四話 序開冒険都市エンフォートレス
アルドが背負った剣を地面においた。伸びをしながらうぁーと間延びした声をだす。
そして、隣で地面にへたれこんでいる俺を見ておい、と声をかけてきた。
「いつまでそうやって座ってるつもりだ。早く立て」
「少しは休ませてくれ……。こんな重い荷物をもって一度の休憩もなく山をおりてきたんだ。もう立てない……」
事実、俺は剣を十本も背負ってあの山をおりてきたのだ。我ながらかなりの忍耐力だと思う。
「門は見えて来たな。あそこがエンフォートレス。人間最後の砦ってやつだ」
「人間最後……?」
疑問には答えずアルドが門番らしき武装した人間に懐から何かを取り出して、それを見せた。門番が頷くとアルドが振り返り顎でくいっと門の先をさした。
それにしたがって門番の横を通る。兜をかぶり、胸当てをあて腰には剣をぶら下げている。そこにはその門番一人しかいなかった。彼が守っている門の壁はアルド三人分くらいの高さで、無理すれば登れそうなくらいの高さだった。
門番は俺を一瞥することもなく通ったことを確認すると、門を閉めた。
「ついてこい。今からこいつらを渡しにいく」
ぽんぽんと背負っている剣を叩きアルドはまた歩きだした。
慣れた様子で街の中を歩いていくアルドを追いかける。
街には石造や木造の建物が並んでたりと結構様々だ。端を通る排水路からは、何とも言えない異臭が漂い、窓から伸びた紐に衣服が吊るされていた。
時間は丁度昼ごろ。表の大通りを通っているわけではなく、裏路地を通っているのであまり人とは出会わないが、どうもじろじろと見られている気がする。
そんなこんなで歩き続け、何十回目かの建物の角を曲がった時にようやくそれが見えて来た。
石造の建物に玄関のところに、何か文字が書かれた看板が吊り下げられている。
ブラン武具店と書かれてあった。
アルドはその武具店へと入っていく。慌てて追いかけて続いて入る。
「おい、来たぞ。ブランの野郎はどこだ」
様々な種類の剣が雑多に置かれた店内を眺めていると、奥から人のうめき声のようなものが聞こえてきた気がした。
壁には槍もたてかけてあるし、鎧まで飾られている。所狭しと並べられた武器達は、強い自己主張を孕んだまま、自分が選ばれるのをただ黙々と待っているのだ。
その時、奥に置かれてある剣が喋った。
「アルドか。久しぶりだな。相変わらず心のこもってない剣でも持ってきたか?」
最近の剣は喋るのか。いや、昔の剣のことも知らないが。と、そんな馬鹿なことを思っていると、白髪の小柄な老人が剣の海から顔をだした。やはり剣は喋らないのだ。
「はん。心のこもっていない剣でもよく売れる。俺にとってはやさしい街だ」
アルドが鼻で笑いながら剣を下ろす。
嘘つけ、と心の中で罵倒する。あの鍛冶場でみたアルドはどこからどう見ても真剣そのものだ。
「まあそう言うな。ドワーフが作った剣が格安で手に入るんだ。そりゃあ初心者にはよく売れるだろうさ。ん? ところでそこにいる坊主は誰だ? まさかお前さん、隠し子でもいたんじゃ……」
大げさに驚いたそぶりをみせ、アルドを見る老人。それにアルドはめんどうくさそうな顔をして、しっしと手を振る。
仲良しのようだ。
「んなわけねえだろ。こいつは放浪者だ。俺が拾った」
なんだそのぶっきらぼうな言い方は。
「拾ったって物みたいに言うなよ。誰があんたの分の剣を持ってきてやったと思ってるんだ」
「お前なんぞいなくても何も変わりはねえ」
はっはっはという笑い声に会話が中断される。ニヤニヤと笑いながら、老人はカウンターらしき場所に座り直した。
「珍しい。アルドが人間とそこまで仲睦まじくやっているとは」
「だから放浪者だっつってんだろ。こうなるからお前とは会いたくないんだ」
「まあそういうなよ。ここ以外でお前さんと仲良くやっていける店は無いんだから」
確かにアルドは見た目は厳ついし、ぶっきらぼうな口調だが、しっかりと見ていると、そう怖い人ではないということは分かる。所々に厳しさを捨てきれていないところがあるからだ。
ちっとアルドが舌打ちすると、さぁ、と老人は言った。
「それで? 仕入れに来たんだろ。今回はまた来るのが早かったじゃないか」
余裕そうな笑みを浮かべるブラン。
「ちょいと金が必要になっただけだ。で、どれくらい売れた?」
「そうだな。前にお前さんから仕入れた剣を三十本。その内二十三本が売れた。そこから店としての利益諸々引くと……九十二ゴールド二十八シルバーだな」
ゴールド? 何だろう。貨幣か何かだろうか。利益とか言っていたし。
「二十三も売れたんだろ!? 少なすぎやしねえか」
「だから利益諸々と言っただろ。この前お前さんが飲み逃げした酒場の料金も入ってるんだ。一体俺がその件でどれだけ頭を下げたか……」
アルドはぐぅっという顔をして、沈黙する。何も言い返せないようだ。
何してんだこのおっさん。
「じゃあ今回はそういうことにしておいてやる。で、だ。また持ってきたから置いといてくれ。値段はいつも通りでいい」
そう言ってアルドはぽんぽんと剣の束を叩いた。
「ああ、いいとも。結構人気なんだ、アルド作の剣はね」
「んなご託はどうでもいい。じゃあな。もう用はねえ」
「おや、それは残念だ。まあお前さんがいたら客がびびって来なくなっちまう。そうなると商売あがったりなんでね。さっさと出ていきな」
「そんなやつこの街にはいねえだろ。じゃあな」
アルドは玄関へと向かい、老人を見ずに手をあげて、店から出ていった。
まだまだ店内を見て回りたいが、アルドにもついていかなければならない。
俺は老人と玄関を交互に見て出ようとしたときに声をかけられた。
「坊主。名前は?」
振り返ると老人が微笑を浮かべながらこちらを見ていた。
「ツヅリです」
「ツヅリか。俺はブラン。ここ、ブラン武具店の店長だ。お前さんが放浪者だっていうんなら、結構な確率でここに来ることになるだろう。だが、アルドのお気に入りなんだったら最初はここに来なくてもいいかもしれないけどね」
「放浪者なら、ってどういう意味で?」
ああ、それはね、と苦笑しながらブランが答えようとした矢先、外からアルドが早く来い、と催促をしてきた。ブランを見るとひらひらと手を振りながら、
「ま、今後ともブラン武具店をよろしく」
「では!」
笑みを浮かべるブランに頭を下げて、アルドを追いかけていった。
アルドは苛立たしげに腕を組みながら俺が来たのを確認すると、また歩きだした。
「今度はどこに?」
「事務所だ。ちょっとは考えろ」
毎回一言多い。
わざわざそんな無粋なことを口には出さない。
アルドはさらに街の奥へと進んでいく。途中美味しそうな匂いがする方へと向かいそうになったが、アルドに無理やり引っ張られた。
そしてまた何十回も街の角を曲がり、上り、下った先に二階建ての石造の建物が見えてきた。
「ここが事務所だ」
やはり扉には看板が掛けられていて、そこにはエンフォートレス放浪者相談事務所と書かれてあった。最近新しく変えたのかその看板だけが小綺麗で真新しく見える。
扉を叩き、中へと入る。
開け放った扉から、独特な酒の匂いと食べ物の匂いが混ざりあって、思わず顔をしかめてしまうような、むわっとした空気が漏れ出てくる。中には誰もおらず、アルドはいくつかの机と椅子が置かれた簡素な作りの室内を突っ切り、カウンターへと向かった。
「ガノート、放浪者を連れてきたぞ」
アルドがカウンターの奥へ声をかけ、肘をついた。
「あ、少し待ってて――キャアア!?」
悲鳴と共に何かがバサバサッと落ちる音が聞こえてきた。女の声だった。恐らく、ここの店の店主で持っていた書類を落としてしまった、そんなところだろう。
少しして、カウンターの奥から女性が姿を現した。
手には何も持っていない。そして、さっきは何もありませんでしたよーという風な笑顔を覗かせていた。
事務所の服なのか、糸を編み込んだようなクリーム色の長袖を着用していた。胸の部分からはこれでもか、とばかりに主張激しく飛び出してくる物体がついていて、一瞬そちらに目をとられる。
「初めまして! 私、ガノートって言います! ここの、事務所所長代理というか、そんな地位です!」
かけられた声に反応してびくりと顔をあげる。ガノートが深々と頭をさげ、こちらに礼をしていた。
そして俺はほっと胸を撫で下ろしていた。見ていたことには気づかれていない。しかし、なんと素晴らしいおっ……ごほん。
俺は極めて紳士的に、裏表の無さそうな無邪気な顔で微笑んでいるガノートへと喋りかけた。
「はい。初めまして。俺……いえ、僕はツヅリと言います。ところで、この後予定は空いていますか?」
おっといけない。思わず言葉が漏れでてしまった。しかし、漏れてしまったのならしょうがない。俺はきっと、端から見ればとても優しそうな笑顔を浮かべているに違いないので、相手に不安感は与えないはずだ。
「何言っとるんだお前は」
バシッと結構勢いよく頭をはたかれた。それに悶絶していると、アルドはため息をついてガノートへと話しかけた。
「すまんな。で、こいつが放浪者だ。後は任せたぞ」
アルドはそっけなくそう言った。
対してガノートは、
「ええっ!? ちょっと待って下さいアルドさん! 私、困ります。この後予定あるんですよ……。なんといったら傷つかずに断れるのでしょうか」
と、手を大袈裟にぶんぶと縦に振りながら、慌てた様子でそう言った。
その様子を見たアルドがまたため息をつく。
「忙しいから無理だって、直接言えばいいだろう。そんな言葉で傷つかねえよ。このくらいの年だと立ち直りも早いんだ。ボロクソに言ってやれ」
こんのじじい。言いたい放題だな、本当に。
しかし、ガノートは、はっと何かに気付いたような顔をして、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「そうですね! ではそのようにします! すいませんツヅリさん。この後は無理です!」
無邪気なその言葉が鋭い槍となって、容赦やく俺の心を貫いていったのがわかった。ダメだ。あまり話しすぎていると無自覚で殺されてしまう。
俺はこの話題を取り消すために、話を本題に戻す。
「あ、わかりました……。そ、それで。ここは何をするところなんです?」
俺の問いに、そういえば! という顔を浮かべて、ガノートはカウンターの下をごそごそと漁りだした。
なかなか手間取っているようだ。少しして、何かが詰まっているらしい、それを引っ張りだすためにうーんと唸り声をあげながら引っ張っていた。
危ないですよ、と言う前にガノートは二度目のきゃあ!? を叫び、詰まりごと後ろに転んでしまった。
……なんというか、とろい人だ。
「ああ、ああ……」
地面に這いつくばるような形になって、詰まりが取れた勢いで散乱した書類を眺めながらガノートはそう呟いた。
「だ、大丈夫ですか?」
こちらからはカウンター側へと行けないので声をかけるしかできない。
「大丈夫です! いつもやっちゃうので……ああ見つかった! これです。これに署名をお願いします」
ガノートは一枚の紙を掴み俺に差し出した。変わらず床には書類が散乱している。
俺は横目でそれを見ながら、書類に目を通した。
ずらりと項目が並べられ、細かく書き記されている。そして、その一番下に、恐らく自分の署名をするのであろう線を引かれただけの空白があった。
「これは?」
ガノートはにっこりと笑った。
「契約書です! 放浪者の皆さんには書いてもらうことになってるんです。内容についてはあなたをこの国の人間として認めるとか、そんなところです!」
「へぇ」
俺は書類に目を落とした。
第一項目。汝を我が国、ギリリアンの僕、住人としての権利を有することを――。
「ほらほら! 早く書いちゃって下さい! 私この後予定あるって言ったでしょう!」
ガノートがパンパンと手を叩く音に驚かされ、視線を上げた。ガノートは早くしてください、となぜか口パクでそう言った。癒し系とはこういう人のことを言うのか。
そんなバカなことを思いながら、仕方なしに署名する。
それをガノートはにっこりと笑って受け取った。
俺は、少しずつ記憶が戻ってきているのを感じた。とはいっても、単語の意味とかそういうものだけで、昔何をしていたかまでは思い出せない。そして、それはもう思い出せないだろうという謎の確信さえあった。
でも、やはり不安はない。
そんなことよりも、これから先のことのほうが不安だ。そして、何が起こるのか、ワクワクもあった。
俺はガノートに尋ねた。
「これ、他になに書いてるんですか?」
ガノートは俺が署名した書類を大事そうに抱きかかえて、カウンターの下へと置いた。
そして、またにっこりと俺に微笑みかけた。
「はい! これでツヅリさんは遊撃部隊の一員となりました! 部隊といっても強制的に組まされるわけではないのでご安心を! 仲間を作って私達と敵対している種族の土地へと入り撹乱、機に臨んで適宜に攻撃。そうしてじわじわと敵種族の弱体化をはかるのが遊撃部隊の仕事です!」
ガノートは、笑っている。
俺はまるで人形のように一瞬体が固まってしまって、ガノートと数秒間見つめあってしまった。
遊撃兵……って、なんのことだ? あの紙にはどんなことが書かれていた。一体、どんな理不尽な契約があの書類には記されていた?
俺はゆっくりと読む時間は与えられなかった。まさか、騙された?
ガノートは相変わらず笑顔を受かべている。その笑顔が急に恐ろしく思えた。本心から笑っていない。愛想笑いでもない、無感情な笑み。
「え? あの、も、もう一回あの紙を」
今さらながらに焦りが生じてきた。俺はカウンターに手をつき、下へとしまった書類へと手を伸ばす。ガノートがその手を叩いて阻止した。
「今さっきのはダメです。あの紙に書かれていたのはですね。あなたはこの国の住人になりますよっていうことと、遊撃部隊として国に従事し、何があったとしても自己の責任とし、我が国は何も保証しませんよってことが書いてありました」
ガノートは笑顔を崩さずに、そのくせして淡々と言った。
俺を悪びれもなく騙したこの女性は、ずっと笑顔を浮かべていた。
何があったとしても、だなんて何かがあるからわざわざ書いているのだろう。従事するって、何かに、駆り出されるということなのだろう。
遊撃兵だなんて名前なんだから、なにか戦闘に巻き込まれてしまうようなことになるのは想像に難くない。
そんな大切なことを有耶無耶にして、俺が気付く前に催促していただなんて、心底たちが悪い。
俺はふつふつと沸き上がってきた怒りを感じながらガノートに問い詰めた。
「そんなこと……承諾できるわけないだろ! 無理やり書かせたみたいなものじゃないか!」
「しかし、よく確認もせずに書いたのもあなたです。……それでは、あの契約書を破棄する、ということですか?」
俺はまだ沸き上がる怒りの衝動に任せて、言い放った。
「ああ! そんなこと納得できるわけが――」
開いた口は、彼女の手にしているもので無理やり閉口させられる。彼女はナイフを、少し動かせば俺の口に触れるような場所にまで持っていき、切っ先を向けていた。
もはや笑っていない。狩る目だ。冷や水を思い切りかけられたように、背筋をぞくりと冷たい感覚が襲った。
殺せるぞ。言外にその目はそう語っている気がした。
赤い唇が、言葉を発そうと重い蓋を開けた。
丁寧な口調のはずなのに、まるで地獄にいるかのような冷たい感覚がぴしり、ぴしりと襲ってくる。
「破棄した場合、あなたはこの国の住人ではない。つまり敵対関係にあるとみなし拘束させてもらいます。その場合あなたは何をされても文句を言えない立場となります。しかし、これに合意するのならば、新たな国の住人としてこの国のお金を与え、街の様々な施設が使えるようになります。本当に、破棄しますか?」
ごくりと唾を飲み込む。こんなの、脅迫だ。脅している。
かといって、拒否をすれば拘束させられる。
もしも拘束されてしまったらどうなる? 恐らく、二度と返してはくれないだろう。こんなにも簡単に人にナイフを向けられるのだ。残忍なこともされるかもしれない。下手すると一生捕まったままかもしれないのだ。
じゃあ合意したところでなにか不都合は?
遊撃兵とやらに配属されることだ。敵対種族の土地へと入り撹乱、そして攻撃。つまり、人間は他の種族と敵対していて、そこへ斥候あわよくば敵方の戦力を減らしてこいということだ。
あのミラルよりも恐ろしいであろう敵と、やりあわなければならない。
一体この国と他の国との関係がどうなっているのかは想像もつかないが、友好的でないことくらいはうかがえる。
だからといって、脅されるがままに戦うのも嫌だ。
いまだガノートは俺に刃物を向けている。表情は鉄仮面のようにピクリとも動かず、俺の行動全てに注意を向けていた。
こうなったら選ぶしかない。
何が一番ましなのかと言えば――。
「合意、します」
ガノートはシュッとナイフを懐に直し、俺に向かってにっこりと笑いかけた。今さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか。最初出会った時のような暖かさが彼女から感じられた。暖かいのに、寒い。
このままへたれこんでしまいそうだ。荒い息を吐いていることに気がついた。
「了解しました。それではこちらを。できれば無くさないで下さい。ずっと身に付けていて下さい。そしてこちらが我が国のお金です。全部で二十シルバー。ご確認下さい」
カウンターの上に置かれたのは硬貨が入った袋に、長方形の革でできた、なにかストラップのようなものだった。革には数字が書かれてあって、三一九と書かれてあった。
袋を開き、二十枚あることを確認する。
「これ、なんなんですか?」
俺は革を、指差した。
「それはあなたの生存確認書みたいなものです。遊撃部隊の人に配られるのです」
ということは俺は三百十九人目の遊撃兵というわけか。
思っていたよりも少ない?
遊撃兵になるということは既に諦めがついていた。違うことをしようにも、きっと逃げられない。個人が国に勝てるわけないのだ。
そして、ガノートが口を開いた。流暢に、丁寧に。慈愛をこめて、期待をするように、暖かく、ふんわりとした笑顔を浮かべて。
「これであなたは我が国、ギリリアンの住人となり、ここ人間最後の砦エンフォートレスで、遊撃部隊に所属することが決定しました。あなたは自らの知恵、勇気、運をもって我が国に貢献することを誓いなさい。それではようこそ。私達はあなたの活躍に期待しています」
そして、俺はこの世界の残酷さを知る。美しさを知る。
これは、その始まりの序開に過ぎない。この後に何が待ち受けているのかも分からないまま、俺は一人でこの世界に放り出されたのだ。