勇者(笑)とおっさん
結局、先輩は屋上には来なかった。
「なんだこれ、すさまじくうまいな!」
そしてなぜか、先輩の代わりに現れたおっさんと、ファーストフード店でハンバーガーをつつく羽目になっている。……それも、私のおごりで。
「ねえ、あの人ちょっとかっこよくない?」
その上腹立たしいのは、周りの人(特に女子)がおっさんを注目していることだろう。
もう6個目になるビッグチーズバーガーに食らいつく意地汚いおっさんは、私が幼い頃に夢に見た異世界の住人で、本人曰く私の恋人らしい。
その話を聞いたときはそんなバカなと思ったし、自分の頭がおかしくなったのだと本気で思った。
けれどおっさんは、私以外の人間にも見えている。
店員さんのスマイルが向いていたのもおっさんにだし、今も周りからの視線を感じる。
たしかにおっさんの割には顔もいいし、視線が集中するのもわかるけど、そうなると今度はおっさんの話を受け入れなければならない。
それはつまり、あの夢は妄想では無かったことになるのだが、夢のせいでいじめられ続けた身としてはなんとも複雑な気分だ。
「それにしても、何でわざわざきたの?」
「俺の話、信じる気になったか?」
「信じたくないけど、一応状況は確認しておかなきゃと思って」
「さすが勇者、相変わらず冷静だな」
「今度勇者っていったら、チキンナゲット鼻に突っ込むわよ」
「それはあれか、遠回しに俺に名前を呼んで欲しいという……!」
全くもって、そんなつもりは無い。
「俺は、そういういじらしいお前に会いたくて遠路はるばるやってきたんだ」
「異世界から?」
「ああ」
よどみの無い笑顔を見ている限り、嘘をついているようには見えない。
確かにまあ、夢の記憶をたどると、元々嘘をつくような人では無かった。
「カルお兄ちゃん」と当時呼んでいた彼は、私が召喚された異世界にある大国「オルギアス」の第一王子で、ほかに二人いる王子の中でも特に親切にしてくれた。
だから幼い私は彼に懐き「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と呼び慕っていたわけだが……。
「それにしても、これは凄まじくうまいな!」
ケチャップを頬につけて笑うおっさんは、どこからどう見てもおっさんで……。当時の王子らしいきらめきは既にない。欠片もない。
「せめてあの頃のままなら、もうちょっと嬉しかったんだけどな」
「おい、心の声が漏れてるぞ」
「聞こえるように言ってんのよ」
私の嫌みに、ようやくおっさんは気づいたようだ。
「何が不満なんだ」
「年齢と顔かな」
「素直に言うな、傷つくだろう」
「だってさぁ、あれがこれだよ?」
「これ呼ばわりするなよ。それに、国では威厳のある国王だって評判なんだぞ」
「えっ、カルが王様になったの?」
「そりゃあ、俺が長男だし…」
「なのに、こんなところに来て良いの?」
私の質問に、おっさんはわかりやすく目を泳がせた。
「……うん」
「あ、なんか今間があった!」
「い、いいんだよ俺のことは」
「よくないよ。王様なら、国を離れちゃだめでしょう?」
「そこら辺は、一応ちゃんとしてるから平気なの」
「本当に?」
「お前、そんなに俺に返って欲しいのか?」
「だって、正直もてあまし気味だし」
「もてあまし気味って何だよ。もう少し喜べよ」
「私も色々あったの。それに、来てもらったところで歓迎できる余裕も無いし」
カルロスの食べたハンバーガーのせいでお小遣いは減っていくし、そもそも彼の事に心を砕いている余裕は無い。
彼との会話で忘れているふりはしているが、何せ私は今失恋中である。
「先輩、どうしてこなかったんだろう」
「おい、俺の前でほかの男の話はするな」
「初恋だったのになぁ」
「さりげなく俺を数に入れてないだろう!」
「今日でもう卒業しちゃうのに……もう会えないのに……」
ぐすんと鼻をすすれば、唐突によれたハンバーガーの包み紙が差し出される。
「何これ嫌み?」
「涙をふけって事だ! ハンカチは次元の狭間で落としてな」
「それなら、せめて紙ナプキンの方にしようよ」
と、思わずツッコミながら見れば、カルロスは別のハンバーガーの包み紙で自分の口をぬぐっている。
どうやら、彼はこれをちり紙か何かだと勘違いしているらしい。
「ほらふけ」
「そういうときは、使うのこっちね」
「……!」
慌てて紙ナプキンに持ちかえたカルロスの顔は真っ赤で、少し面白い。
そういうところを見ていると、ほんの少しだけ失恋の痛みは紛れたけれど、少しだけ、不安もよぎる。
「この世界のこと、何も知らないままきたの?」
「幼いお前に教えてもらった知識はある」
「何教えたっけ」
「ガリガリ君という、おいしい食べ物があるとお前は良く話していた」
「ガリガリ君……」
もっとほかの事も教えておけと、昔の自分を説教したい気分になる。
「あとは、こちらに来て学ぼうと思った。私の国にはこの世界に関する書物もほとんど無いし、調べる余裕すら無くてな」
「焦ることでもあったの?」
「お前に、一秒でも早く会いたかった」
「ふーん」
あっそ、と言う顔をしたら、カルの顔が泣きそうに歪む。
「もっと嬉しそうにしてくれ! こっちは20年もお前に恋い焦がれてここまで来たんだぞ」
「っていうか、それちょっと危なくない? あったころの私は幼女だったし、それにずっと会いたがるとかロリコン?」
「ロリなんとかの意味はわからないが、無性に否定したい衝動に駆られるな」
「小さい女の子が犯罪的に好きって意味よ。カルロスそっち系なんだ、へー」
「俺はお前だから愛しているんだ!」
「そういうこと、大声で言うのやめてよ。高校生とおっさんだってかなり犯罪なんだからね」
「この世界では、年齢が愛を妨げるのか?」
「まあね」
「だが俺は異世界人だ、問題ない」
いや、大ありだとおもうが、言っても聞く顔ではない。
「確かに年齢の差はあるし、かつてよりその差は開いてしまったが、それでもこの愛は不滅だ」
「なんか重い」
「重くもなる、あちらの世界では20年もたったんだぞ」
「その間、誰かいい人いなかったわけ?」
「お前だけだ。だからこそ、全てを捨てる覚悟で来たんだ」
「やっぱり重い」
「お前だって、俺と結婚すると言ってくれたじゃ無いか」
「小さい頃の約束だったし、真に受けられても」
「じゃあれは、嘘だったのか?」
そう言われるて否定できないのは、夢の内容を割とリアルに覚えているからだろう。
「たしかにまあ、あの頃は好きだった気もする」
「気もする!?」
「優しかったし、かっこよかったし、若かったし」
「まだ、優しさはある」
一応おっさんになって諸々がかすんだ自覚はあるらしい。
「でもあのときのことは私にとっての夢なのよ。だからいつまでもカルロスのことばっかり考えてられないし」
「だが、俺はこうしてお前の現実に来たぞ」
「だからって、すぐに受け入れるのは無理よ。世界が違いすぎるし、おっさんだし」
無理な物は無理なのだと言えば、ようやくカルロスは黙る。
だがその顔にあきらめの表情は無く、私の不安は募るばかりだ。
「とにかく、帰った方が良いよ。私よりよっぽど、カルロスを必要としてくれる人がいるんでしょ?」
「だが、俺に必要なのはお前だ」
まっすぐな言葉と瞳を向けられると、さすがにちょっとだけどきっとする。
よくみろ、相手はおっさんだぞと慌てて言い聞かせたが、心臓はまだ戸惑うように高鳴っていた。
「重いと言われようが、20年ずっとお前に会いたかったんだ。だから、そう簡単に引く気は無い」
「でも……」
「それに引きようも無いしな」
「えっ、どういうこと?」
「俺はもう、国には帰れないからだ」
思わず、私は言葉を失った。
「そんな、あからさまにがっかりした顔するな!」
「でも、王様なのに大丈夫なの?」
「そこは問題ないと言っただろう。俺は全てを捨て、お前と愛し合うためだけにやってきたんだ」
言うなり私の手を握り、カルロスはじっと私を見つめる。
「なんとしても、昔の気持ちを思い出させる。たとえ、どれほどの時間がかかってもな」
「それってつまり、ずっとここに残るって事?」
「俺はもう、お前の側から離れるつもりはない」
「そう簡単にいかないよ! 住むところとか、食べるものはどうするの?」
「ん?」
「ん? じゃないよ!」
重すぎる気持ちと覚悟でやってきたわりに、この顔はノープランに違いない。
しかしここまで来て、彼を放置するわけにもいかず、私は頭を抱える。
「もしかして、私のヒモにでもなるつもり?」
「そんな細い物になるつもりは無い。そんな物では、お前のことを守れないからな」
異世界ならともかく、この世界で彼が私を守るようなことはたぶん無い。
むしろ私が彼の世話をするのは目に見えていて、私の胃はしくしくと痛み始めた……。