九話 それはいつも一瞬で
サンソン廃墟地帯から南に真っ直ぐ進むと森がある。その森の奥にある崖に、ぽつんと一つ大きな洞窟が空いていた。そこがヘレストイラ洞窟だ。
ヘレストイラ洞窟はそこにしか入り口はなく、上に二層、地下に六層もあるかなり大きな洞窟だ。かなり昔に突然発生した洞窟らしいが、今では探検があらかた終わり、初心者から中級者向けの狩場となっている。といっても地下四層までもぐれば、かなり強い敵なども現れるらしく、そこからは中級者から上級者向けになるらしい。
上の二層には稼ぎになるような物は何もないらしいので基本は地下を目指す。そこで現れる敵は、ケンヤが言っていたグレイアイや血吸いコウモリなど夜目がよくきくやつがほとんどだ。
グレイアイもゴブリンと同じように袋を持っているのだが、そこにたまに宝石が入っていたり、希少な鉱物が入ってたりすることがある。それがかなりの高値で売れる。
一体どこからそんなものを手に入れているのかは未だに分かっていないらしい。洞窟に鉱石はあるにはあるのだが、どれも質が悪くわざわざ金をかけるほどの物ではないということだ。
そして地下に降りる際にはピットホールと呼ばれる穴から飛び降りるということらしい。飛び降りるって、もうちょっと賢い降り方は無かったのかと声を大にして言いたい。
上に戻る際にはそこから梯子が垂らされている。遊撃兵の間で降りる時に梯子を使うと軟弱物呼ばわりされてしまうということだ。なんだそれ。
と、ここまでがケンヤが道中に話していたヘレストイラ洞窟についての説明だ。
「でも、あんまり暗くないんだな……」
中の光景を見て思わず声が出る。洞窟と聞いていたからさぞ暗いのだろうと想像していたが、そんなことはない。
地面は踏みならされて固く、あまりでこぼこしていないし、なぜか洞窟中が薄く光っている。
洞窟の地面? 壁からも発光している。よく見ると苔のような物が生えていた。そこから微かな光が漏れている。
正直言って綺麗だった。といっても心に響くような美しさというわけではなくて、雲一つない青空をみたときに感じる綺麗さのような。違うか。
「これなら明かりは気にせずに進めるね」
リリがきょろきょろと辺りを見回しながら言った。岩剥き出しの壁に味気ない風景。薄く光る壁は綺麗だが、中身自体は貧相とでもいっていいような何も無さだ。
「入り口でグレイアイはあまり出てこないらしいからもっと奥に進もう。なんでも三人組で常に行動してるらしいよ」
ケンヤが先頭を歩きながら言う。ケンヤはこういう豆知識というか、雑学のようなものをよく酒場から仕入れて教えてくれる。
こういう有益な情報も多くあるのだが、何処で使うのか全くわからないような知識も披露してくることがある。そういうときの反応はいつもなんて返せばいいのかわからず、笑顔で誤魔化したりしているのだ。
「へぇ人型なんだな」
「人型じゃないのっているの? いたら嫌だな……」
イリトの呟きにアリナが答える。
「ゴブリンしか相手したことないから、人型以外っていうのはみたこと無いんだよね。いたとしてもどんな形してるんだろ」
リリが不思議そうに小首を傾げた。それに思い当たる節がある俺は、頭の中であの顔を思い浮かべぞっとしながらリリに答えた。
「見たことあるよ。小さいんだけど歯が不揃いで尖ってて、しかも目は空洞の真っ白いやつ」
名前をミラルという。あいつは実際には空洞ではないのだけれど、初見の人間からすれば空洞に見えてしまうという恐ろしい動物なのだ。
リリがぶるっと肩を震わせ目を細めながらこちらを見た。
「やめてよツヅリくん……。想像したら怖くなったじゃん」
「俺は目覚めた時にそいつに襲われて殺されかけた」
「えぇ……」
本当に言ってるの? という視線だ。
「もちろん!」
「そんなに元気よく答えることじゃないと思うんだけど……。まあ生きているなら何でもありね!」
ぐっと親指をつきだしてくるリリ。俺もぐっと親指をつきだして返事する。
「あれ、グレイアイじゃね? 三人組だぞ」
ピリッと空気が張りつめた感じがした。イリトが指差した方向には、二本が重なって対となった刃物のようなものを持っている三人組がいた。黒いフードを被っていて顔は見えない。三人組は付かず離れずの距離で、黒い外套をずずっと引きずるように歩いていた。身長は俺よりも低い。リリよりもすこし高いくらいかな?
さらには何をするでもなく、うろうろと同じ場所を歩き回っている。
「……だろうね。周りに他のグレイアイはいなさそうだからチャンスだと思うんだけど。どうかな?」
ケンヤが皆の目を順々に見る。俺は頷いた。イリトは笑顔が浮かんでいる。やる気満々らしい。
「よし。相手はまだこっちに気づいてない。まずは俺が手前のあいつを倒す。イリトはその右にいるあいつ。ツヅリはテーザーで動きを止めてからアリナと二人で確実に左の仕留めてくれ。リリは後方待機。他にグレイアイがこないか見張るのと、俺達の誰かが怪我したらすぐ直せるように準備しておいてほしい」
グレイアイがいるところからここまで、少しなめらかな曲線になっていてグレイアイはその曲線の先にいる。俺達は少し戻れば相手からの死角になって見えないのだろうが、先に進むにはこのまま真っ直ぐ進むしか道はない。
ゴブリンの時みたいに奇襲をしたいが、この状況だと厳しい。だから正面突破をする。
相手の行動を理解できるいい機会だ。
三、二、一とケンヤが声を出さずに指をおって数えるとグレイアイを指差して駆け出した。
装備的に軽いイリトがケンヤに並び、手前のグレイアイをスルーして右のグレイアイに襲いかかる。
グレイアイは手に持っていたハサミのような武器でがつんと受け止めると、
「ギィィィァァァァアアアア!」
という叫び声を上げた。おぞましい。思わず顔をしかめて、耳をふさいでしまいそうな声だ。
あ、駄目だ。動きを止めたら。
イリトがびくりと止まってしまった。グレイアイは剣をはじきハサミがイリトの横腹をかすった。
「がぁぁっ! いってぇ……くそっ!」
イリトがどうにか体勢を建て直し剣を横に振るった。すると後ろにグレイアイはさがり、イリトが追撃するように前にでた。
「リリ! イリトを治してくれ!」
ケンヤが正面のグレイアイと鍔ぜり合いをしながら言った。ケンヤは、初めて剣以外の得物を相手しているからなのか、どうも攻めきれないようだ。でもケンヤの方が力は強いはず。体格差が違う。
「うん!」
とリリが叫びばっと飛び出した。ちょ、待てって。誰がリリを守ると思ってるんだ。
三匹目に狙いをつけていた俺は、リリが飛び出してきたのを横目に見ながら一瞬グレイアイを見失ってしまった。
そしてリリは俺を抜き去り、防戦一方なイリトの元へと向かう。その時、リリの横から俺が見逃してしまったグレイアイが飛び出してきた。
「リリ!」
「せぇあ!」
間一髪、だ。俺の横にいたアリナがリリの後を追ってくれていた。よかった。どうにかアリナが弾いてくれた。
「リリ! 動き回ってるイリトはどうせ治せない! 先にこいつを倒すから下がっていてくれ!」
リリに叫ぶ。リリが習得している光の奇跡は動きを止めている対象者にのみ適用される。だから防戦一方とはいえ動き回っているイリトに治療を施すことはできない。
リリがその言葉を聞いてこちらへと振り返った。だがその時にはもうすでにイリトの近くにいて、ぶつかりそうになった。
「おまっ、なんで来た! はやく下がれ!」
イリトがどれも間一髪というような避け方ばかりしているが、それでもどうにか防いでいる。リリとぶつかりかけて、また体勢を崩しそうになってしまったが持ち直す。
リリは即座にその判断に従って後ろへと下がった。が、まだしつこく最後のグレイアイが、リリに襲いかかろうとハサミを振り上げた。
「しつこい……んだよ!」
溜めていたテーザーをグレイアイに向けて発射する。飛び出したワイヤーは、見事にグレイアイの胸の下くらいに外套を突き破って、地面に倒れ込んだ。
グギギギと痙攣しながら地面に倒れ込むグレイアイに、アリナがナイフを突き刺した。俺も右手で小刀を抜き、グレイアイに近付いた。
ケンヤは確実に一匹は抑えてくれる。横目で見るとガンガンと剣を振り回しグレイアイを追い詰めていた。
イリトはどうだろう。未だに防戦一方でなんとかしのいでいるが、息絶え絶えで次の瞬間にはあの凶悪なハサミでばっさりやられてしまいそうだ。だが紙一重くらいで避けきっている。すごい。
グレイアイもそんなイリトにいらついているのかギィシャアアア! とか叫びながらハサミを振り回す。イリトも、うおっ! とか危ねっ! とか言いながら剣ではじき、跳んで避けたりしていた。俺達から距離を取ってくれているようだ。少しずつ離れていく。
ああ駄目だ。まずは自分の敵を倒さなければ。グレイアイを見下ろす。そして小刀をいまだ痙攣中のグレイアイの頭部分に突き刺そうとして一瞬ためらった。アリナも顔面蒼白ながらナイフを振り回し突き刺している。
だってグレイアイは、さながらしわくちゃの老婆のような顔で目がくぼんでいて、無い。ミラルは無いように見えてあったわけだけどグレイアイは本当にない。そんな老婆が歯のない口からギィィィィと叫びながら痙攣している様子は、本当に、気分が悪くなる。
「アリナ……! はやく、はやく!」
言葉が出てこない。それでもやるしかない。とりあえず手が震えているアリナに声をかけながら、自分でもグレイアイに小刀を突き刺した。かすっという嫌な感触を味いながら再び胸に突きさす。
テーザーは未だにボタンを押したままだ。そしてもう一度喉に小刀を突き刺した。
ギィィィィ……と言って口から血を噴き出してグレイアイは事切れた。
よし、やった!
「はやく、イリトを……!」
刺さった刃を抜いて糸を戻しながら後ろを振り返る。違和感。なんだ、これは。
なぜ皆俺に注目しているんだ? 先程までイリトを追い詰めていたグレイアイが、だらりと腕を下げ、頭だけこちらに向けて俺を見つめている。
なぜかイリトもこちらを見つめていた。
ケンヤはあと少しでグレイアイを倒せそう、といったところだったはずだ。なんで攻撃を止めてこっちを見てるんだ? グレイアイも、頭だけこちらに向けて俺をじっと見つめている。
「なあケンヤ、イリ」
「アギャアアアアアアグィィィィィィィ!!!!」
頭をつんざきそうな声でグレイアイが叫ぶ。イリトと戦っていたグレイアイと、ケンヤと戦っていたはずのグレイアイが、叫ぶ。
頭が割れそうになるくらいに高音で、イリトが耳を抑えて倒れ込みケンヤも剣を落としてしまった。
俺も耳を抑えて地面に膝をついてしまう。片目を開ける。半目、だ。リリはどこだ。いまだに叫んでいるグレイアイは何をするでもなく叫んでいるだけだ。まだ距離はあるせいか、ものすごく頭が痛いくらいで済んでいる。耳が破けそうな。ああ、痛いなちくしょう。
――止んだ?
「リリ! リリ……」
顔をしかめ、片目をつむりながらのろのろと立ち上がる。大丈夫だ。立てる。俺は。
ちらりと後ろを振り返りアリナが倒れていることに気付いた。
「アリナ、大丈夫か……!?」
「う、あぁ……」
生きている。生きているなら、大丈夫だ。多分あの攻撃は俺達の動きをとめるためのもので、それなら命に別状はない。最悪耳がやられたとしてもリリに治してもらえば。
……動きをとめるため? 動きをとめるためって。例えば自分が敵の動きをとめるとして、それはなんでかっていうと。
リリを見つけた。リリはどうやらあの叫び声にあまり影響を受けなかったみたいだ。それでもよろよろとふらつきながらも、どうにかイリトを治そうと腹に手を当てていた。イリトはまだ倒れていて、血だまりができていた。そうだ。まだお腹の傷は治してもらってないはずだ。
だからリリはそれを治そうとして、杖を地面につきながらよろよろと歩いて。イリトに辿り着いて、治そうとして。そして、イリトが相手していたグレイアイが。
「えっ、あっ」
ぐさりと胸にハサミが突き刺さる。リリは自分の胸から突きだしたそのハサミとグレイアイを交互に見ながら驚愕した様子でグレイアイを見つめた。目が見開かれていた。
「い……や、あたし、まだ、あっ」
ぐりぐりと念を押すかのようにハサミを動かすグレイアイ。
気付けばそのグレイアイの真横に俺は到着していた。いつの間に。そんなのどうでもいい。
「うぁぁぁぁぁぁ!!!」
テーザーをグレイアイに押し付ける。テーザーには射出して痙攣させる方法ともう一つ。相手にテーザーを押し付けてそこから痙攣させる方法がある。射出する時とは逆の部分をグレイアイの頭に押し付ける。
グレイアイは痙攣した。俺は小刀でグレイアイの頭をえぐった。腕をえぐった。胸をえぐった。頭を切り落としリリに触れないように胴体を蹴飛ばした。
バランスを失って倒れそうになるリリを抱き抱える。
リリの顔からは血の気が失われていて、顔面蒼白で、今にも死んでしまいそうで、なぜか俺をみながら笑みを浮かべていた。リリが腕をみる。ピクピクと動くだけで上がる気配が見えない。
そしてリリは俺の顔を見てぼそぼそと、耳をすまなさないと聞こえないような声で呟く。
「ツヅリくん……ごめ、ん。ごめんね。イリト、を誰も治せずで、あたしまだ」
「リ、リリ。リリ! 大丈夫だって、喋るな。多分そうしないほうがいいんだ! イリトは元気だからさ! だからさ……!」
リリを抱き抱えながらそんな言葉をかけていると、いつの間にかイリトが目の前に立っていて俺の頭に剣をくりだした。
そして背後からギィィアア! という叫び声があがる。
ケンヤが相手していたグレイアイがいつの間にか俺の背後に立っていた。気付かなかった。
……え、ケンヤは? なんで、ケンヤが相手していたはずなのに。
「ツヅリ……! リリを担げ! 逃げるぞ! アリナ、立てるだろ! ケンヤは……、俺が!」
イリトが、後ろにのけぞったグレイアイに馬乗りになってぼこぼこに殴る。殴る。
グレイアイが動かなくなったあとにイリトが剣を逆手にもって胸に突き刺した。
「よし! ツヅリ、走るぞ!」
ケンヤは、倒れていた。血だまりのなかで。頭からの出血らしい。ピクリとも動かない。嘘だろ。ケンヤはだって俺達の中で一番力が強くて、いつも前に出て敵を引き受けてくれて、優しくて強くて。
「ツヅリ!」
イリトが叫んだ。ケンヤを背負おうとしているが、ケンヤは鎧を着込んでいるのでかなりの重さのはずだ。
それでもなんとか背負おうとして、半ばひきずりながら俺の前を走っていた。
アリナは呆然としていて立ち尽くしている。
「アリナ、はやく、リリを、ケンヤを、助けないと」
言葉がつっかえてしまった。アリナははっとしたように走りだしたが、俺以上によろよろでとても見れたものじゃない。
俺はリリに刺さってるハサミを抜こうかどうか迷った後に抜いた。血がすごい勢いで出てきて、泣きながらリリを運んだ。おんぶをした。なにか巻くものはないかと自分の服を破ってみたけど、胴体に巻くにはとても足りない。
今までにリリを抱っこしたことはなかったけど、多分こんなに軽いはずはないんだ。
リリは返事をしない。ゆすっても引きずっても返事をしない。
人形のように力なく俺の背中にもたれかかっている。
光が見えた。あまり奥まで来ていないはずだからそれはそうだ。俺はイリトの後を追って歩いていた。アリナは前でイリトと一緒にケンヤを押しながら歩いていた。
ケンヤもリリと同じように動かない。ぐったりとイリトの背中に全身を預けている。
洞窟からでるとイリトはそのまま先へと進んだ。そして森にはいって一際大きな木の影にくると立ち止まった。
「……リリは」
随分と青ざめた顔をしながらイリトは俺に聞いた。
俺は後ろを振り向いて、イリトよりもさらに血の気のない顔をしたリリを見た。
「まだ、眠ってるぽい」
「……そうか。……じゃあエンフォートレスまで戻る。聖職者が集う館があるはずだからそこでケンヤとリリを治してもらう」
アリナは何も言わなかった。ぼろぼろと涙をこぼしながらも何も話さずに、歩きだしたイリトを追っていった。背中におぶさったケンヤを押しながら。
俺はリリを背負い直した。リリがバランスをとってくれないから歩く度に横にずれて一々修正しなければならない。
結局二時間ほどかかった気がした。ゴブリンとかに会わないようにといつもより慎重に帰ってきたから。早く帰りたかったのに、これは、しょうがない。
いつもの門に戻ると、門番がなにかを叫びながら近寄ってきて俺からリリを奪いとろうとした。
俺も何かを叫びながら、確か絶対に渡さないぞ、とかそんな言葉を叫んだ。諦めたのか俺についてこいといって先頭を歩き始めた。イリトとアリナもそれについていくものだから、俺も同じくついていく。五人ちゃんといた。そうだ、当たり前だ。
しばらく歩いていると屋根が三角に、鋭く尖った大きな建物が見えてきて門番がそこに入っていく。中からリリの服をさらに豪華にしたような、白の服をきた三十代前半くらいのおじさんが出てきた。おじさんというには貫禄があって爺さんという感じだ。門番となにやら話した後、俺達を一瞥して、
「入れ。未熟者どもめ」
そう一言だけ言って館へと戻っていく。なんだよ、とかキレそうになりながら、でも治してくれるんだろうから仕方がなく後を追う。
中には長椅子が横に二列、縦に十列ほど並べられていて、その先には祭壇のような物が置かれてある。
爺さんは顎で長椅子の一つをさす。そこにリリを寝かせた。リリは顔が真っ青で冷たくて、だらりと腕が地面に向かってぶら下がっている。
爺さんはリリを一瞥した後眉間に指を当て目をつむり、ケンヤの様子を見る。
「ちょ、ちょっと。待ってくれ。くださいよ。リリを、治してくれるんじゃ」
ケンヤの頬をぺたぺたと触っていた爺さんは俺を一瞥すると、
「この世界に死者を蘇生させる方法はない」
そう一言言うと、ケンヤに向いて再び眉間に指を当てた。
イリトはゆらりと一歩を踏み出して爺さんの肩に手を置いた。顔をしかめながらその手を見、爺さんはイリトに顔を向けた。
「おい……おい! どういうことだよ! リリは、ケンヤは!? あんたは司教様なんだろ!? だったら!」
「不可能だ。いくら司教といえど死者を蘇らせることは誰にもできぬ。愚かなことよ。自らの力量をわきまえず死にに行くとは」
ぶちっと何かがきれた。そのままこの爺さんに殴りかかろうとした時に、慈しむような悔やんでいるような横顔が見えてしまった。
なんで、あんたがそんな顔すんだよ。
アリナは長椅子の上で膝を抱えてリリを見つめ、イリトは力が抜けたかのように乱暴に音をたてて座り込んだ。
「この者達の葬儀はいかにする。基本は火葬だが」
おじさんが立ち上がり俺達を見下ろした。おじさんのくせにでかい。ケンヤよりも一回り大きく見える。
俺は立ち尽くしたまま爺さんを見上げた。
「……それは、どういう」
「無論、火葬だ。エンフォートレスは土地が無いゆえ火葬をする。掘り起こされる心配も無い」
また何かが込み上げてきて殴りかかろうとして、やめた。俺はそのまま地面に座り込んで力なく声をあげた。
「……じゃあ火葬で、いいです」
「よかろう。火葬の料金は十五シルバーだ。だが火葬場はもう開いていない。また明日の朝に行け。飯は用意してやろう。他のものが来たならばダン司祭の許可を得ていると言えば下がる」
ダン司祭というのはこの爺さんのことか。ダン司祭がそのままどこかへいくと、館の中は嫌になるほどの静けさで覆われた。
いつもは元気なアリナがピクリとも動かないでリリを見ている。イリトもはぁ、とため息をつきながら頭を項垂れていた。
ケンヤも長椅子に寝かされて、動かない。リリも動かない。
そのまま俺達は一言も発することなく朝を迎えた。