問4-2
「じゃあ、とりあえず私の部屋に行きますか?」
彼女はことも無げにそう言った。
俺は「へ?」とも「え?」とも言えず、「ふぇ?」と情けない声が出た。
「シトラスさんの部屋では不都合だそうですし、私の部屋なら特に困らないですよね? ちょっと……ここだと目立つので……」
「あ、あぁうん。じゃあお言葉に甘えて……そうします?」
駄目だ。まだ2人だと緊張して敬語になる。彼女は常に敬語だから余計にだ。
4人なら素の感じになれるのに……うーむ。人付き合いとは難しい。
さっき4人で集まっていた滝前は静かなもんだったが、昼食の為に一度解散して、俺とミューミューの2人だけで待ち合わせた場所が悪かった。
ゲーム内でも屈指の待ち合わせポイント、ロビー中央のイルミンズール広場を指定してしまった。
俺やミューミューが選んだ訳ではなく、「やっぱあそこでしょ」と何故かみずちが決めていた。
イルミンズールはユグドラシル並に有名な世界樹の事らしいが、ここにあるのは10mほど高さの円蓋形の常緑樹だ。ゲーム内には「ホンモノ」があるが、これはその子供という事らしい。
しかしそれでも立派なものだ。巨大な樹の庇護下でテーブルやベンチが並び、横になれるように枝から多くのハンモックなんかもぶら下がっている。
木漏れ日が差し込み、心地の良い風が頬をなで、楽しそうな笑い声が響くこの空間はいつの時間帯でも多くの人が憩いを求めて集まる場所だ。
ダンジョンや闘技場にも行かず、ここでのんびり過ごすハンモック勢というものも居るらしい。気持ちはわからんでも無いが、流石にそれ自体を楽しむなら環境モノの別ゲーか、せめてマイルームに木でも植えて勝手にやってろと思ってしまう。
あまり詳しくは無いが、あえてエネミーが出現するフィールドでハンモックをぶら下げて昼寝を楽しむ「エクストリームモッカー」というグループもあるそうだ。
そこまで行くと何が目的かわからなくなってくる。のんびりしたいのでは無いのか、お前らは。
俺は滝前の方が落ち着くのでそう足を運ぶ場所ではないが、なんかこうして待ち合わせするとデートみたいだな、と緊張しながら約束の2時よりも30分も早く着いてしまった。
待っている内に、ひそひそと俺の方を見ながら会話するグループがいくつかあった。
俺の自意識過剰だろうと、のんびり新カード情報をゲーム内ブラウジングを開いて眺めて居たら、何人かに声をかけられた。
適当に相手をしていると、そのままその数がじわりじわりと増えていき、俺が困り始めたところに「おまたせしました」と少し慌てた様子のミューミューが到着したのがついさっき。
そして先程のやりとりに繋がる。
当然、今の俺たちの会話は周囲の人々にも聞こえている。集まった囲いは10人程度だろうか。数人の女性は普通の表情だが、他の男性プレイヤーから殺されそうな視線が飛んできた。
あー、俺も昨日までそっち側だったんだ。そんな眼で見ないでくれ。
おや……人の輪をかき分けて一人がずい、と歩み出てきた。
「おい、お前。昨日の『会見』に出てたシトラス、だよなぁ?」
ガラの悪そうなダミ声、俺に顔を近づけてガンを飛ばすそぶり。田舎のヤンキーみたいなダルそうなしゃべり方。
だーいぶキャラをお作りになっていらっしゃる方が俺に喧嘩を売ってきた。
頭の上にポップアップされたプレイヤーネームは「孤狼丸@玻璃猫組」、アバターは茶髪……というか茶色い体毛の犬耳アバターに山賊のような格好をした獣人男だった。
なんだこいつ。見覚えがない。
昨日から見覚えのない人間に声をかけられる機会が急激に増えたなぁ。
「ごっほ! ごほ! お゛い゛、なんか言えやゴラ。俺のメッセージも無視しやがって」
え、そのダミ声作ってんの? ムセちゃってるじゃん。
「ごめん、メッセージは開いて無いからあなたから来ているのは知らなかった」
「そうか。開いてないんじゃ返信しようがねぇな……」
それはお咎め無しなのか。良かった。
むせたからか、もう普通の声になってる。むしろ少し高いその声は、少年っぽい。
「だがな、玻璃猫組の俺たちに断りもなく玻璃猫様に声かけるのは許した覚えはねぇぞ!?」
「玻璃猫組……」
名前の後ろについているのは所属しているグループの名前だ。
非表示にも出来るが、大きなグループに所属していたりするとイキって名前に表示させている輩は多い。
「おう、なんだ知ってんのか。なら話は早ぇ。俺は玻璃猫組特攻隊長の孤狼丸ってんだ。覚えとけ」
「特攻隊長……」
「ビビってんのか? 俺の役目はお前みたいな玻璃猫様につきまとう虫を追い払う事だコラ」
「はぁ」
所属しているグループの名前から大体予想は着くが、まんまだった。
「もしかしてミューミューさんのストーカー集団って事ですかね?」
「ちげぇよ。玻璃猫様を崇めて遠くから眺める清く正しい集団だボケ。あと気安くミューミューさんなんて呼ぶのをやめろ。うらやましいから」
「うらやましいから」
正直か。
「……うるせえ! とっとと消えな、ポッと出の無名野郎」
「あのー」
困った顔で、ミューミューが割って入ってきた。
「ごめんなさい、私に何かご用でしたか?」
すさまじく空気を読まないセリフが出てきた。
周りのプレイヤーも固唾をのんで見守っている。
「お、俺みたいな人間に声をかけて頂き光栄です!」
孤狼丸の態度が180度変わる。
「いえ……シトラスさんのご友人ですか?」
俺はふるふると首を横に振る。ミューミューの態度が少し硬くなる。
「あの! 昨日の会見、録画で見ました。この無名男とペアを組むって本当ですか!?」
「無名男とは……シトラスさんの事ですか?」
「そうです。俺らは玻璃猫様の事は普段は影から応援してます! でも、いきなりこいつにハメ殺されたあげくにペアを組むなんて、過大評価もいいとこですよ!」
はぁ。なるほど。それに関しては俺も同じ意見ではあるが、他人に言われるとカチンと来ますな。
「過大評価、ですか」
「そうです! そ、そんな奴と組むくらいなら……」
孤狼丸は一度うつむくと、意を決したように頭を上げ、右手を差し出しながら叫んだ。
「俺とペアを組んで下さい!」
「嫌ですけど」
ピシャリ、と秒でミューミューが斬り捨てた。
俺は人が絶望に染まる瞬間というものを目撃してしまった。右手が寄る辺を探して寂しく空を漂う。
「私にとってシトラスさんは付き合いはまだ短いですがご友人ですし、『無名男』というのはあなたに対する言葉として適正です。何故あなたと組む必要があるんでしょうか? 私のメリットはなんですか? ご提示いただけるようでしたら、検討はします。おそらく何も状況に変化はないでしょうが」
おぉ……感情の男に対して怒涛の理屈攻めだ。これはキツイ。
「あ……いや……俺はただ……、その、せめてこいつじゃない、もっとふさわしい奴と組んで欲しくて……」
「ふさわしい、というのは貴方にとってですか? 私にとって、という意味でしたら貴方はどういう立ち位置からその言葉が出るんでしょうか? 無関係でしたら、『余計なお世話』です」
行きましょう、と俺はミューミューに引っ張られた。
「あ……元気出せよ、コローマルさん」
去り際に俺は一言添えるが、どこを見ているか分からない死んだ眼が俺を力なく見返すだけだった。
囲んでいたプレイヤーのうちの一人が孤狼丸にぽん、と右手を置いて慰めていた。




