問3-1
目が覚めると、俺はベッドからのそりと起き上がり大きく体を伸ばす。
部屋のブラインドが静かに開くモーター音を聞きながら、眩しすぎる日曜の朝日に目を細めた。
昨日は、止まらぬ濁流に巻き込まれてしまったような怒涛の一日だった。
思い返すと、なんだか夢を見ていたような、それをはっきりと覚えたまま現実世界に戻ってきてしまったような違和感がある。
浮ついているというか、何か言い知れぬ不安に背を押されているというか。
その形の無いなにかを吐き出してしまいたくて、大きく深呼吸をした。
ピュイ、ピュイ、と笛のような音がどこかから聞こえてくる。
あまり馴染みの無い音に、寝起きの頭ではすぐに反応出来なかった。あれは、確かゲームとリンクした専用端末の呼び出し音だったはずだ。
栞くらいの大きさの薄いガラス板のような形をした端末は、ゲーム内プレイヤーとのメッセージのやり取りやゲームデータを外部出力するために必要なもので、いつもはあまり用が無く適当にテーブルの上に置いてあったはずだ。
一定の間隔で音を吐く端末を俺は何気なく手に取り表示されたお知らせを一瞥し、一気に頭が覚醒するのを感じた。
『 ◇620件の未読メッセージがあります
◇19件の対戦申し込みが届いています
◇プレゼントが4件あります
◆【重要】「書物の欲求」への出演依頼が届いています 』
――情報量が多すぎる。
未読メッセージは、おそらく昨日の件についてだろう。
いつもならリアフレとしかやり取りしていないので、この端末でメッセージを送り合うことはまずない。つまりは面識のないプレイヤーからのメッセージだ。
それが620件。嫌な予感しかしない。
お次は対戦申し込み。ゲーム内で対戦の約束をし、そのまま対戦部屋に行くだけで事足りるので、この端末からそんな情報が来たことなどない。
見知らぬ相手から挑まれるような熱い人生は送っていないので、これも嫌な予感しかしない。
そしてプレゼント。プレゼント?
何かもらったのか俺は? なぜ? 誰から?
俺は何かを突然前触れも無くもらえる類の人間だったか?
俺が今までの人生で前触れなくもらったものといえば、小学生のころ授業中にさっちゃんが突然振り返って俺の机に吐いた「モノ」しか思い出せない。
――さっちゃん、君が悪くないって俺は知ってる。自分の机は汚したくなかったんだよな。
でも、もっとさあ、ほら。他に候補あったんじゃない?
なんで振り返ってまで俺の机に被害を与えることになったの?
右側は君の好きなカズくんだったし、左側は壁だったから、まあ逃げ道が無かったかもしれない。
でも、俺と目を合わせてから「やった」よね。
おかげさまで、今でもあの光景はトラウマだよ。
元気かな、さっちゃん。
俺は今日も元気です。
敬具。
――駄目だ。目を逸らしてしまった。だって、すさまじく嫌な予感しかしないから。
最後の「書物の欲求」は、知ってる。そしてこれが一番嫌な予感がする。嫌な予感オブザデイだ。
まあこれは予感ではなく確信と言っても良いので、嫌な予感オブザデイにノミネートされるか否かはまだ検討の余地があるだろう。この候補が落ちたら、間違いなく「プレゼント4件」が嫌な予感オブザデイの優勝候補筆頭だ。
だがまだ勝負を決めるには早い。
俺の脳内ジャッジに判断は保留させ、思考を現実に引き戻す。
デザイア。
ネクロ内のマスコミ「蔵書室」が運営する日刊の情報番組で、主に目立った活躍をしたプレイヤーやその週のランキング上位者へのインタビューを放送する事が多い。
番組は15分程度で、公式ウェブサイトやロビーなどで定期放送と再放送がたびたび行われている。
それの出演依頼。
俺はいつも見る側で、まさか出る側になるとは思っても見なかった。
まあおそらく、「彼女」と一緒に出ることになるのではなかろうか。
それとも、あっちの「彼女」とだろうか?
ああ、どっちにしろ気が重い。
そもそも、昨日の今日でこいつが俺に届いているということは、だ。
既に「昨日の一件」は多くのプレイヤー、ひいては運営側までが知ることとなっている、というわけだ。
このメッセージの数やらプレゼントやらも、もちろんそのせいだろう。
今日は一応約束があるのでネクロにはインする予定だったが、こんなものを見せられてしまっては朝から逃げ出したいような気持ちでいっぱいになってしまった。
――ならば、やるべきことは一つ。
嫌な予感オブザデイ候補たちをまとめて枕の下に突っ込むと、俺は何事もなかったかのように朝食を食べるべく部屋を出ることにした。
三十六計逃げるに如かず。
昔の人は良いことを言ったものだ。




