問0-0
完全没入型VRゲームが作られるようになり10数年、 RPGやシューティング、レースにスポーツとあらゆるジャンルのゲームが開発され、勃興し、衰退していった。
人気のあるゲームは多様化し、内容や遊び方も増えたものの、新作と言えば過去作の続編や焼き直しの劣化コピーばかり。
そんな状況が2、3年続きマンネリ化してきた頃、圧倒的なオリジナリティと完成度から一気に業界でのし上がったタイトルがある。
「Another:Necronomicon」
VRとは相性がさほど良くないと思われていたTCGにMMORPGと対人アクションゲームの要素が足された意欲作だった。
開発元は「ウェルフロッグ」。複数の大手ゲーム会社からビッグタイトルを経験してきた大物が次々と退社し、「作りたいものを作る」と共同で立ち上げた業界最注目の新興メーカーだった。
彼らは技術力、運営力、展開力と流石の手腕を見せ、リリース前の事前予約だけでVRジャンルの過去最高販売本数を塗り替えた。
その勢いで販売直後に出た数々のレビューでも各所で絶賛。飛ぶ鳥を落とす勢いでスターダムを駆け上がり、あまりのユーザーの白熱ぶりに社会現象にまで発展した。
今なおプレイするユーザーは増え続けているVRTCG「ネクロ」。
俺こと橘良寛は、その大作ゲームをプレイする大多数のうちの1人でしか無かった。
ただ友人達との小さなコミュニティで、自分の気の赴くままにゲームを楽しみ、腕を磨く日々を繰り返していた。
そのテクニックは、ただただ己の理想を実現する為に。
試行錯誤し、正解のない世界の中から最も正しさに近い形を求めて。
この日の俺も無限に用意された「自由な遊び」に惹かれてゲームをプレイしていた。
いつものような、なんでもない1試合。それが彼女の目に留まるとは夢にも思わず。
今日は記念すべき1日の始まり。
小さな蛙が、狭い井戸から外を見上げた希望の朝。
未来を大きく変えた、俺と彼女の出会いの日。
追い求めたのは、夢ではなく、意思の力。希望ではなく、確かな信頼の楔。
彼女と紡いだ、連鎖する想いの軌跡は長く、長く――
――俺は一歩目を踏み出す。