勇者(笑)と転校生
翌日、私は昨日の出来事などなかったかのように学校へと向かった。
下駄箱で靴を履き替え教室で友人達と挨拶を交わし、自分の席に着くと、改めて昨日のことが夢のように思えてくる。
昨日で3年生の卒業式は終わったけれど、2年生の私達はまだ1週間ほど授業がある。
短縮授業ではあるが、例年なら多少のめんどくささを感じる期間だ。
でもなぜだか今日は、こうして日常が戻ってきたことにほっとした。
少なくともこうして教室にいれば、カルロスのことを思い出さなくてすむからだ。
「あーあ、鈴木先輩卒業しちゃったなぁ」
「美佳、先輩のこと大好きだったもんね」
「だって、あんなかっこいい人他にいないもん」
なんて友人達の他愛ない会話も、なんだかすごくほっとする。
「そういえばリンネは? 田中先輩に告白したんでしょ?」
友人の美佳の言葉に、私はついにこやかにうなずく。
「それがだめだったの」
「その割には、なんかあんまりがっかりしてないね」
「え、そう?」
「そうそう! 私たち、リンネのこと励ます覚悟できたのにー」
「なにそれひどい!」
思わず声を上げたが、親友の美佳とユリからは、『何を今更』という目を向けられる。
「だって、田中先輩って顔がゴリラなくせに彼女いるって噂だし」
「ゴリラってなによ、すごいイケメンなのよ田中先輩は」
「冷静につっこんでるし、やっぱりあんま凹んでなさそう」
「そんなことないって」
いいつつも、先輩の彼女の存在を聞いても、あまり動揺していないのは事実だ。
もちろん田中先輩のことは好きだし本気でつきあいたいと思っていたけれど、カルロスの慰め方がひどすぎたせいか、自分でも驚くほどドライになってしまったのだろう。
そもそも彼の側にいるとツッコミが追いつかないし、泣いている暇もない。
「悲しいけど、いろいろ大変なことがあったからそのせいかも」
「大変なことって?」
異世界から勇者がやってきて……という事はもちろん言えず、私は必死に言葉を探す。
「家のことでちょっと」
ひとまずそうごまかすと、タイミング良く先生が教室へと入ってくる。
すると友人達は蜘蛛の子を散らすように自分の机へと戻り、私はごまかしの嘘を考えずにすんだことに少しほっとする。
だが……。
「えー、突然ですがみなさんにちょっとしたお知らせがあります」
いつもはすぐ出席を取り始める先生が、そんな前置きをする。
「突然ですか、今日から転校生が来ることになりました」
転校にはあまりに妙なタイミングだったため、僅かだが教室がざわめく。
「少し変わった経歴の方でちょっと驚くと思いますが、快く受け入れてあげてください」
そしてがらりと扉が開き、その新入生がやってくる。
「みなさんこんにちわ、新入生のカルロスです」
――――もはや、言葉も無かった……。
「カルロスさんは見たとおり大人ですが、訳あって今日から高校生をすることなりました」
なんだその唐突な嘘はと思うが、もちろん言葉にはできない。
「はいっ! あと実は自分、こう見えても社長でして!」
その上カルロスの嘘は凄まじいほど図々しかった。
「ただ若くして起業したため高校は卒業していなくて……。その心残りを無くすため、進学を決めた次第です!」
だが、異世界人のわりにはそれっぽいこと言っているきもする。たぶんこれは祖父の入れ知恵だ、そうに違いない。
「改めて進学を考えていた折り、縁のあった我が校の校長にこの学校に通うことを薦められ、入学を決めたそうです」
だが、それっぽいことは言っているが、相手はおっさん。
それが教室にいるなんて不自然きわまりない。
だというのに、どう言うわけかクラスメイト達はあまり気にしている風もない。
「そうなんだー」
「すごいねー」
なんて会話は聞こえるが、動揺は全くない。むしろ気にするどころか、納得している。
おかしい。これはどう考えてもおかしい。
「とりあえず、席はリンネの隣で」
「えっ、わたし? なんで?」
「何でって、カルロスさんとは遠縁の親戚なんだろう?」
「ええ。それもあって、この学校に来たんです」
重なっていく嘘に恨めしさが募るが、苛立ちを口にする勇気が私には無かった。頑張ってクラスに馴染んだのに、こんなところで浮きたくはない。
「よろしく先輩!!」
しれっと私の隣に座り、カルロスはこちらに笑顔を向ける。
そのうれしそうな顔があんまりムカついたので、私はホームルームが終わるなり、彼を教室から連れだした。