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勇者(笑)とその祖父

 異世界の元王子にしてヒモ予備軍のカルロスは、どうやら何を言っても元の世界に帰る気はないらしい。

 ならば「じゃあ、あとはお好きに」と放置したいところだが、下手に目を離して私の黒歴史を知人にバラされたら困るため、私は仕方なくある場所へ彼を連れて行くことにした。

「ずいぶん広い屋敷だな。さすが勇者なだけはある」

 そう言って感心しているカルロスの目の前にあるのは、一件の立派な日本家屋だ。

「言っておくけど、ここはおじいちゃんちで私のじゃないからね」

「おお、おじいさまがいらっしゃるなら是非挨拶せねば!」

 やめろと言いかけて、私は口をつぐむ。

 輝く目を見た限り止めても無駄だろうし、何よりこうなることが予想できたから私は彼をわざわざ祖父の家へと連れてきたのだ。

 家族や友達が私を勇者(笑)扱いする中、唯一私の話を信じてくれたのが祖父だ。

 夢の話を馬鹿にしたり笑ったりせず「すごい体験をしたんだね」と言ってくれた祖父は今も私の一番の味方で、親と気まずくなるたび私はこの家を訪れている。

 だから今回も、私は彼に頼ることにしたのだ。



 自宅以上になじみのある祖父の家に上がり込むと、彼は居間でゲームをしているところだった。

 今年で72になるが、祖父の一番の趣味はゲームだ。特にRPGが好きで、私の話を信じてくれたのもそういうところにあるのだろう。

 最近では大人気RPGシリーズのオンラインにハマったらしく、彼は巨大なモンスターをネットの向こうの仲間たちと討滅しているところだった。

「リンちゃんすまん、あと1フェーズで終わるからお茶でも飲んでで!」

 こちらに背を向けたままゲームに夢中の祖父は、まだカルロスに気づかない。

 だがカルロスの方はゲームに興味津々で、私が止める間もなく祖父の隣に腰を下ろす。

 なんとも珍妙な光景だ。

「こんなにも凶悪な魔物と戦うとは、なんと勇ましい勇者だ」

「ふふふ、もうあとちっとで勝てるぞ!」

「この、絵の中のかわいい女子が勇者殿の傀儡か?」

「誰だか知らんが、エリアスちゃんのかわいさがわかるとはお前さんわかってるな!!」

「ああ、彼女は本当に愛らしい。特にこの、猫のような耳としっぽが愛らしい」

「りんちゃん! お前のお友達は目の付け所が良いぞ!!!」

 喜びに身体をくねらせる祖父にはさすがに少し呆れるが、彼の柔軟すぎる思考回路はきらいでは無い。

 そうこうしていると、どうやら祖父は無事魔物を討滅したらしい。

「うひょおおおおお、武器ドロップきたーーー」

 腕を上げ、叫び、さらにくねくねした後、祖父はようやくコントローラーを置いた。

 そのままキャラクターの頭上に離席をしめす印を表示させた後、彼は画面から目を離す。

「むむ?」

 そこでようやく、祖父は私が連れてきた相手がおっさんだと気づいたらしい。

 たぶん高校の同級生でも連れてきたにだろと思ったのだろう。

「りんちゃん、この方は学校の先生かね?」

「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はカルロス=ネオ=イグニシアス。オルギアス国の第54代国王にして、リンネ殿の婚約者である」

「あー、異世界の人ね!」

 祖父は、あまりにあっけなくカルロスの言葉を受け入れた。

 どう考えても今の説明は、笑うか聞き流すか耳を疑うところなのに。

「っていうか、婚約者じゃないし」

「でもカルロスって、りんちゃんが昔すきだって……」

「あばばばば!」

 あわてて祖父の口をふさいだが、カルロスはにやけている。

 実に腹立たしい。

「アレは若気の至りです。っていうか、おじいちゃんもうちょっと他に言うことないわけ?」

「ちなみに、異世界からこちらはどうやって?」

「転移魔法だ。なかなかに危険かつ難しい物だったが、リンネ殿にあうためなら安いものだ」

「命を懸けた愛なんて素敵じゃないかー。おじいちゃん、二人のこと応援しちゃうぞ!」

「ノリがかるい……」

 祖父の柔軟なところには救われたこともあるし、そこに頼ろうとは思っていたけれど、こうもあっけなく受け入れられるとそれはそれで困る。

「婚約うんぬんはともかく、カルロス元の世界に帰れないらしいの。だからしばらく、ここにおいてもらえる?」

 この世界のことをなにも知らないことや、住む場所はもちろんお金さえない彼の事情をはなせば、祖父はようやくカルロスをこの家につれてきた理由を理解したらしい。

「かまわんよ。無駄に広い家だし、いっそりんちゃんも一緒に……」

「嫌です」

「何で俺を見ながら言う」

「赤の他人、それもおっさんと一緒なんて危ないでしょう?」

「赤の他人じゃない!一緒に世界を救った仲だ!」

 カルロスはうるさく吠えるが、私はすべてを無視し、その日は家へと帰ることにした。




「あ、ちょっとトイレに」

 と言う嘘でその場を離れ、私は颯爽と祖父の家を出る。祖父には少し悪い気もしたが、こっそり手を振り返されたところを見ると、彼は私の気持ちを察してくれたようだ。

 裏門からそっと通りに出た私は、外遊びから帰るらしい小学生達に紛れながら、夕日に染まる住宅街を歩く。

 こうしていると、あの口うるさい元王子とのやりとりはまるで夢のようだ。

 むしろ夢だと思おう、そうしよう、と自分に言い聞かせながら、私は一人家へと向かう。

 だが無理に彼の事を忘れようとたのがまずかったのか、一人歩いていると、黒歴史の所為で虐められていた小学校時代のことがふと頭によぎる。

 黄昏に染まる街を、一人泣きながら歩いて帰ったのは一度や二度ではなく、その度に「どうしてカルお兄ちゃんは来てくれないんだろう」と私は考えていた。

 彼が目の前に現れてくれれば、自分が勇者である事を証明できると、幼い私は考えていたのである。

 だがそれはあくまでも、幼い頃の話だ。現実的に考えれば、彼が来たところで状況が良くなった保証はないし、むしろ母あたりが「幼い子に嘘を吹き込んだのはあなたね!訴えてやる!」とヒステリックに叫ぶ画が浮かぶ。

 それを思えば、まだ今のほうがカルロスを受け入れやすいかもしれないと考えて、私ははっと我に返った。


 ――――いや、受け入れるとかあり得ないから!


 心の中で「あり得ない」と繰り返し、私は一瞬でもほだされかけた自分を律する。

 そんなとき、突然鞄に入れていた携帯が、軽やかな着信音を響かせ始める。

 取る前から嫌な予感がしたが、案の定ディスプレイには祖父の名前が映し出されていた。

「もしもしごめん、もしかしてカルロスが何かしでかした?」

『おいっ、何で俺が、問題を起こす前提なんだ!』

 けれど、聞こえてきた無駄な美声は祖父の物では無かった。

 そしてもちろん、私は咄嗟に通話をきろうと思ったが「きるなよ!」という言葉が邪魔をする。

「何の用?」

『お前が勝手に帰るから、心配になってテルフォンとかいう機械を借りた』

「テレフォンね」

 というか、『電話』と教えてあげなよおじいちゃん……と思ったがそれは言わずにおく。

『それで、今どこだ?』

「帰る所よ」

『それは分かるが、どこだ』

「家にはつれてかないからね。つけ回されたら嫌だし」

『つけ回す気は無い! ただ、一人で帰らせるのは危ないから送っていこうと思っただけだ』

 だから合流したいと、カルロスはどこか必死な声で繰り返す。

 それを「ふーん」と聞き流しつつも、私はちょっとだけ彼を見直していた。

 ロリコン趣味のストーカー兼ヒモ予備軍だと思っていたが、紳士的なところもちゃんとあるらしい。まあ王様だし、それすらなかったら問題か。

「大丈夫よ。もうすぐつくし」

『なら、せめて家まで電話は切るなよ。何かあったとき、駆けつけられないと困るからな』

「心配しすぎよ。日本は、カルお兄ちゃんの世界と違って安全だから」

 街道沿いに魔物が出たり、突然空からドラゴンが襲ってきたりはしないと言えば、カルロスは「そうなのか!?」とひどく驚いた様子を見せる。

 そういえば車にひどくビビっていたし、機械仕掛けの魔物が多い街だとか思っていそうだ。

「ともかく、私は大丈夫だから、もう切るね」

『待て、まだもう少し……』

「何? 今度は何が不安なの?』

『不安なんじゃなくて、その、お前の声をもう少し聞いて―――』

 カルロスの言葉の途中だったが、無意識に私は通話をきっていた。

 そして携帯電話の電源も、しっかり切っていた。

「……きもい」

 あえて言葉にしながら、私は携帯を鞄にしまう。

 そして大きく息を吐き、私は、何故だか少し熱くなっている頬に手を当てた。

 きもい。おっさんのくせに、あんな甘い声を出すなんてきもい。


 ――――でも、一番きもいのは、あの声にうっかりドキッとした私だ。


 この反応は、絶対によろしくない。ロリコン趣味のストーカー兼ヒモ予備軍のカルロスにこの反応はまずいと言い聞かせながら、私は歩みを早める。

「やっぱり全部、夢だと思おう」

 そうしなければ、絶対にまずいことになる予感を、私は抱いていた。

※11月25日 誤字脱字修正しました! ご指摘ありがとうございます!

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