答2-7
「えー、シトラスさんの絶望的なネーミングセンスのご披露、ありがとうございましたー!」
みずちがとんでもない締め方をしやがった。
絶望的とはなんだ絶望的とは。俺の心は希望に満ち溢れてるぞ?
関係ない? はい。
「じゃあ後は――」
「私にも少し話を」
「ですね! よろしくお願いします!」
ミューミューが名乗りをあげた。結局ほとんど俺が喋ってたからな。
彼女はゆっくり立ち上がった。
おや? 座ったままでもいいのに。
俺がそう伝えようと顔を向けたが、彼女の表情を見てやめた。
妙に真剣な、そして意思のある目。
ただ何かを話そうとしている訳ではない。
何かを「為そうと」している。
「皆さん、彼の行動理論からデッキ作成、そして実行までのプロセスの解説を受けて、どう感じましたか?」
会場にそう問いかけた。
「正直、頭、おかしいですよね? 彼」
笑い声が上がる。でもミューミューは少しも笑わないので、すぐに止まった。
「こんなデッキ、全く実戦向きじゃありません。綱渡りどころか、糸を歩くような繊細で絶妙な行動管理が必要です。それを自分だけではなく、相手も巻き込んでゲーム開始から最後まで組み立てなければいけない。常人ならやろうとは思いません」
俺の批判か? いや、違う。
「普通に考えれば、不可能。でも、彼は成し遂げました。そこらの有象無象相手でも、作戦に乗ってくれる甘い友人でも、他の誰でもなく――本気の『私』相手に」
会場の空気が変わった。
「確かに」とか「あいつ、トラップも全部先読みして設置してた訳だろ?」とか「玻璃猫様相手にひるまなかったし」などと聞こえてくる。
少し前までは、俺のことを「面白い奴」や「変な奴」だとは思っても「強い奴」と見ている人間は少なかっただろう。
でも、彼女の言葉で皆気づいたようだ。
俺の実力に。
――いや恥っっっっっず!!!
俺の実力って何だよ。大したもんじゃないよ。やめてくれ。
今回勝ったのは、彼女が直線的で読みやすいデッキだったからで、もっと搦め手を使ってくるような変なデッキだったらとてもこういう結果にはならなかった訳で。
そもそも彼女の実力も知らんから俺にはなーんのプレッシャーも無かったし、いや、途中ですごい強いから面白いな―とは思ったけど。思ったけど!!
やばいやばいどんどん恥ずかしくなってきた。ランク2位に勝って実はテンション上がってて、ドチャクソ偉そうにデッキの解説をしてしまったのを、今になって後悔する。
ここから逃げたい。
「そう。私が彼と野良試合をしたのも、まさにその理由からです。本当は私は今日、火香さんを誘う気でいました」
誘う? なんの話だ?
自分以外の人間はその言葉に思い当たるようで、女の子たちなんかはキャーキャーと騒ぎ出した。
「でも、この試合次第では彼を誘う可能性もありました。私との戦いで一定以上の実力を見せてくれるようだったら。そしてもちろん――」
ぐい、と俺を片手で引っ張り上げると、彼女は俺の手を握り、続けた。
「――私の思惑を大きく乗り越えた彼は、今日から私と『ペアリング』を組み、次回の『名高き術』に参戦します」
会場は大きなどよめきの後、祝福する歓声に包まれた。
「いいぞ、頑張れー!」
「ついに、ペアを組まれるんですね!」
「あいつとペアかー! クソー! 俺とも組んでくれミューミューちゃーん!」
俺は取り残されたような疎外感と、勝手に祝福される高揚感で説明出来ない気持ちになる。
話についていけない。……いや、一つは分かる。
ペアリングっていうのは、このゲームで言うところの「ダブルスマッチ」を行うために必要なプレイヤー間の契約だ。
ペアリングしているプレイヤー同士でなければダブルスマッチに参戦する権利はなく、4人で組む「パーティー」よりも深い意味がある。
パーティーは自分の役割を全うすればいいため、1人1人の実力はあまり重要ではない。例え弱いプレイヤーでも、他のプレイヤーのサポートが的確に出来るのならば十分だからだ。
だが、ペアリングの場合はそうは行かない。
2人で行うスポーツと同じように、実力差がありすぎるとペアとして成り立たない。強いプレイヤーを弱いプレイヤーが足を引っ張る結果になってしまい、本来よりも低い実力しか発揮できなくなる。
だが、お互いに高め合う事が出来るペアなら。
実力は足し算ではなく、掛け算のように高まり、個の力を遥かに上回るパフォーマンスを得ることが出来る。
だからこそペアの選定は難しい。
それこそ、彼女に釣り合う能力を持ったプレイヤーがいなかったのだろう。
そこに現れた、俺という存在。
あ、そういうこと?
ようやく俺は自分の立場に気づいた。
しまった。――謀られた。
この為の野良戦、この為の会見。
俺は多分、試合に勝って、勝負に負けた。
彼女と交わした約束は、「1ヶ月間、私と一緒にランクマッチに本気で取り組む」だ。
てっきり俺は「ランクマッチに本気で取り組む」方がメインだと思っていたのだが、その約束は、
「こういうことだったのか」
「やっと気づきましたか?」
こんなことをされてしまえば、俺はもう断れない、逃げられない。
彼女と本気で取り組むしかないのだ。おそらくその「アルス・なんとか」に参戦するまで。
いたずらっぽく笑うミューミューと、祝福ムードの会場。
そこに水を刺した大きな声。
「ちょーーーーっと! 待ったああぁぁぁぁぁぁーー!!!!!」
みずちの爆音ボイスだった。
「りょーちんは!! 私と!!! 組むの!!!!」
キャッ、と声が聞こえた。
ツインテールの少女がやけに嬉しそうな顔を隠すように両手で口を塞いでいるのが見えた。
その特別大きくもない声が妙に俺の耳に響く。
「三角関係……!」




