五話 放浪と遊撃
街を歩きながら、大きなため息をつく。
あの後恐る恐るガノートに話しかけたら、「自分の力で情報は調べる物です! そうじゃなきゃ遊撃兵なんてやってられませんよ!」と言われて追い出されてしまった。
それではしょうがないからアルドに、とも思ったが気付けば事務所からは消え、外にもいなくなっていた。色々と言いたいことがあるのに。例えばなんで説明しなかったんだ、とか。
だがそんなことをぼやいていてもしょうがない。とりあえず、俺はこの国、ギリリアンで生きていくと決めたのだ。
今持っているものはつい先ほど渡された金と、この番号が書かれた何の動物のものかわからない革。以上だ。
「これって実はかなり危険な状態なんじゃ……。もうそろそろ日が暮れてきたし」
一人言を呟きながら空を見上げる。この街に到着した時は真上にあった陽が今では彼方の山へと隠れようとしている。おかげで反対側からは夜の帳が迫ってきていた。
「とりあえずは泊まれる場所を探すべきか。金はあるから大丈夫だろ。うわ、一人ってすごい不安だな」
恐らく事務所に戻っても自分で探してこいと追い出されるに違いない。
というかアルドを探して色々とうろついてしまったから、自分がどこにいるのかもわからない。周囲の建物にはぽつぽつと灯りがついてきたが人通りは少なく、多分居住地なのだろう。何も看板が掲げられていない建物が立ち並んでいた。
看板が掲げられているところが店なのか。何もわからない。不安だ。恐ろしい。怖い。なんで俺はこんなところで一人いるんだ? 一体俺は、どうしたらいいんだ。
「はぁぁぁ。ふうううう。はぁぁぁぁぁ。ふうううう。よし、大丈夫だ。怖くない。怖くない。怖くない……」
「あの、すみません」
「っぎゃああああああ!!?」
「きゃー!!」
思わず後ずさる。それは相手も同じだったようで、少し怯えた目をこちらに向けていた。
俺は慌てて相手に向き直す。初めて話せそうな人と出会えた。
「あ、えーと、その。ごめん。いきなり大声出しちゃって。一人で心細くてさ、不安になってたっていうか。あ、俺ツヅリ。君は?」
「え? あ、はい。リ、リリです」
暗くて顔は良く見えないが自分よりも身長は低い。服も白衣に身を包んで杖のようなものを持っている。
警戒が少しは解けてきたのか、徐々に俺に近づいてきて見上げるように顔を向けた。
小さい、と感じた。大きな目にあまり主張してこない鼻と口。髪の毛は肩くらいまでで、手に持った杖を力強く抱きしめている。
「その何か用、かな?」
俺を見たまま喋らないのでこちらから話しかける。慌てて俺から距離をとると、顔をうつむけながらぼそぼそとリリが喋り始めた。
「その、ずっと一人でうろうろしてたから何をしてるのかなぁ……って。もしかして放浪者なのかなぁ……って思って」
リリが聞き捨てならない言葉を発した。
「ほ、放浪者を知ってるのか!? そ、そうだよ! 俺、放浪者! えっと、いきなりこんなところに放り出されて俺なにすればいいかわかんなくて!」
「わ、わかりましたからあんまり近付かないで……」
「あ、ごめん」
素直に反省して二歩ほど後ろに引く。対して相手も四歩ほど距離をとったようで、話すには少し遠い気がしないでもない。
「えっと、放浪者、なんですよね? じゃあ事務所には?」
「今さっき。今日行ってきた」
「そんな、最近?」
驚いたように目を見開く。といってもかなり見えにくいのでなんとなく、そんな動きをしたんじゃないかなという予想だが。
「うん。事務所にまで連れていってもらった人はいるんだけど。人っていうかドワーフ? でもいなくなってて。気付けば遊撃部隊に入らされてて」
「あ、私も同じ」
「え、まじ? だよね。あいつらひどいよね。俺ほとんど脅迫されちゃったよ」
クスリとリリが笑う。俺もそれにあわせて笑うとリリが心なしか近づいてきた気がした。
「私は脅迫されなかったけど、一緒にいた子がなんかやんちゃな子で。ガノートさん? に驚いてたなあ」
「あの人天然っぽいけど実は腹黒だよね」
「あ、私も、それ思った」
そして二人で笑いあう。そういえば、彼女は一体なぜ俺に声をかけてきたのか。確かにうろついていて不審者ぽかったけど。
もしかして通報とかされた? いや、それなら彼女じゃなくてこう街の自警団みたいなのが来るよな。俺は何もしてないけど。
「あの」
と、リリが意を決したように声をかけてきた。
「私についてきませんか? 一人で不安だっていうんなら、仲間とかいないんですよね?」
確かに仲間はいない。でも知らない人についていったらダメだよってばあちゃんが言ってた! ……あれ? ばあちゃんって、誰だっけ。思いだそうとしたが、どうでもいいことだと思い直す。
「いない、けど。どこに?」
「酒場です。私達みたいな遊撃兵になった人達がよくあつまる場所で。グリーティの愉快な仲間達っていう名前の酒場なんですけど」
木でできた扉を押して中に入る。外に漏れていたほどに大きな笑い声や叫び声。ときには怒声が入り交じった店内は先ほどまでの静けさとは全くの無縁であるかのように賑わっていた。
リリに案内されるがままに店内を通り、テーブルの一つにたどり着いた。そこには男が二人女が一人座っていて、俺のことを無遠慮にじろじろと見つめてきた。
「どうも。ツヅリって言います」
まずは自己紹介だ。警戒心をとくには自分のことを知ってもらうべきであるから。というか自分から話し出さないと、この気まずい空気から抜け出せそうにもなかったから、というのもある。
「初めまして。ケンヤです」
若干天パっぽい優男風の男が微笑しながら、挨拶を返してくる。
それにつられるように、横に座っていた目付きの悪いツンツンとした髪型の男も挨拶をする。
「……イリトだ」
そして男達の向かい側に一人で座っていた女の子も声をかけてくる。
「アリナです。リリ、この人誰?」
それに返すようにリリが笑顔で俺に手を向ける。
「はい! えーっと皆が望んでいた五人目の仲間を! ここにつれてきました! はい、パチパチパチー」
リリが一人でパチパチと拍手をして他の皆もパチパチと拍手をする。
ん? 今何て言った?
「え? 仲間、って?」
「あれ、言ってなかったっけ。私達ここにいる四人でパーティーを組んでるんだけど後もう一人いたほうが安定するかなって思っててさ。近々誰かパーティーに入っていない人を招き入れるつもりだったんだ」
初めて聞いたんですが。しかし、彼女達が俺と同じ遊撃兵だというのなら色々と教えてくれるのではなかろうか。
「それで、俺を?」
「そう! 皆も異論ないよね?」
俺の意見は無視か、と思ったが既に入る気でいるのでそこをリリに見抜かれたのかもしれない。
テーブルについた各々が各自の顔を見回し頷いた。どうやらこのパーティー? とやらに入れてもらえるようだ。
今思えばガノートには何の説明もされなかった。相談事務所とか言っていた割には全く相談させてもらってない。
とりあえず、疑問を口にする。
「その、パーティーに入るのはいいんだけどなんで俺を? 初心者だよ」
そう言うとリリは照れくさそうに笑い、頭をかきながらおずおずと言い出した。
「実は私達もつい最近ここに来たばっかりでさ。五日ほど前かな。その時が初戦闘。でもってそんなできたてで初心者ばっかのパーティーに入ってくれる人もなかなかいなくてさ。丁度君に白羽の矢がたったわけです!」
えっへんと自慢げに胸をはるリリ。
ならここにいる人達の経験は俺と同じくらいなのか。
すると天パっぽい優男のケンヤ? が笑顔でこちらに手を差し出してくる。とりあえず手を取る。
「遊撃兵になったばかりなんだよね? リリが連れてきたのなら多分間違いはないと思うよ。君、結構身長高いし。戦力になりそうだ」
それにツンツン髪の男がけっ、といいながら吐き出すように言った。
「つっても初心者だろ? 使えるようになるにはまだまだ時間がかかるじゃねえか。おい、お前何になるのか決めてんのか?」
じろりと俺を睨み付けてくるツンツン髪。
睨み返そうかとも思ったが今は笑顔で誤魔化しておこう。絡まれるのも嫌だし。
「何になる? ごめん。俺は今日遊撃兵とやらになったばかりでまだ何も知らないんだ。その、何になるってなに?」
その俺の問いに苦笑しながらリリではない方の女の子が俺に声をかけてくる。活発な運動大好き少女、みたいな感じだ。耳よりも少ししたくらいで髪がきられている。
「あはっ、本当に初心者なんだ。えーとね。遊撃兵になったんでしょ? そしたら他の種族と戦わなきゃいけないってことも分かってるでしょ。でもさ、君。剣とか振るったことある? ないでしょ。だからそういうの教えてくれる場所がいくつかあって、何をできるのかもその場所によって違うの。だから君はそれの何になりたいのかってことだよ」
何になりたいかと問われても、何になれるのかを知らないからそんなこと言えるはずもない。
そういえば、ブリガノートは敵地へと潜入して攻撃しろと言っていた。ということはミラルみたいな戦いを、もっと体が大きくて力も強いやつとやらなきゃいけないってことか。
そんなことしたら、ミラルでさえあんなにてこずるのに勝てるわけがない。だとしたら戦う技術を教えてくれる場所があるというのは、かなりありがたいことだ。
アリナの話を補足するようにリリが話し出す。
「そう。例えばケンヤは剣士。イリトも剣士で、私は聖職者。アリナは盗賊なんだ。皆このパーティーでバランスよく戦えるように職種を割り振ってるんだけど、ツヅリくんは、どうする?」
盗賊って、一緒にいても大丈夫なのか? だが、店内の皆は気にした様子もなくお気楽に騒いでいる。職種の一つとして盗賊があるのなら、そんなやたらと人のものを盗んだりはしない、のだろうか? 細かいことはあまり気にしないのがいい生き方だと誰かが言っていた気がする。誰かは全く思い出せないが。
「どうするって言われても、他にどんなのがあるのかよく知らないし」
「そうだな。他には騎士とか魔法使いかな。できれば射手とか狩人とかになってほしい。私達近接戦闘が多いから遠くから攻撃できるっていうのも魅力的だし」
リリがそういうとケンヤが頷いた。
「そうだね。リリを護る役割も欲しかったからできればそうしてほしいかな」
すると、アリナがリリを抱き寄せほおずりをする。
「そんなこと私がさせないもーん。リリを傷つけたやつは私がぶっ殺してやるんだから」
「もう、やめてよ。恥ずかしいじゃん」
「いやですー!」
キャーキャーと騒ぎながら二人は盛り上がっている。それをケンヤとイリトが微笑を浮かべながら見守っていた。
「それで? 何にするんだ」
イリトがジョッキに注がれた黄色い液体を飲み干してから俺に尋ねる。
「その狩人? っていうのが必要なんだったら俺はそれにするよ。特になりたいと思うものもなかったから」
魔法使いというのも魅力的だが狩人になってほしいのならそうしよう。俺はどちらでもいいのだ。あんまり近くでがつがつと戦うのも好きではないし。
ケンヤがニヤリと笑ってジョッキを持つ。丁度店員が二人分のコップと一つのジョッキを持ってきた。
アリナとリリがコップを手に取り、ケンヤに勧められるがままにジョッキを手に取る。
「よし! 今日は五人目の仲間の加入を祝って! 乾杯!」
皆でうちならしたジョッキの音は喧騒の中でも微かに余韻を残しながら消えていった。