問2-5
ようやくの攻撃の手応えがあった。
私のデッキは、通称「ワンサイドスケイル」と言われるシナジー重視の近距離戦闘特化デッキだ。
ワンサイドは一方的な試合、そしてこちらだけが有利なカードを使用することから。
スケイルはスケイルアーマー、つまりキーカードの呼び名から来ている。
デッキ名の由来にもなっている【龍鱗の加護】は自分で使用したカードの反撃や反動ダメージを全て軽減するカードだ。
この効果は非常に強力で、デメリットが用意されているようなカードはそもそもが強力ゆえにデメリットで調整されているのに、それを無視してメリット部分だけを享受できてしまう。
この加護によるバフを受けられることを前提にデッキを組むと、ゲーム内でも最強格と言えるほどに強いカード達が詰め込める。それは一般的な近距離特化のデッキと比べてカードが単純に強い分、大きく優位に立てるという寸法だ。
もちろんそんな強力な【龍鱗の加護】にはそれ自身にデメリットがついている。このカードの効果テキストの最後尾についている1文は「リムーブ」。
カードの使用回数は増やしてあるものの、適当に使用してしまうとデッキから【龍鱗の加護】は消えてしまい、どれだけデッキを回しても現れなくなる。
つまり近接戦最強という肩書の代わりに、短時間で勝負を決めてしまうか、もしくは節約して効果的なシーンでのみ使用するのかという二択を迫られる。
今回は前者のつもりだったが、ここまで長引いてしまったので私は後者として立ち回っていた。
でも、今こそ。
デッキをフルパワーで動かすときが来たようです。
私は最後の1枚、残り使用回数が2回になっている【龍鱗の加護】をアクティブ化すると、【悪意ある贈り物】につなげる。
わざわざ追撃で箱を開けずとも、そのまま壁に当たった黒い箱はパカリとその封が自ら解け中身を吐き出した。
辺りに拡がった羽虫達による範囲攻撃で相手を文字通り「削る」バレットカードだが、範囲内では見境のない羽虫の攻撃が自らにも襲いかかる。もちろんそれは加護がなければ、という話なので今の私は完全に無視される。
彼の姿がついに見えた。
黒い羽虫たちが群がり、姿を消していた彼の姿を縁取ってくれたからだ。
数秒で羽虫達は去り、久方ぶりに彼が本来の姿を現した。
少し長めの黒髪を後ろで一束にしたポニーテールに、身軽なグレーの和装を合わせた浪人のような出で立ち。強い意志を感じる瞳は出会った時と同じ輝きを放っていた。
しかし彼は追い詰められてなお涼しげな表情で私を見据える。
「【インビジブルアクター】って、突然消えたらこうして範囲攻撃の餌食になってしまいますよね。私にそのカード、あんまり通用しないと思いますよ?」
私が挑発気味に声を掛けるが、彼はにやりとニヒルに笑うだけで返事をしない。
「しかもあなたの舐めプのおかげで、私のライフはまだ半分も切っていません。この意味、わかりますよね?」
今の直撃した数発と、少しずつ当たっていた私の今までの反撃によって、彼のライフは残り3分の1。私のライフはまだ6割といったところか。
そして相手は真正面、こちらのデッキは近接戦特化。残り時間もあと10分はある。
ここから逆転される要素は、無い。
はずなのだが。
なぜ彼はまだ笑っている?
「……私とのおしゃべりには付き合ってくれないんですね。じゃあ、終わらせましょう」
シトラスさんの思惑はもうどうでもいい。どんなに不気味なデッキでも、ここから6割のライフを持っていかれるような事は絶対にない。
ただ負けたいだけなのなら、望み通り負けさせてあげます。
私はまた首をもたげた恐怖と、少しの失望を意識から排除する。
残った冷静な戦闘思考のみを使い、徹底的な攻勢に転じた。
彼はすばやく回避を試みるが、それは微細な準備動作を観察して動く「先」を見ている私には通用しない。
今の私の攻撃を簡単に避けられると思わないことですね。
次々にヒットする攻撃、彼のライフはみるみる減っていく。
上階に逃げ込んだ彼を追い打ちしながら自らも上階へ。
それでも物陰に身を潜ませまた逃げる彼の姿が見える……いや、一瞬私の視界が障害物に阻まれた隙に【インビジブルアクター】でもう1度消えたようだ。小賢しい。
私は上階ごとまとめて破壊するべく、まずはビルの外壁に穴を開けた。
そしてそこから身を乗り出し、【紫電鎚ミョルニル】を横薙ぎに当てるべく拳を振り上げた、その瞬間。
また小さな光弾が私を狙って飛んでくる。少し体を捻り回避すると、上階から飛んできたその攻撃は足元に着弾した。
小さな彼の反撃に苦笑しながら私は拳を予定通り振り抜く。
ミョルニルはだるま落としのように私の頭上、ビルの上階層をゴリッと破壊し、中にいるモノ全ての効果を打ち消す電撃を走らせる。
彼のライフには少しの変化。直撃は避けたようだが、これで【インビジブルアクター】の効果もキャンセルされたはずだ。
私は削れた上階に飛び上がると、直前の加護の効果が切れたことを確認し、最後の1回になった【龍鱗の加護】をアクティブ化して使い切る。
彼のライフは残り1割。トドメだ。
――そして私がそこで見た光景は、コントロールされた感情でさえ全てが空っぽになってしまうほどの衝撃だった。
上階にあった広い部屋、ドア側の壁だけがミョルニルによって破壊され、横側から丸見えになったその部屋の中央に転がっていたのは、球体人形のようなオブジェクトの姿。
あまり見覚えは無いが、私はそれが何かは知っている。
胴体は白く、顔だけが黒い人間の形をしたモノ。それはミニオンカード【モノクロームスパイ】の骸だった。
■□ ミニオンカード □■
プレイヤーの召喚に応じて現れる手下を生み出すカード種。対戦相手に攻撃を行うモンスター系、一定時間でサポート効果を生み出すヒーラー系など用途は多岐に渡り、特に1対1では強力な仲間として役に立つシーンは多い。
メリットはほとんどのカードが自立思考で行動するので召喚後の操作の必要がないこと。デメリットは、設定された耐久値を超えるダメージで機能が停止してしまうことだ。
その中でも【モノクロームスパイ】は少し特殊なミニオンカードだ。
自立思考はせず、プレイヤーが目を閉じている間だけ身体操作が同期して視界共有しながら動き回る事ができ、主に偵察用に使われるミニオンだ。
それがここに転がっているという事実。
しゃべらないシトラスさんのニヒルな笑顔。
私はようやく彼の目論見がわかった気がしたが、辿り着くのが遅すぎたようだ。
「本物の彼」が私の立つ階層の数階層上、ビルの最上階からこちらを見下ろしていた。
全ては彼の手のひらの上で、私は1度もそこからはみ出る事はなかったのだろう。
ごう、という音が背後から届くのと同時に、私の画面はブラックアウトした。




