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いいんかい。

作者: 大西タダシ
掲載日:2018/10/15

 平成◯年4月1日、私は、新社会人として第一歩を踏み出した。いくらかの期待と、多くの不安を抱え、人生初めての「職場」に向かった。


 私の名は、大西オオニシ タダシ。この春、地元の国立大学を卒業し、地元の市役所に正規の職員として採用された社会人1年目だ。

 四人兄弟の長男で父は公務員、母は専業主婦というごく一般的な家庭に育った私だったが、幼少時代からいわゆる「おとなしい性格」で、学生時代、昼休みは外で遊ぶよりも図書室にこもって本を読むことが多かった。

 そんな私が、公務員を目指した明確な理由はなく、世間で言われている「安定」というイメージや父が公務員だったという流れから、なんとなく公務員試験を受験し、合格。この春から市役所職員として勤務することになった。


「辞令交付式は、8階の大会議室か。」

 私は、事前に市役所から送付されていた辞令交付式の案内書類を確認した。市役所での勤務初日、まずは「辞令交付式」と呼ばれるものに参加しなければならないらしい。私は市役所に到着後、辞令交付式に参加するために、早速エレベーターを使い8階に向かった。


(一体どんなことをするのだろう。)

 そんなことを思っていると、あっという間に8階に到着し、エレベーターのドアがサッと開いた。ドアの先は、辞令交付式に参加するためであろう多くの職員であふれており、その奥に「辞令交付式」と書かれた大会議室が見えた。職員は、それぞれ期待と不安が入り混じったような複雑な表情をしていて、まるで学生時代の始業式のような雰囲気だ。職員同士で話をする人がいれば、黙って壁の掲示物を見ている人がいる。どうやら、辞令交付式に参加するのは、新規採用職員のみではなく、4月の人事異動を受けて、新たな課で勤務する職員も参加するらしい。私は特にすることもなく、辞令交付式の開始時間まで、先ほどの書類を確認したり、トイレに行ったりして時間をつぶした。

 

「そろそろかな。」

 辞令交付式の開始5分前、会議室の中から職員が出てきて、こちら側に大きな声で呼びかける。

「辞令交付式、5分前です。職員は中に入ってください。」

 私は、他の職員が中に入っていく後をついていき、指示された位置に整列した。「シーン」と張り詰めた空気の中、定刻と同時に辞令交付式が始まった。

「ただいまより、辞令交付式を始めます。一同礼。市長あいさつ。」

 まずは、市長のあいさつだ。きびきびと市長が壇上にあがる。

「おはようございます。。。」

 市長のあいさつは、約10分程だった。その内容は、新年度を迎え、新たな課で勤務する職員や私を含めた新規採用職員への激励が主なものだった。組織のトップである市長からの言葉は、重みのある力強い言葉で、身の引き締まる思いだ。厳正な雰囲気の中、粛々と式は進行する。

「辞令交付。」

 次は、辞令交付だ。市長が職員一人一人の目の前で辞令を読み上げる。

 ※辞令=役職の任免について、記してある文書。

 15分程経った頃、ついに私の番になった。

「辞令。大西忠殿。教育委員会へ出向を命じる。社会教育課主事補に任命する。」

(しゅっこう。。??きょういくいいんかい。。??)

 私は、その意味がいまいち理解できなかった。なぜ一年目のペーペーが出向なのか。一年目で教育委員会というのは、市役所職員として普通のことなのか。私は様々な疑問を抱えたまま、初めての辞令交付式を終え、配属先の教育委員会社会教育課に向かった。


「大西忠と申します。出身大学は、〇〇大学で、〇〇を専攻していました。まだ分からないことも多く、皆さんにご迷惑をおかけすると思いますが、一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします。」

 配属先の社会教育課に到着し、早速職員のみなさんの前で自己紹介をした。社会教育課は、正規の職員が6名、非正規職員が3名の比較的小さな課だ。4月の人事異動で、私を含めて新しく2名社会教育課に配属された。そのもう一人の転入者は、新たに課長に就任した芝田課長である。

「この課では、君も新人だが、私も同じ新人だな。よろしくな。」

 芝田課長は、自己紹介を終えた私を自身の机に呼びつけ、早速声をかけてきた。痩せ型で、眼鏡をかけた50代後半くらいのおじさんといった感じだ。

「はい。よろしくお願いします。」

 私は、緊張しながらも精一杯の返事をした。深々と頭を下げた後、自分の机に着席したが、特にやることもない。持参した道具を確認したり、机の中を整理したりしていた。

(出勤初日は、何をすればいいんだろう。)

 そう心の中でつぶやいていると、すぐ隣から明るい口調で声をかけられた。

「まずは、みんなの名前を覚えようか。今日で全員覚えられたらジュースおごってあげる。」

 そう言って私に課の名簿を渡してきたのは、山下係長だ。私の直属の上司にあたり、長年社会教育課で中心的存在として活躍してきたベテラン職員とのことだ。その後も山下係長は、出勤初日ということで緊張しっぱなしの私に気さくに話しかけてくれた。山下係長の数々の冗談に笑顔を浮かべ、なんとか出勤初日を終えることができた。

「お疲れ様でした。お先に失礼します。」

 私は、ちょうど定時ぴったりに職場を後にし、ぽかぽかと暖かい陽気の中、両親に買ってもらった中古の軽自動車で帰り道を進んだ。

 15分程車を走らせると実家に到着した。私が高校生くらいの時に両親が購入した二階建ての一軒家だ。

「おかえり。早かったね。仕事は、どうだった?」

「直属の上司が、すごくいい人だったよ。」

「それは良かったね。それじゃ、ご飯にするよ。」

 私の報告を聞いた父と母は、笑みを浮かべ少し安心した様子だった。そんな様子を見るとこちらも嬉しくなる。

 出勤初日の話も早々と切り上げ、母の作った夕食を家族3人でテレビを見ながら食べた。父がテレビに映るお笑い芸人にケチをつけ、それを聞いた母と私が笑っている。いつもの我が家の夕食の光景だ。

 こうして、私の社会人1日目が無事に終わったのだった。



「おはようございます。」

 私は、いつも通り始業よりも早く職場に到着すると、出勤簿に印鑑をおし、自分の机に向かった。

 市役所に入庁して早3ヶ月、まだまだ分からないことだらけの私だが、いくつかの担当業務を割り当てられ、先輩職員にやり方を教わりながら、日々業務に従事していた。

 いつものように朝の課内ミーティングを終え、業務に取り掛かろうとしていたちょうどその時だった。

「大西君。ちょっと。」

「は、はい。」

 私は、芝田課長に呼ばれ、いそいそと課長の机へ向かった。

 課長に呼ばれるのは、入庁して以来数回しかなく、ましてや朝一番に呼ばれるのは、初めての出来事だった。

「君さあ、いつまで新人やってるの?」

「・・・は、はい。」

(え。。。どういうこと。。。)

 絶句するとは、まさにこういうことだった。たしかに、入庁して3ヶ月が経ち、まだまだ分からないことが多く、些細な仕事をするにも一つ一つ先輩に相談しながら取り組んでいた。また、失敗することもたまにあり、係長のフォローでなんとか乗り切ったということも何度かあった。こういった状況に課長は不服なのか。しかし、まだ入庁して3ヶ月なら仕方がないのではないか。

「君の給料は、ご祝儀相場だよ。しっかりしてくれよ。」

「はい。。。」

 私は、やっと腹からひねり出したような小さな返事をして、そそくさと自分の机に戻った。

(・・・なんで?・・・)

 机に戻ったあとも、身体が硬直し、頭は真っ白で数分間は仕事が手につかなかった。そんな私に反して、周りの職員は、いつも通り仕事に取り掛かっていた。

 数分後、私がやっと落ち着きを取り戻し、仕事に取り掛かろうとパソコンの画面に目を向けた時だった。

「えっとー・・・」

 芝田課長の声が聞こえた。私は先ほどの叱責を思い出し、思わずその声にブルっと肩を震わせた。

「山下係長、ちょっと来て。」

「はい。ただいま。」

 課長に呼ばれたのは、私ではなく山下係長だった。

(なんだ、山下係長か。)

 私は、課長に呼ばれたのが自分でなく係長であったことに安心し、ほっと胸をなでおろした。課長と係長の会話に耳を傾けながら、自分の業務に取り掛かった。

「青少年育成大会の教育長あいさつ文は、今どうなってるんだ?」

「現在、作成中でして、明後日には教育長の決裁を受ける予定です。」

「分かった。早めに作成して、一度私に見せてくれ。頼むよ。」

 会話の内容は、係長の業務の進捗を課長が確認するものだった。なんでもない日常の会話だ。しかし、その後も課長の声がする度に、私はビクビクと反応してしまう。

(何かまた怒られるんじゃないか。。)

 私はこの日の出来事をきっかけに、芝田課長へ恐怖心を抱くようになってしまった。



 私は、課長から叱責されたあの一件以来、失敗をしないようにと気を抜けない毎日を送っていた。しかし、仕事というのはいつも完璧にこなせるはずもなく、週に一度は課長から厳しく叱責されていた。

「おれに同じことを二度と言わせるなよ。次やったら承知しないからな。」

 課長からの叱責は、心にグサリと突き刺さるものが多く、私はすっかり自信を喪失していた。仕事の日の朝は、「今日もまた怒られるのではないか」と不安でいっぱいになり、憂鬱な気持ちで出勤するようになっていた。

 そんなある日、社会教育課に一通の文書が送られてきた。その文書には、次のように記されていた。

「社会教育課 子ども会担当者 様

 いつもお世話になります。この度、私たち小山3丁目子ども会は、休会することとしました。いままでありがとうございました。

 小山3丁目子ども会 会長 田中 楓」

 それは、地域の子ども会の会長さんから送られた、子ども会の休会を申し出る文書だった。子ども会とは町内会の子ども版のようなもので、私の市では、150ほど地域毎に存在しており、社会教育課では、私が担当する業務だ。また、子ども会とは、年齢の異なる子どもたちが一緒に活動することで、社会性を養い成長していくことを主な目的とし、一昔前はとても活動が活発だったらしいが、昨今は全国的に衰退化してきており、社会教育課では改善が必要とされる課題の一つとなっていた。そんな中、一つの子ども会から休会を申し出る文書が届いたのである。

(嘘だろ。。。課長になんて報告すればいいんだ。。)

 私は、この文書を課長に報告すれば厳しく叱責されることが分かっていたため、簡単には報告できなかった。しかし、日頃から報連相(業務に関する情報を上司へ報告し、何か変化がある度に連絡、判断がつかない時は相談すること)の大切さを厳しく説かれていたため、報告をしないという選択はあり得なかった。仮に報告しなかったことが発覚した場合、叱責どころではすまないかもしれない。

(何か怒られないよう上手い報告の仕方はないものか・・・)

 課長への報告に踏ん切りがつかないでいると、私宛の電話に対応したり、窓口に来た市民の対応をしたりして、気づいた頃には、文書が届いてからすっかり時間が経ってしまっていた。壁時計に目をやると、お昼の2時頃を指していた。

(あまり報告が遅くなると叱責の材料になってしまう。なるべく早く報告しないと。)

 私は、意を決して課長へ報告することとした。

「失礼します。課長、今お時間よろしいでしょうか。」

「いいぞ。どうした。」

「実は、本日こういった文書が届きまして・・・」

 私は、おもむろに文書を取り出し、課長へ渡した。

 その文書を目にした途端、課長の顔は瞬く間に豹変し、激しい怒りがこみ上げていくのが分かった。

「この文書は、いつ届いたのよ。」

 まさか、課長からの第一声が、文書が届いた時刻の確認とは思わなかった。私は、自分でも血の気がサッと引いたのが分かった。

「実は、、今日の朝届きました。。」

「はっ?!今何時だと思ってんだっ!!担当者の危機感が無いからこんなことになるんだ!!今日中に対策を考えてこい!!お前みたいな職員を¨だらしないダメ職員¨って言うんだよ!」

 私は、頭が真っ白になり、目からじんわりと涙があふれた。

「早く対策を考えてこい!!考えたら報告に来いよ!」

「は、はい。」

 私は一礼すると、ややうつむきながら自分の机に戻っていった。

(やっぱり怒られた。一体どうしろっていうんだよ。)

 絶望的な状況の中、まだ経験の浅い新人の職員が妙案を思いつけるわけもなく、ただただ時間だけが過ぎていった。



「大丈夫か?」

 そう声をかけてきたのは山下係長だ。私と課長のやり取りをそばで聞いていて、ただ事ではないと声をかけてきたのだ。

「実は子ども会からこういった文書が届きまして・・・」

 私は、子ども会から送られた文書の内容や報告が遅れた理由など事の顛末を係長に説明した。

「なるほどな。報告が遅れたのは、まずかったな。ただ、重要なのはこれからどうするかだ。その子ども会の会長さんには電話をかけたのか?」

「いいえ。していないです。」

「そうか。それなら今日の夕方ごろ電話をかけて、休会になった理由を聞いてみよう。それから具体的な対策を考えるよ。」

「わかりました。」

 私は、このことをすぐ課長へ報告し、そのように動く許可をもらった。


 勤務時間終了後、おそらく相手が仕事から帰ったころであろう18時30分ごろに電話をかけてみる。私の対応次第でこの仕事の良し悪しが決まると考えると緊張せざるを得なかった。

(緊張するが、電話をかけてみないことには、なにも事態は好転しない。やるしかないんだ。)

 私は意を決して、子ども会会長の携帯番号をプッシュした。

「プルルルル、プルルルル、プルルルル・・・はい。田中です。」

 3コール後、子ども会会長の田中氏が応答した。若々しい女性の声だが、どこか太々しさのある澄ました声だった。

「こちら、◯◯市教育員会、社会教育課の大西と申します。いつもお世話になります。実は、小山3丁目子ども会の件でお電話だったんですが、今お時間よろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫ですが。。」

 私は、子ども会が休会となった経緯を田中氏から聞き取ることに成功した。その理由は次の通りだった。

 ・子ども会の行事を開いても参加児童が少ない。せっかく行事の案内文書を作って配布しているのにもかかわらず、参加者が少ないので、役員のモチベーションが下がってしまった。

 ・1年間の活動の最後に、次代の会員へ役員を引き継ぐために会合を開いたが、その会合に他の会員がほとんど参加せず、引き継ぎを行うことができなかった。自分がもう1年継続して会長をやる気はなく、周りもやりたがらないため休会とした。

(なるほど。運営していく上で、いろいろな事情があるんだな。たしかに休会にする気持ちも分かる。)

 私は、妙に納得してしまい、電話口で次のように答えた。

「事情は、分かりました。また何かありましたら連絡しますので、今後ともよろしくお願いします。失礼します。」

「分かりましたあ。よろしくお願いしますう。」

 ガチャ。。。私は、受話器を置くと、隣で電話の様子を伺っていた係長へ電話の内容を報告した。

「なるほどな。。。それで?」

「は、、、はい。」

 係長の予想外の反応に私は言葉を詰まらせた。

「お前なあ。事情を聞いただけ?聞いたまんまを俺に伝えて、それじゃあ伝書鳩と一緒だよ?」

「はい。すみません。。。」

「子ども会の担当としてさ、相手の会長さんに、是非活動を続けてほしいって気持ちを伝えないといけないんじゃないの?」

「そうですね。。。すみません。」

「何か他人事なんだよな。。。今日はもういいから明日また電話するぞ。」

「分かりました。。」

(あれ。。。今日は、とりあえず理由を聞くだけじゃなかったけ??。。。おれの判断でそんなことも伝えていいのか??。。。それとも担当者ならそういったことも伝えるのが当たり前なのか??。。。)

 私は、先ほどの電話について、様々なことを思案したが、これ以上考えることは無理であった。それくらい今日は様々なことが起き、精神的に負担の大きい一日だった。

(疲れたし、今日は帰ろう。。。)

 私は、係長と一緒に職場を後にし、薄暗い夜道の中、自宅へ帰っていった。


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