答1-4
「すごいですっ!」
俺とみずちの背後から、ガサッという音と共に声が飛び出てきた。
二人でビクッと体を跳ねさせながら振り返ると、頭に葉っぱをつけた青い髪の女の子が手をぱちぱちと拍手しながらニコニコと笑っていた。
「ご説明、聞いてました! すごい面白かったです!」
見知らぬ彼女は俺に顔をずいっと近づけると、キラキラした目を俺に合わせて離さない。
そんなに近づかれると俺もつい彼女の顔をまじまじと見てしまう。すこしタレたのアクアマリンの瞳にすっきりと整った顔立ちの美少女だ。みずちが鼻筋が通った美女顔なら、彼女はアイドルっぽいイメージのアバターなので髪の色も相まって真逆の印象を受ける。
格好は意外とキャピキャピした感じではなく、水で出来た衣のような装飾が少ないワンピースだ。
このゲームではアバターのビジュアルは無数のパーツから選んで好きに設定できるので、凝ったプレイヤーは芸能人の顔にしたりしているが、声だけは現実の肉声なのでごまかしようがない。
つまり、声も美少女な彼女は正真正銘の女性ユーザーなのだ。
そんな彼女と見つめ合ってると、お年頃な俺は少しドキドキする。顔には出さないように必死だ。
「なに顔くっつけあってんのー!」
ぐい、とみずちが2人の顔の間に手を差し込んで離してきた。
「誰? りょーちんの知り合い?」
俺はふるふると首を左右に動かす。アバターが顔を赤くする機能を備えてなくてよかった。
「いきなりごめんなさい。ご挨拶が遅れました、私は『μMeow』と名乗っております。以後お見知りおきを」
彼女が少し芝居ががって小さな頭をぺこりと下げると、一緒に髪に引っかかっていた葉っぱもはらりと落ちる。
頭上にポップアップ表示されるアバターネームは見えていたので名前は分かっていたが、その名前に覚えは無い。みずちもはてな顔で首をかしげているので、俺らとは関わりのない人物らしかった。
「実はそちらの『火香』さんとお近づきになりたくて、先程偶然お見かけしたので背後から忍び寄……ストーキングしていたのですが、草葉の影から見守っていたところ、今のゲームと解説を一緒に聞いてしまいました」
言い直して悪くなってる。この子可愛いのにみずちのストーカーだ。
草葉の影って普通は「あの世」のことだが、彼女の場合は言葉の通り俺らの座っていたベンチの後ろの茂みに潜んでいたということだろう。
「え、私を追いかけてたの? なんで?」
「あこがれなんです! 火香さんの縦横無尽に飛び回るアクロバティックなアバタームーブ、嬉々として振りまく炎、相手を燃やしながら笑う鮮やかな顔。いつも楽しく拝見してました!」
「言われてんぞ。あの敵をぶっとばした後の残虐フェイス」
「ナンダヨー、別に残虐フェイスじゃネーヨー!」
「そ、れ、が! 良いんですよ! 火香さんには私みたいな女の子のファンも多いんですよ?」
ミューミューはそう言って熱い眼差しをみずちに向ける。彼女は「でも!」と続けた。
「今のゲームで、私『citrus』さんのファンにもなっちゃいました! あの火香さんの怒涛のラッシュを先読みしたみたいに避けたり弾いたりしながら、あんなに弱いカードで渡り合うなんて!」
弱いカード、と言われてしまった。確かに【鳴神:萬】と【卑弥呼の銅鏡】以外はほとんどコモンのバレットカードばかりの構成だったからな。その肝心の高レアカードも採用率は低いカスレアだし。
「だから思ったんです。もったいないって! 1対1マッチのランキング9位の火香さんと渡り合える実力なら、もっと有名でもいいはずです! デッキも独創的だし、それを使いこなすテクニックもすごいですよね!」
ランキング。俺があまり今まで関わって来なかったゲーム内コンテンツだ。
みずちは戦闘狂なので、闘技場にガンガン突っ込んで賞金を獲得するようないわゆるランカーだが、カジュアルに楽しみたい俺には荷が重い。
「あ、ありがとう。褒めてくれるのは嬉しいけど、俺は別に……」
俺が断ろうと次の言い訳を口に出す前に「実は私ももったいないとは思ってたんだよね」とみずちがあろうことかミューミュー側に乗っかる。
「だってりょーちん、いつも私と闘ると勝率80%くらい? だもんね。絶対ランキング上位に行けると思うよ」
「8割!? 火香さん相手にですか!?」
「いやいやいや、そりゃ買いかぶりだ。火香の戦略とデッキ構築が読めるからちょっと先読みしてるだけだよ」
「そうかなぁ~? 一回頑張ってランクマッチ潜ってみれば? 知らない人にもその『ロマン砲』ぶっぱしてくればいいじゃん。絶対それはそれで気持ちいいって」
「いや、うーん。どうだろう……」
身近で接しているみずちの言葉に、少しだけ揺れる。
「ところでさっきからりょーちんってcitrusさんのことですか?」
俺が訂正のために口を開きかけるが、みずちが少し嬉しそうに喋り始めたので止めた。
「あーごめんね。りょーちんってのはそこのcitrusのあだ名なの」
「リアル名前バレするからやめろって」
「あ、お二人はリアフレなんですね」
「うん、まあね。大体火香とあともう1人仲間がいて、そのメンツで遊んでるだけ。俺はそこで変なデッキ作ってはしゃいでるだけの一般人だよ」
「それがもったいないんです! 絶対に大きな舞台であんなの成功させたら、私みたいにファンがどんどん増えますよ!」
ぐいぐい来るなあ、この娘。
「ゲームをしている人っていうのは、大多数は自分よりゲームが上手い人に憧れるものです。例えばアバターの操作がなめらかで無駄がなかったり、攻撃を的確に当てたり、デッキを作戦通りに扱ったり。私が見る限り、シトラスさんはそれら全てが高いレベルで実行出来ています! それなのに更に面倒な手間をかけてまで大技を決めに行く根性! 私、ここ最近で一番びっくりしたと思います!」
彼女は熱く語ってくれた。うう……これはまずい……俺の承認欲求が満たされてしまう!
「それに火香さんとのライバル関係も素敵ですよね。ゲーム中のお二人のやり取りなんかもかっこいいですし……。バンバン高いレベルで攻防のやりとりをしながら、口ではのんきに会話してる感じ。ああいうの、いいなー、あこがれるなーって感じました! あ、かっこいいと言えばあれも良かったですよ、『はたき落としてしまえば――』」
「ごめん! それはやめて! 死ぬほど恥ずかしい!」
「えー、そうですかねぇ。私は好きでしたよ。バシッと決まってて、映像もほら」
「キリッ! 『はたき落としてしまえばどうということはない』」
みずちが勝手にリプレイで例の場面を再生させて、くそったれなものまねと映像を重ねてきやがった。あとで殴ろう。
「やめろ」
「えーかっこいいじゃーん。ね、ミューミューちゃん?」
「ですよね!」
うーん、この状況、俺が不利だ。結託されたらなんだかなし崩し的にランクマッチに押し込まれそうな気配がある。ここは先手を打って、今すぐ用事があるとかなんとか言って話を切り上げよう。と、思考が到達した矢先。
「そうだ! じゃあこうしましょう! 私と戦って下さい! それでシトラスさんが私に勝ったら……」
「勝ったら?」
みずちが先を促す。だめだ。逆に先手を打たれた。
「私と一緒にランクマッチをがんばりましょう!」
「「へ?」」
予想外のセリフに、またみずちと声がハモってしまった。




