答3-2
【限定イベント 迦具土城を落とせ】
「ここまで来おったか、西方の羽虫どもめ。しかし、愚かよ。ここは我が腹の内。ゆらめく大火は虫どもをおびき寄せる行灯に過ぎぬ。一度入ろうものなら逃げ出すことも叶わぬこの胃袋の中で、貴様らは燃え尽きるのだ――」
イベントボス「カグツチ」による前口上が終わりぐわはははと品の無い笑い声が轟くと、同時にローディングゲージも右端に辿り着く。
暗転していた視界に光が戻った。
天守閣は本来敵を迎え撃つために複雑な構造をしているものだが、そこはゲームらしく入り口はやけに大きな間取りで高い天井の木造の広間になっている。
灯りと言えば、チラチラと天井から降る無数の火の粉が発光する雪のように辺りを照らしていた。
本日、数えて4度目のダンジョン挑戦の始まりだ。
俺はすぐに走り出し、手札の確認をする。よーし、良いドローだ。
右手には、同じ速度で走るチョッキ。顔を見ると、奴も俺を見てニッと笑った。
後ろからも複数の足音と「ミューちゃん、もうダンジョン内で遅れても置いてくからね!」と楽しそうなみずちの声。
さりげなくミューミューちゃん呼びからミューちゃん呼びに変わってる。いいなそれ、呼びやすそうで。
大広間の奥には大きな観音開きの扉が一つ。俺とチョッキが左右の扉を同時に蹴飛ばして開く。
灯りも少なく左右に伸びる静かな通路は、ダンジョンの不穏な空気を否応無しに俺たちに与えてくる。前回の攻略までは片方の道を選び、律儀に縦に並んで陣形を保ちながらゆっくりと進んだ。
今回は違う。
「じゃあ、後で!」
「おう! 負けねーぞ、りょーちん!」
俺は左、チョッキは右。二手に分かれた通路を、俺達は躊躇することもなくそれぞれの道の奥へと走っていった。
別れてすぐ、俺の前に左右の壁をすり抜けるようにして4匹の「餓鬼」が立ちふさがった。お腹の大きく出た手足の細い子鬼といった見た目のエネミーは、ギャッギャッと全員が俺に向かって飛びかかってくる。
ちょうど試し打ちに手頃な「球」が欲しかった俺は、バックステップで飛びかかりを回避して更に少し距離を置くと【強引な誘引】をアクティブ化した。
視界ディスプレイで餓鬼の一体にターゲットを指定し、右手の人差し指でちょいちょいと手繰り寄せるしぐさをする。
すると、選択された餓鬼が猛スピードで俺の方に引き寄せられる。
これを今度は――と思ったところで、後ろからバタバタと大きな足音が聞こえた。
この音は良く聞いた覚えがある。いいタイミングだ。
「りょーちん、パーーーース!!!」
「あいよっ!」
このユーティリティカード【強引な誘引】は右手の人差し指と対象を強いバネ性の紐でつなぐようなイメージのカードだ。実際に紐が目に見えるわけではないので少々操作に難はあるが、餓鬼が俺にぶつかる寸前でくるっと体をひねりながら指を横に回すと、遠心力にぐんっと引っ張られ俺の背後側に餓鬼がすっ飛んで行った。
「とりゃーー!!」
そしてその餓鬼めがけて猛ダッシュからのジャンピングボレーをかますみずち。
ナイスシュート。ダッシュ系のカードで加速されたみずちのキックは見事に餓鬼のボディーに炸裂し、ステータスが付与された蹴りによって炎上しながら残った3体の餓鬼に向かって弾き飛ばされる。
蹴り返された餓鬼は、そのまま爆散。
一瞬で4体のエネミーが飛び散って消滅した。
「いきなり魅せてくれるじゃん」
「えへへ、決まった!」
腰に手を当ててみずちは誇らしげに∨サインを掲げる。
「ミューミューさんは?」
「反対に行かせた! まー、あとで合流するし」
「よっしゃ、じゃあ向こうのお二人に負けないようにガンガン行きますか」
「うん! 『ガンガンいこうぜ!』だね!」
「よくそんな古いネタを……」
「チッチッチ、王道こそ至高、だよ?」
俺とみずちは雑談しながらも板張りの通路を走り抜けると、先にあった扉を迷いなく押し開ける。
「おー、いいねぇ」
「素材の海だー!」
一階層定番のイベント部屋、入り口から奥まで縦に伸び、10個の部屋をそれぞれふすまで仕切られた畳張りの座敷だ。
このふすまを開くごとに敵が出現する仕掛けで、丁寧に闘うならふすまを開けては敵を倒し、また開けては……と繰り返すだけでいいのだが。
「行けるよね?」
「手札回しながらだけど、多分行ける」
「じゃあ、開けといてね?」
「ういっす。あっちはやっておくから、後はよろしく」
みずちが両手をお椀型に重ね、体の横に引く。【老師の秘奥義】のアクションだ。
彼女が溜め始めるのと同時に、俺はさっき使えずじまいだったバレットカード【砲夢乱抜刀】をアクティブ化し、野球のフルスイングのようなアクションでふすまに巨大な太刀を叩き込んだ。
ふすまが切れるというより、なぜかミジン切りの様に散りながら崩れ落ちる。
このまま振り切った時点で【砲夢乱抜刀】の効果は消えるのだが、俺はちょっとした裏技を知っている。
そのままの勢いを殺さぬように体を回転させると、【砲夢乱抜刀】のエフェクトは消えずに残り続けるのだ。
ぐるん、ぐるん、ぐるん。
刃渡り2mはあろうかという太刀のエフェクトに重さはないが、自ら勢いをつけ更に回す。
次第に俺は人間を辞め、局地的な台風としての役割を成すこととなる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ」
ぐるぐると回り、ふすまをまた切り刻みながら進む。
ふすまが空いたことによりポップしたエネミーもなぎ倒しながらどんどん進む。
みずちが溜めながら笑いのツボに入ったようで、後ろ? いやもうぐるぐる回ってるからよくわからなくなってきたが、どこかから楽しそうな笑い声が届く。
俺はかろうじて視界ディスプレイのミニマップを頼りに前進を続けた。
「オラオラオラオラオラ……オエェェェ」
この攻撃は対エネミー戦で非常に強力だが、難点は一瞬で気持ち悪くなるところだろうか。
頭がくらくらする。ふすまは4、5枚は叩き切ったはずだ。あと半分。
酔っぱらいのようにふらつく足をなんとか意思の力で押さえつけると、すぐに群がるエネミーをはねのけるべくバレットカード【踏み込む独歩】でさらに足元を大きく踏みつけた。
どがん、と足元が大きく凹み、衝撃で畳が跳ね上がる。
着物を着た狐のようなエネミーがまとめて弾き飛ばされたのを横目で確認し、残りの2枚の手札のカードもさっさと切る。
よっしゃ引いた。
ドロータイムのゲージが進み、新たに引いたカードは念願のショットカード【獣王の咆哮】だった。




