消さずにもう1度振り切るなんて、()()()()()()()()()()()


 近い近い近い。


「あなたの、そういう技術、知識、そしてそれを活かす『力』を貸して欲しいんです。それは双方にメリットがあるはずです。貴方はまずきちんとその力を自覚して頂いて、私とは早急にプロミスして、その後は――」

「ちょっと待った!!!!」


 俺は自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。

 彼女も状況に気づいたのか、パッと顔を離した。


 周りを少し遠巻きに数人のプレイヤーに囲まれていた。


「……ミューミューさまとあの……」「……昨日の……」「やっぱそういう……」


 小さく話す声が聞こえてくる。

 俺は恥ずかしさでミューミューの顔も、彼らの顔も全く見れない。


「先に、もうちょっとプライベートな場所に行こう。あ、変な意味じゃなくて」


 変な意味じゃなくて、が非常に変な意味に聞こえる。

 これ、どう言っても駄目だろ。詰んでる。


 ミューミューは無言で頷くと、光を散らして消えた。


 ポーンとシステムコールが耳元で響く。

 画面には「ミューミューのマイルームに招待されました」というメッセージが現れ、俺は迷うことなく「承認」を押した。


 数人の生暖かい目に送られて俺も光の粒となって消える。




挿絵(By みてみん)




 彼女のマイルームのスポーン設定位置は、小さな丘の麓だった。

 さわさわと風がそよぐ、地平線まで遮蔽物のない広漠とした草原。デフォルメされた可愛らしいヤギが数匹、近くの草を美味しくもなさそうについばんでいる。

 丘の上に立つ白い建物が彼女のマイルームだろう。

 俺は丘上まで伸びるレンガ敷の小道を登ると、腰までの高さの低い柵に備え付けられた扉をきぃ、と開いた。

 建物には一切の装飾がなく、窓も無く、豆腐のようなただの箱に見えた。

 クラフト系のゲームで最初にまずは拠点として作るような、時間をかけずに慌てて建てた無機質なそれは、のどかな風景の中では少し異質に映る。


 俺はドアをノックし、ごほん、と喉を作る。


「どうも、まだ自らの価値を知らない男です。今日は価値観を変えるため、己の才を試すために馳せ参じました。よろしければ、中に入っても?」


 精一杯カッコつけた声で、寒いセリフを吐く。よし、乗ってきた。

 中からクスクスと笑い声が聞こえる。

 ガチャリ、と扉が優しく開いた。


「どうぞ、『無名の男』さん」


 中から、ふわりと甘い果物の香りが漏れ出した。

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