死亡から
なんでもない普通の人生。普通に生きて普通に老いて普通に死ぬ。なんの面白みのない、誰が見ても普通の人生のはずだった。
「もしもし田中さん、会社に社員証を忘れてしまって、ちょっと下の階まで持ってきてくれませんか。」
優しそうな明るい声で、オレに命令してくるのは5歳年下のかわいい後輩であり、万年三流企業のウチの会社のマドンナだ。会社のマドンナでちやほやされているためか、最近は年上の先輩にパしらせるプチ女王様化している。
「おぉ、わかった」
俺は彼女を怒らせないように、こちらのイライラした感情を隠しながら対応する。
我ながら情けない。しかし彼女は会社の上司達にも好かれているため、彼女の機嫌を損ねることは、うちの会社では死を意味する。そのため、後輩でも下手に出るしかない。
うちの会社は三流企業なのでエレベーターやエスカレーターなどはなく、外付けの階段か汚い内階段しかない。
(はぁ、しょうがない外階段から下りて社員証を渡してしまおう。)
「「キャ-----------」」
突然、謎の悲鳴があがる。
(なんだろう、あれぇ、階段が傾いているような?)
「階段が落ちるぞ!!!」
「はやく、そこの人、逃げて!!!」
グラりと視界が傾くと、階段がガッタンガッタンと嫌な音をたてながら崩壊する。
最悪だ、こんな事故に巻き込まれるなんて。もともとボロいビルだったので、点検ミスと経年劣化が重なって事故が起きたのだろうか。
(なんだか、身体から血が抜けてフワフワするな。人間の身体ってモロいんだな。)
≪了解しました………頑丈な肉体を構成します≫
(もうちょっと賢く生きればよかったな)
≪了解しました…………ユニークスキル「大賢者」を獲得しました≫
(会社で絞られ続けるみじめな人生だったな。どうせ生き返るなら喰らいつくす側になりたいな)
≪了解しました…………ユニークスキル「簒奪者」を獲得しました≫
(これだけ血が抜けると顔が真っ青なんだろうな)
≪了解しました…………エクストラスキル「蒼炎」を獲得しました≫
(生まれ変わるなら美少女と仲良くなりたいなぁ)
≪了解しました………女性体に構成を変更します≫
男のつぶれた身体からドクドクと血が噴き出し、彼の命も尽きようとしたとき、彼を心配そうに遠くから見つめる女性がいた。
「先輩、大丈夫ですか?」
会社の先輩が目の前で死にそうになっているというのに、その女性の瞳は暗く輝いていた。