その頃の観戦席
「ヴァンドラ国の皆様はこちらでの観戦をお願いいたします。」
アリス、リヴィアは裏口から個室に案内された。
「すごーい!闘技場を見下ろしてるよー!」
「こちらの観戦席は当闘技場の最上段になります。」
「この壁…再生水晶と似ておるな」
「流石ですね。ギルドランドの名工が生み出した再生水晶と屈折水晶を混ぜあわせた混合硝子でございます。」
「特別室なのはいいがこんなに透けている部屋だとスノーフィスの奴等に気付かれないか不安じゃな」
「ご安心下さい。こちらの混合硝子、中からはこのように外が見えますが外からは周りと同化して非常に見えづらくなっております。」
「なんじゃと?」
「この部屋は一般には知られておりませんのでその点もご安心頂けるかと存じます。」
「リヴィアちゃんが貰ったローブもだけどこんな便利なもの作れるなんてギルドランドの鍛冶屋さんはすごいんだねぇー!」
「ありがとうございます。ギルドランドの鍛冶屋は世界一だと自負しております。」
「武器等見積もって貰った方がいいかもな」
アリスを見上げるリヴィア。
「確かに!シルビー帰ってきたら相談しなきゃだね!」
「では、私はここで失礼いたします。何かあればこちらの思念鉱石でお呼びください。」
そういうと思念鉱石を手渡す男。
「わかった!ありがとうー!」
一礼し部屋からさろうとする男。
「ちょっと待て」
止めるリヴィア。
「…どうかなさいましたか?」
ぴくりとし顔が強ばる男。
「どうしたの?リヴィアちゃん」
「1つ聞きたいことがあってな」
「なんでしょうか…?」
「“戦神気付け”はだせるかの?」
「せ…戦神気付けですか…!?」
たじろぐ男。
「戦神気付けって?」
首を傾げるアリス。
「ククッ…!」
にやりと笑みアリスを見たあと男に向き直るリヴィア。
「だせるのか?だせんのか?」
「ソードホーンの物であればご準備出来ますが…。」
「ほぅ…。香か?飲か?」
「ど…どちらでも…。」
2人の会話を聞きながら頭にハテナが浮かぶアリス。
「飲を持ってくるのじゃ」
「い…飲をですか!?大丈夫ですか…?」
「あぁ。杯と共に持ってきてもらおうか」
「か、かしこまりました。」
額に汗を垂らしながらさる男。
「リヴィアちゃん、今のなんだったの?」
「ヴァンドラ達が命を張るんじゃ。私様達もそれ相応の気概で応援せねばならんじゃろ?」
クククッと悪い笑みを零すリヴィア。
「よくわからないけど戦神気付け?を待つしかないんだね」
…リヴィアちゃんのこの笑顔は怖いなぁ。
「ソードホーンとは運がいいのか悪いのか…クククッ!」
「ソードホーンって魔物?」
「あぁ。角が発達した生物でな。奴の角は剣をも小枝のように砕く。その角に強心作用があってな…。それが今回…ククッ!」
「リヴィアちゃんなんか変だよ」
「な、なんじゃと!…まぁ今回は無礼を許してやろう。この後のことがあるからな!」
少し経つとドアが叩かれた。
「来たか?」
ドアが開くと現れたのはホープだった。
「間に合ったッスか?」
「あー!ホープくーん!来てくれたんだね!」
「なんじゃホープか…」
「アリスの姐さん!名無しの人から聞いたッス!気を回してもらえて嬉しいッス!リヴィアの姐さんは反応ひどくないッスか!?」
「まだ試合どころか何も始まっとらんが…船は大丈夫だと判断したんじゃな?」
「絶対大丈夫!とまでは言えないッスけど…ガルルグル達は強いッス!それにある程度オイラの言う事も聞いてくれるようになったッス!」
「そうか。ヴァンドラはホープの判断に任せると決めたんじゃ。ホープが大丈夫だと判断したならそれでいい」
「はいッス!」
その時コンコンコンとドアが叩かれる。
「戦神気付け…お持ち致しました。ホープ様到着の連絡を受けましたのでグラスも人数分ご用意させて頂きました。」
男の持つトレーには大きめのピッチャーと変わった形のショットグラスのような物。
「…戦神気付け…?これは…飲ッスか…?」
ゴクリと喉を鳴らすホープ。
「ほぅ?ホープは知っておるのか?」
「…本で読んだことあるだけッスけど…。まさかマジで戦神気付けの飲ッスか?や、やるんスか?」
「ねぇねぇ、ホープ君、その戦神気付けとかいん?とかってなに?」
「…ギルドランドの名物…というか大事な闘いの前に嗅いだり飲んだりするものッスけど…。」
「あー、いんって飲の事ね!じゃあこうは香りの香か!」
「香ですら相当クる…らしいッスけど…。飲はそれはそれはすごいらしいッス…。」
たらりと流れる汗を拭うホープ。
「…今回の戦神気付けはソードホーンです。その…わかりやすく言えばすごく“効きます”。」
「すごく…ッスか…。」
「ギルドランドでも最近は嗜む者が少ないレベルですね…。」
それを聞きギョッとしながらリヴィアを見るホープとアリス。
しかしリヴィアはにやりとしている。
「そのグラスはソードホーンの角か?」
「そうですね。グラスからも成分が出ますのでそれはもう気合いが入りますよ。」
「クククッ!そうかそうか!ならばグラスを配るんじゃ!」
「承りました…。」
グラスを配る男。
各々の手にグラスが渡る。
「では…。」
男がグラスにピッチャーから水のようなものを注ぐ。
水がグラスに触れた途端ジュッ!と音を立てた。
「わわっ!?」
「ソードホーンの角に含まれる気分を高揚させる成分は魔素水に触れると急激に反応を起こし増殖します。胃の中に入れてしまえば増殖反応は止まりますが…。」
「…ということは時間が経てば経つほど…?」
「“効きます”ね…。」
「え、えーと貴方はこれを飲む時どのくらい反応させておくの?」
「そもそも私ソードホーンは恐れ多くて嗜みませんが…。仮に飲むとしても……5秒くらい…それ以上はとてもとても…。」
「5…5秒!?もう経ってるッスよ!?」
「まぁ慌てるな。仕上げもあるじゃろ?」
「……恐らくお求めになるかと思いましてご準備させて頂きました。」
スっと小袋を差し出す男。
中には粉のようなものが入っている。
「これは…?」
「砕いたソードホーンの角とフツフツゴケを混ぜ合わせ粉状にした物です。」
「え…これいれるの?」
「そうじゃ!」
「えー…」
「アリスの姐さん!迷ってる暇無いッスよ!もう何秒経ったと思ってるッスか!どうせリヴィアの姐さんの事ッス!これいれるまで前に進まないッス!!」
「ホープまで私様にそのような事を言うとは心外じゃな。まぁ事実じゃが」
「じゃ、じゃあいれてください!」
「では…。」
男が粉末をアリスのグラスにさらりと落とす。
その瞬間。
ゴポポポポポ!
すごい勢いで戦神気付けは反応しだした。
「ちょっ!ちょ、え!?」
沸騰してるかのような反応はすぐにおさまったがシュワワワと音を立て泡を発し続けている。
「これ大丈夫なの!?」
「ヴァンドラ国の皆様であれば問題ないでしょう…。ギルドランドでも死者はあまりでていませんので…。」
「あまりって…でてるよね!?」
慌てるアリス。
こんなに慌てるアリスの姐さんは珍しいなぁー!
ホープは戦神気付けについて考える事を止めた。
そして全員の戦神気付けがシュワシュワと音を立てる。
「なら頂くとしようかの!」
グラスを前に出すリヴィア。
「おー!乾杯ッスねー!」
グラスには目線を合わせないようにグラスを前に出すホープ。
「………」
無言でグラスを前に出すアリス。
「アリス、これはヴァンドラ達の勝利を願う儀式みたいなものじゃ。もう一度言うがヴァンドラ、小娘、ちびモナは命をかける。応援する側も同じ気概でいくべきじゃ」
「…そう…だね。うん、そうだねリヴィアちゃん!」
グラスを前に出し2人のグラスと合わせるアリス。
「何だかリヴィアの姐さんにのせられてるような…。」
「ホープ君!フュゼ様達が勝てるように私達も頑張るよ!!」
「…!!了解ッス!」
「私、あれやりたい!あのギルドランドの加護あれ!みたいなやつ!」
「ギルドランドの激励か。いいこというの!」
ククッと笑い名無しの男を見るリヴィア。
「1行ずつあのギルドランドの激励を言って貰えるか?それに続いて私様、ホープ、アリスの順で読み上げ飲み干したい」
「…承りました。私、しかと完遂及び見届けさせて頂きます…!」
3人が男に注目する。
「よろしいですか…?」
「あぁ!」「ッス!!」「はいっ!」
頷く3人。
剣を抜き掲げ、スゥッと息を吸い込む男。
「彼の者に敵を討ち滅ぼす力を!」
「彼の者に…敵を討ち滅ぼす力を…!」
続くリヴィア。
「正しきを見誤らぬ眼を!!」
「正しきを!見誤らぬ!眼を!!」
続くホープ。
「猛る戦神の加護あれ!!!」
「猛る戦神の加護あれぇ!!!」
続くアリス。
そして全員が一気に飲み干す。
一瞬ふらつくも立て直す3人。
「くぅぅぅぅ……!!効く…のぉ!!ソードホーン……!!仕上げたとはいえ……ここまでか…!!」
うつむき頬が一瞬で紅く染まるリヴィア。
「ぐおぉ…ぉぉお…!!泡が弾ける度に…!中からパンチされてるような…燃やされてるような…!!でもその度…魔力が高鳴るッス……!ヴァンドラ国…優勝しかないッス…!!オイラぁ…!!やったッス…!!…ぐふ」
手をわなわなさせながら目を大きく開くホープ。
「ぅぅあ……!!」
何これ……!!熱い…!!
胸がぎゅーってなって力が湧いてくるような…!!
フュゼ様…!!フュゼ様!!
「あれだけ粉入れからも時間が経った戦神気付け…さらにソードホーンというのに皆様誰1人として倒れないとは…。感服致しました。」
拍手をする男。
「ククッ…!アリス…!ホープ…!!応援にも力が入りそうじゃろう……!!」
「もちろんッス…!!なんならオイラが…!!今ならやれそうッス!!」
「はぁ…はぁ…!ダメだよ…ホープ君…。私達はここでフュゼ様を応援…!!どこよりもすごい応援するんだよ…!!」
気付けば3人とも頬を紅く染めていた。
「皆様こちらをどうぞ。」
別の普通のグラスに魔素水を注ぎ渡す男。
「も、もう2杯目ッスかぁ!?」
「いえいえ!流石にそれは危ないですよ。これはただの魔素水です。ご安心下さい。」
3人とも手に取りゴクリと一気に飲み干す。
「では、魔素水はここに置いておきますのでまた何かあればお呼びください。」
「…待て」
またも呼び止めるリヴィア。
「ど…どうなさいましたか?」
「魔素水…もう1本持ってきてくれんか?」
「かしこまりました。」
「今あるその魔素水には“刺して”いくのじゃ」
「刺す…?」
首を傾げるアリス。
「………敵いませんね。くれぐれもハイペースにだけは召し上がらないで下さいね。」
そう言うと男はトレーの端に置いていた短めの角を魔素水に投入した。
「先程の粉まではいれんが戦神気付けを飲むか魔素水を飲むかは各々で決めるんじゃ。流石にこれ以上は自己判断せんとな」
2人を見るリヴィア。
「…面白いッスね!リヴィアの姐さん…!!」
「だね…!ホープ君…!」
3人ともソードホーンの角で出来たグラスに戦神気付けを注ぐ。
その様子を見てぶるりと震える名無しの男。
「で、では魔素水も持ってまいりますので失礼いたします…!」
男が出ていって少し経つと闘技場に声が響いた。
「大変長らくお待たせ致しました!!今年1…いえ、この長い闘技場の歴史で1番と言っても過言ではない大会が今、始まります!!」
ワァァァ!!続く歓声。
「クククッ!始まるみたいじゃ!!」
「今武闘大会は他国代表も招待し、各国の選りすぐりがその武勇を示す最高の舞台!!これは最早戦争とも言える!!!」
オオオオォォ!!
先程より大きな歓声が上がる。
「確かに…国か個人の差こそあれ…各国代表が戦うとなれば戦争とも言えるッスね!絶対負けられないッス!!」
ぐっと拳を握るホープ。
「前置きはここまでだ!!今年の参加国、誰が予想できたか!?世界有数の独立派!!何と“忌み嫌われしあの国”がまさかの大参戦だっ!!!」
大きな歓声やブーイング、そしてどよめきが混ざったような声が響く。
「この紹介…1番手で呼ばれるみたいだね!」
笑顔のアリス。
「さぁ、早速ヴァンドラ国の入場です!!」




