八話 曇り空
二日目。昨日から一夜過ぎ、街の鐘がなる。皆で朝ごはんを食べ、あの立派な門が集合場所だ。
鐘はいつも決まった時間で鳴らされていて、一日に三回鳴らされる。ケンヤが言うには朝の六時と昼の十二時、そして夕方の六時らしい。
皆が集まったことをケンヤが確認すると、今日もまたサンソン廃墟地帯へと向かう。
道中はアリナが酒場で話していた続きを話して暇を潰していた。
内容はゴブリンのかっこよさ談義だ。昨日のゴブリンは二十六かっこいいらしい。ちなみに今まで出会った最高は三十九かっこいいのゴブリンだという。最大が百なのか五十なのか、よくわからないところに闇を感じる。
全くかっこよさがわからないが、かなり盛り上がっていたのでこうも足繁く通っていればゴブリンの顔つきの違いも見分けれるようになるのか。なんというか、とても嬉しくない。
そうこうしている内に廃墟地帯へとついた。基本ゴブリン達もパーティーを組んでいて武器をもっていることが多いらしい。
俺達が戦うのはゴブリンが四体以下で組んでいる時だけで、五体と戦うとなると持っている武器などで判断する。理由は単純に危険だから。リリはもちろんのことアリナも真っ向から戦える訳ではないので四体か限度なのだ。
今日は幸先がいいのかどうか、二体で歩いているゴブリンがいた。一体は片手剣で、もう一体は手斧持ちだ。
ケンヤが皆に視線を送っていくかどうかを確認する。皆が首を縦にふった。なら決行だ。
奴らは元々道だったところをキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。警戒しているようだ。
俺達はゴブリンの進行方向にいるので、見つかるのは時間の問題だろう。
今は廃墟の影や茂みの中へと身を隠しているが、武器が届く距離にまで気付かずに来てくれるのか。もし見つかってしまったのならそこで飛び出し襲いかかる手筈となっている。
まるで野盗のようではあるが、生活のためだ。
奴らはこちらへ向かってきているのでもう少し、気付かれるギリギリまで来い。あ、ばれた。
ばっとイリトが廃墟から飛び出し片手剣持ちに襲いかかる。面食らったようで一瞬動きが止まったが、すぐにイリトの剣を受け止めた。とはいっても背中が後ろへと反っているのでこのまま力押しでいけば倒せそうだ。
手斧持ちが助けに入ろうとしたところを同じく廃墟から飛び出したケンヤが斬りつけて妨害する。
俺とアリナとリリはそのゴブリン達を取り囲んで逃がさないようにしてちょっかいを出す。俺はリリの横に立ち、アリナはその反対側でナイフを構えて動向を見張っていた。
イリトがうぉぉ! と言って片手剣を上に弾いて喉元へと突きを放つ。ぐぎぃ、とゴブリンがよろめき、さらに容赦なく突きを繰り出す。片手剣がばったりと倒れイリトがとどめの一撃をゴブリンの胸に突き刺すとぴくりとも動かなくなった。
それを見た手斧がケンヤの剣を弾き返し姿勢を低くしてアリナの方へと突進した。逃げ出すつもりだ。
でも今度のアリナは驚いたりなんてしなかった。ゴブリンが振り回す手斧をナイフで弾く。弾くといっても当たらないように攻撃を逸らしているだけなのだが、アリナはそれを見事にやってみせている。
盗賊になるとああいう技を伝授してもらえるのか。
でも攻撃に転じることはできないようで防戦一方だ。
そこで俺がテーザーで手斧へと狙いを定める。手斧は完全にアリナに夢中で、俺のことなんて気にしてもいない。
胴体へと狙いをつけて発射する。
「ギィィッ!?」
痙攣した隙にアリナがナイフを縦に斬りつけ、胸のところに押し込むように刺し込んだ。
そしてばっと離れると横からきたケンヤが手斧の背中に縦に剣を振り下ろすと同時にゴブリンは前へと倒れこむ。
ゴブリンが動かなくなったのを確認するとアリナがぺたんと座り込んだ。
「よしっ! いい連携だった。アリナも頑張ったじゃないか」
ケンヤが言うと、アリナがあははと笑って、
「でもツヅリのおかげだよ。私、攻撃に転じれなかったし」
「アリナは盗賊で真っ向でのきりあいに向いてないんだからしょうがないよ。ツヅリもいい助けを出してくれた」
ケンヤがこちらへと向いて微笑んだ。こうやってケンヤはいつも褒めてくれる。何気にこういうのが次も頑張ろうと思わせてくれるのだ。
「ありがとう! ケンヤに比べればまだまだなんだけどな」
「おい、俺は?」
イリトが倒したゴブリンから戦利品をもぎとって戻ってきた。手には動物の牙とシルバーが握られている。
「イリトが一匹倒してくれたおかげで難なく倒せた。今回はイリトが一番の功労者だね」
「まあな。知ってる。俺は一番だからな!」
はっはっはとイリトが高笑いをした
「皆怪我はない? アリナは大丈夫?」
リリがアリナへと走りより腕や顔を覗きこんだ。それにアリナが笑顔で手をひらひらと振る。
「大丈夫だよ。全然!」
アリナが腕をまくり笑いかけ、リリも笑い返す。
「じゃあ次へ行こう。稼がないとね」
「今日はなんだか調子がいい! はやく次のやつらを見つけようぜ!」
イリトが剣をぶんぶんと振り回しながら辺りを見回している。
「そうだね。今日は南の方へ行ってみよう。あそこはまだ探索していないから」
「新しいところってわくわくするよね!」
リリが嬉しそうに言った。
こうやって二日目は過ぎていった。この後はゴブリンの五人組や六人組などの集団にでくわして、イリトがイライラしていたけど運悪く一人でいたゴブリンがイリトの餌食になった。
皆はあまり気にしていなかったようだし、倒されるゴブリンも一人でいたのが運の尽きだ。同情はするが悪いとは思わない。
そんな一日は順調と言えるほどにも過ぎていって、日が暮れかけ、エンフォートレスに戻るころにはかなりの収穫があった。
こういった収穫物は街の市場に売りにいく。状態がよかったり珍しい物だったりすると高値で売れるし粗悪だったりすると安くなってしまう。
買い取ってくれる店にも種類があって、例えばゴブリンがもっていた牙。ああいうのは装飾品やお守りに使われるのでそういうものを取り扱う店にいって売らなければならない。
だから結構めんどくさかったりするのだ。ちなみに相場は勘と経験。そして他の遊撃兵からの情報で決める。
だから最も初心者が狩りやすく多く存在するゴブリンが持っているものは買い取り値段が存在するといってもいい。
基本は時価だがそう大きく変動もしないのだ。
市場を這いずり回って今日の戦利品をお金に換えると四十八シルバー七十二カパーになった。これを五人分に分けると九シルバー七十二カパー。余りの三カパーはケンヤが一時預かって次の分け前に足すらしい。
「めっちゃくちゃ重いな……」
分け前の七十二カパーがずっしりと手に深く沈みこんでくる。そう表現したくなるくらいには重い。
「金貸し所はあるよ。今度紹介してあげる。手数料としていくらか取られちゃうけどね。今日はせっかく市場にいるんだし、ここで夜食をとろう!」
ケンヤが腕を上げ元気よく叫んだ。
周りの人達の視線が痛い。往来で叫ばないでほしい。
周りの視線に気付いたのか少し顔を赤らめながらケンヤは小声で言った。
「すごい美味しい……というか懐かしい味がする場所があるんだ。ツヅリも一緒に行こう!」
「い、いいけど何処にあるんだ?」
「そう遠くはないよ! ああ、久しぶりに食べたくなったなぁ……」
じゅるりとケンヤが唾を飲み込んだ。
「でたよ……。それ三日前に食べたばっかじゃん。私達酒場かそこでしかご飯食べてないでしょ! 今日は違うとこで食べたい!」
アリナがぷんすかと怒りながらケンヤに詰め寄った。リリもうんうんと激しく頷いて髪が大変なことになっている。
ケンヤが苦笑いしながらイリトと俺へと視線を送る。
イリトは肩を上げ我関せず状態だ。
俺は正直どちらでもいい。だから適当に頷くと、ケンヤの目がキラリと光った。ような気がした。
「ツヅリも行きたいっていってるし、今日はそこにしよう!」
違う。そうじゃない。そう反論しようとするとアリナがえぇーと言った。
「じゃあ私達は違うところで食べてくる。リリ行こ」
「わかった! ごめんね。色んな所のを食べてみたいというか……。遊撃兵の友達に美味しいところあるって聞いてそこに行きたいというか……」
ぼそぼそと呟いたつもりなのだろうが、しっかりとケンヤの耳に入ったようだ。ケンヤは口をあんぐりと開け、微動だにしなくなった。
そこまでの衝撃あった?
「じゃあね! そういうことで!」
と、リリとアリナは二人ささーっと市場の闇へと消えていった。
未だに動かないケンヤの肩をぽんぽんとイリトが叩く。
「気にするな……。あいつらの旅立ちの時ってことだよ……」
「イリト……。そう、そうだよな。いつまでも仲間じゃいられないって時もある。これからも俺達はこうやって意見が反発したとしても許容しなきゃいけないんだ」
ケンヤは涙をぬぐい、空を見上げた。
イリトはケンヤの肩に手を回した。
二人はこちらへと視線を向けた。
…………。
……俺はイリトとは逆に回り同じくケンヤの肩に手を回した。
三人で頷きあう。
「これからの俺達の友情に……!」
「乾杯……!」
「か、乾杯……。いや乾杯って俺達ジョッキ持ってないじゃん……」
俺達は暗い空に向けて己の手を掲げ夜の街を行軍する。
星空のように輝く店の光が集まってまるで川のようだ。俺達は人の流れに任されて運ばれていく。
辿り着いた先にはネルトと書かれた暖簾があった。それをくぐると半透明の汁に浸された数々のおかずがある。
ポロポロ鳥のやけにでかい卵や、ゾールの肉は美味しい上に安くて何個も頼んでしまった。
その店には酒も置いてあったから三人で飲みまくって盛大にばか笑いをしながら語り合った。
そしてよろよろとおぼつかない足取りでどうにか宿へと戻るとろくに着替えもせずにベッドへと倒れ込む。
三人で笑いあったこの夜のことは忘れないだろう。
泥水のように眠り込んだ俺は最後そう思いながら意識を閉じた。
「それで? 遅刻してくるってどういうこと?」
リリが腕を組み仁王立ちで俺達の前に立っていた。
リリが怒っている理由は、今日も同じく門で集合するはずだったのに三人とも寝過ごしてしまったからだ。
昨日のことははっきりいって何も覚えていないが、頭がむやみやたらに痛い。ガンガンする。
しかし絶賛正座中反省中の俺達は迂闊に頭もあげられない。ただ静かに聞くだけだ。
「本当にごめんなさい!」
ケンヤがさらに手をついて謝った。そ、それはまさか謝罪の最高と言われている土下座……!
俺とイリトは呆気にとられ、さらにはリリまでもが固まってしまった。
追撃するなら今ここしかない。鈍った判断力でもこれが最善だということは分かる。彼女の怒りの矛先をおさめるにはただひたすらに謝るのみだ!
「すいませんでした!」
地に頭をこすりつけたケンヤの横で同じく頭をこすりつける。ちらりと横目でケンヤを見ると目を閉じていた。
お、お前まさか寝て……!?
「すまんかった!」
イリトの頭がごんっと音をたてて地面にぶつかった。ケンヤはびくりと動いて目を開ける。
眠っていたことがばれたらさらにどんなお叱りを受けるか想像にかたくない。
はぁ、とため息が頭上から聞こえてくる。
「次やったら許してあげないんだから」
リリのお許しの言葉が降りかかってきた。
嬉しさに湧く胸を抑え頭を上げると、そこにはゴブリンなんかよりももっと恐ろしい生き物がたおやかな笑みを浮かべ、指をパキポキと言わせながら佇んでいた。
「じゃあ次は私の番ね。あんた達いい度胸してるわね……」
「ヒイッ」
誰の声なのか。ケンヤかイリトか、もしかすると俺だったのかもしれない。情けないことに悲鳴をあげてしまった俺達はお仕置きという名の暴力をアリナに一身に浴びせられてしまったのだ。
その日の俺達は精彩を欠けるといってもいいほどに不調だった。いつもなら難なく倒せるゴブリンも取り逃がしてしまうことが多くなったし、昼休憩の時にもなんだか空気が悪くて皆ろくに口を開かなかった。
昼を過ぎて三人組のゴブリンと遭遇し、一匹を逃がしてしまったあとケンヤがため息をついて今日はこれで終わろう、と言った。
誰も反対するものはいなくて今日はそれでお開きとなった。
「じゃあ、戻ろうか」
ケンヤが疲れた笑いを浮かべながら宿へと戻っていく。皆同じ宿に泊まっているので帰り道は同じだ。
女子二人はしばらく俺達を見つめていた。
「どうしたんだ?」
ケンヤが不思議そうに尋ねるとアリナが答えた。
「昨日新しい遊撃兵の人と友達になって、また一緒に飲もうって誘われたの。だから、私達は今日はこっち。じゃあね」
「ああ? まさか、男……」
イリトが訝しげな視線をアリナとリリに送るとリリがやけに慌てた様子で手を横にふった。
「ち、違う違う! 女の人! 女子会? っていうのに昨日ちょうど出くわして、そこで仲良くなったの。だから本当に男の子とかいないから! 本当だから!」
「えー、本当かよ?」
「本当! あ、そろそろ行かないと遅れちゃうから、また明日!」
じゃあね、と言って歩きながら手を振るリリとアリナに手を振り返す。残された男三人は何とも言えない空気になって、宿に戻った。
ろくにご飯も食べずにベッドに横たわる。なぜか夜になっても会話は少なくてそのまま今日は眠ってしまった。
「今日はちょっと遠出しようかと思う! どうかな?」
俺達は遅刻することなくいつもの場所に集合していた。
そこでケンヤは元気よく、というより無理に声を張り上げて元気よく聞こえるように言った。
リリが小首を傾げながら質問する。
「遠出って、どこに?」
リリへと向いてうんと頷くケンヤ。
「最近はここらのゴブリンを狩ってまわる生活だったろ。ゴブリンは収入が少ないし、ツヅリも慣れてきた。なので今日は少し遠出して、ゴブリン達とはまた違うやつを狩りに行くことにした。酒場でいいところがあるって教えてもらったんだ。どうかな?」
いつの間に酒場に行ってたのだろう。そういえば昨日の夜誰かが出て行っていた気がした。あれはケンヤだったのか。
ケンヤが皆を見回す。イリトが頷くと、リリがアリナを見る。アリナもリリを見返して迷ったように視線をさまよわせると首を縦にふった。それに続いてリリも。俺は別にどこでもいいとは思うので頷いておいた。
イリトが口を開いた。
「それでゴブリンとは違うやつって? どこにいくんだ」
満足そうにケンヤが頷くと微笑を浮かべながらこう言った。
「場所はヘレストイラ洞窟。目的は怪物グレイアイだ」