第4話
珍しく二度寝から復活できた俺は学校へと向かった。
『今日の1位は獅子座のあなた♪
落とし物が見つかって安心!ついでに見つけ主とそのまま恋に落ちよう!
ラッキーカラーは、レェッッド‼︎』
到着した駅前のカラービジョンが盛大に声を張る。真面目に聞いてる人などいるのだろうか。というか、最後のセリフって確か…(ry
ポンポン。
…ん?右を向く。ぐさっ。指が刺さる。
俺はこの瞬間誰が横にいるか理解。
「おはよー、相変わらずしょげてるねぇ、遥也。」
「おはよー恵。…って地味にひどいこと言うなよ。」
恵は、方面こそ同じだが、路線が違うため実質的に会うとしても学校の最寄り駅から。今日はそこで会ったというわけで、
「ねぇあんた、ちょっとは海浜祭のこと、頭にあるわけ?」
「あるよ、昨日は珍しく永瀬と考えてたんだ。」
「ふーん。ま、どうせくだらないから聞かないでおくわ。そうねぇ…最後なんだから、やっぱりパーッと明るいような、思い出になれるようなこと、やれるといいわ。」
「…お、案外永瀬と同じようなこと言ってるぞ、恵。」
「なによそれ、いかにも私がバカみたいじゃない。」
「さぁな。ご勝手にー。」
「ったく、あんたらはホントに…。
というか遥也、昨日からなんだか元気じゃない?」
「さっきしょげてるって言ったのは何処の誰さんですかね…。」
「違う違う、表情よ。表情。」
(え?なにも変わらんだろ…。)
「なんかいいことでもあったの?ひょっとして女の子に告られた?」
「はっ、そんなことがあったら恵の噂レーダーで周知されてるだろ。」
「そうかもね〜。ま、そーゆーことがあったら自ら名乗りでるように。」
「そーゆーことってなんだよ。大体、なんでお前に関係あるんだ?」
「えっ、いや…。さ、さぁどうでしょうねー。要するに自首がオススメってこと。わかるわよねー。」
…いやわかんねぇよ。てかなんで口ごもったし。
気がつくとすでに学校は目の前だった。俺たちは校舎へと入っていった。
「ほぉ〜相変わらず幼馴染とラブラブ登校ですかぁ?」
「違うわよ!ただの話し相手じゃない!からかわないでよー。」
…。クラスに入るにいなや、恵は通称‘イツメン’女子の輪へ入っていった。
俺はそんなことはお構い無しに、こちらも通称‘定位置’に腰掛ける。
「おはよ、遥也。今日も寝ぼけてんのか?」
「いや、今日は寝ぼけてねぇぞ。」
(いつもだがお前のほうこそ寝癖なんとかしろ…)
「ねーねー遥也、あんた好きな女子ができたっての本当?」
ふぁっ?…っといつの間にか恵がそこにいた。
「はぁ?どこからそんなデマが。」
「デマじゃないのよねぇ〜線路沿いの公園であんたらしき人と女子を見かけた〜っていうのが、噂になってるわよ。」…恐るべしイツメン女子網。
「恵、説明しよう!」は、永瀬…?
「遥也にはな、生き別れた妹がいたんだ!そして!あらゆるバーチャルワールドをくぐり抜け、仮想世界から抜け出した2人は、あの場所でついに再会を…。」
ごんっ。んなわけあるか。てかその設定はダメなやつだろ…。
「…っと、とにかく、噂だろ、そんなの。第一、俺はそんな場所わざわざ行きたくないっての。」
…はっ。しまった。つい声を張ってしまった…。広末に聞かれてしまっただろうか。今の言い方は誤解を招きかねない。
「ふーん、ま、遥也がモテるわけないし、ロマンチストでもないからありえないわねー。そんじゃ〜」
一件落着、か…。恵はなんでそんなことを聞いてくるのだろうか。
「遥也…いまのゲンコツは朝から頭に響いたッッ…!」
涙目の永瀬。あれ、弱めにしたはずだってけど…まぁいいや。
ともかく朝からだるい授業だった。
もう3年目となると、皆教師陣に新鮮味はなく、お互い期待することもないためか、『今年度の初授業』でも淡々と授業も進んでいった。
3.4時間目は家庭科の実習だった。
去年に引き続き、頭から裁縫の実習があった。
おのおの、家庭科の教科書ノートに加え、裁縫箱とやらを抱えて、教室を移動し始めていた。
「…永瀬、お前大丈夫か。」
この男、生きている気配無し。先述のように、永瀬はガチな家庭科オンチ。
針の穴に糸を通そうとして気を失って運ばれたのは、我が校の伝説に入るレベル…だとか。
「…。裁縫箱で家庭科室縫い付けられないかな。」うわマジ嫌がってるし。
「針の穴に糸通せない奴がなーに言ってるんだか。」
すると、移動する生徒の前方から恵の声がした。
「遥也、あんた教室のカギ閉めてきてよねー」
あー。そうか、クラス委員長だから閉めねば…って恵、あんた俺を駒にしやがって。
「…はぁ。まぁ閉めてくるわ。」
「遥也、予鈴に遅れて掃除罰もらわないように早く来いよー」
「おうおう。」
…俺は廊下を小走りで戻り、教室を閉めに向かった。
移動教室の際は、盗難や問題発生を防ぐために、カギを閉めるのが我が校の鉄則だった。
「…っと。誰もいないよな、、。」
俺は教室を見渡して……
……広末がいた。
「「あ…」」
お互いの声が重なる。
……。
「えと、…鍵閉めるからな。」
「…あ、その、…鍵置いといてください。ちょっと物を探してるから…。」
たしかに広末は自分のロッカーをガサゴソしていた。
俺はちょっと気まずいのを逃れようとして、
「どうした?裁縫箱忘れか?」
冗談めかく言ってみた。すると、
「あはは、そうじゃないんですけど、、、実は針の刺した針鉢だけを忘れちゃったみたいで…困っちゃいました。」
照れ笑いながら答えるも、その返事には弱く聞こえた。
そこで俺は自分の裁縫箱を空け、
「…これ、使って。」
俺が差し出したのは、赤い小さな針鉢…。
「え、でも池田くんのは…。」
「いや、俺のはあるんだ。まぁちょっとした理由で、いつもそれ、持っててさ。…だから、ほら。」
語尾が変になった。なぜだ。
「…えと、じゃあ、、。ありがとう。
…私、ホントに抜けてますね。」
また、微笑んだ。俺もつられてニヤけてしまった。
♪キーンコーンカーンコーン♪
「やっべ、予鈴鳴った…っ。掃除罰喰らうから早く行くぞ!」
「あっ、はい!……えっ⁇」
「あっ…。」
気がつくと俺は広末の手を引いていた。その、細く白い手を。
…。
「あっ、いや、その、…ごめん。」
「いえ……。」
………。
「…、ほら、い、行こう!」
…これって変態行為?
俺らは教室の外へ急ぎ、俺は鍵を閉め、家庭科室へ向かった。
…案の定間俺だけ掃除罰喰らった。押し付けたくせに笑うな、恵め。
(まあ、広末が居残りにならなくて済んだならいいか…はあ。)
「…あーあ、遥也、初っ端から掃除罰喰らうなんて、だっさいねぇ。」
昼休み。食堂で永瀬に煽られる。
「るっせーな。その、鍵の場所が、分かんなくてな…恵の奴が隠したんじゃ…ってくらい見つかんなかったんだよ。」
「ほーん。誰かと話してたりは?」
「…してないから。」
もちろん、本当の事など言えるかっての…。
「まぁ家庭科はめんどくさいねー。
今日なんか俺は何度針を指に…。」
「そんなに刺さるお前はやばい が…。」
永瀬の右手には、目視でもわかる傷跡がいくつもあった。
「ところで遥也、今日から塾か?」
「ああ。そうだ。だから、今日は家に入るなよ。」
「わーったよ。そんじゃ、俺はサブグラウンドに〜。」
昼下がりは多くの暇を持て余した男子が、ピロティ脇で比較的静かなサブグランドで寝そべったり、座り込んでいる。永瀬は、そこで少し昼寝をするのがルーティンだとか…。
塾の宿題やらねば。俺は教室へ戻ることにした。
5時間目の現代文を恩恵のごとく、内職と居眠りに使い、6時間目は鬼教師の有機化学に耐え、1日を終えた。
「じゃぁねー遥也。せいぜい掃除頑張れ〜。」
…恵にからかわれる。はぁ。
永瀬や他の奴らとも別れ、俺は一人家庭科室へ罰の消化へ向かった。
「じゃあ、ホウキで掃いて黒板綺麗にしたら撤収でいいわよー。」
家庭科の山田先生の言葉を受け、俺はせっせと掃き掃除から始めた。
…いつも気になるが撤収ってなんだ。
…。ふきふき。…。はきはき。
…あれ、誰か来た?入口を振り返ると、そこにいたのは、広末だった。
「…え、どうしたの?」俺は聞く。
「あの、これ、まだ返していませんでしたから…。」
針鉢だった。そうだ、俺は貸したまま忘れていた。俺はそれを受け取る。
「ああ、ごめん、そうだったな…。
あは、…俺も大概抜けてるな。」
「そんなことないです!私が、忘れていただけで…ごめんなさい。」
「いやいや、謝んないでよ、大丈夫だからさ。」
「…それに、掃除罰、池田くんだけに……。」
「あはは、運が悪かっただけだよ。」
「怒ってないですか?」
「え?」
「私が、その…手間取ってなければ…。」
「いや、そんなことないよ、ホントに。大丈夫だよ。」
「…本当に優しいんですね、池田くん。…ありがとう。」
「うっ…うん。」
俺はいつも、この笑顔にやられている気が…うんなんでもないな、落ち着け俺…。
「手伝います!」
「え?」
「手伝わせてください。」
「…じゃ、黒板、頼んでいいか?」
「任せてください〜」
俺は黒板に背中を向けながらホウキを掃いた。けれども、ときおり振り返ると…身長が低いながらも精一杯、広末は黒板の隅から隅まで綺麗にしていた。そんな姿を、つい見つめてしまう。
「…終わりました!」
「え、あ、ああ。」って速いな。
ゴーストバスターズかよ。
ものすごく綺麗になった黒板がそこにはあった。広末すげぇ…。
「ええと、それじゃあ山田先生に言っとくから、…えと、またな。」
「あ、…はい。また、です。」
…ん?広末は残念そうにしている?
いやいやいやいや、俺が勝手にバカな考えをしているだけ…だ。
掃除を終え、俺は駅とは反対側に位置する塾へ向かった。
ついでにいつものレコード店に寄り、少しの時間を潰して、塾へ入った。
今日の塾も、学校のように初授業だった。古典の苦手な俺は、迅さんに頼んで、去年から取っている個別の数学に加え、古典の授業を取ることにしていた。ありがたや迅さん。
「こんにちは!いつも元気な週末ヒロイン七色ミツーバーが大好きな、和田といいます。どうぞよろしく!」
えぇ…。面白い教師に出会った。歳は若くないのに元気に溢れているような人だった。幸いにも教え方は上手かった。
「それでぇはぁ!週末ヒロイン七色ミツーバープラスα和田ちゃんでした!see you next week!」
…はあ。テンション高いな。
退屈せずに授業を終え、帰ろうとしていると…
「あれ?池田遥也くん、だっけ。」
…誰かに話しかけられた。
「…あ、えと、上川だよな。」
上川凪葉。去年も同じクラスだった。
恵の、通称‘イツメン’の一人だった。
「あ、覚えてるんだ?…ここは初めて?」
「まぁ、去年は個別だけだったから。集団は初めてだな。」
「私、この先生の授業、去年から取ってるの。面白いけど、身になるのよ。
その、…わからないことがあったら私に聞いてね。」
「はぁ。そりゃご丁寧に…。」
…七色ミツーバーの事は教えなくていいからな。
俺と上川は帰り方面は同じだった。
「遥也くん、って呼んでいい?」
「…まぁご自由に。」
「えと、遥也くんさ、突然だけどさ。その…恵のこと、好き?」
…は?
「え?どーゆー意味… 」
「いや、その、…いつも2人、仲良くしてるから。てっきり、そうなのかなって。」
「…。いや、幼馴染だから何かと馬が合う、それだけだよ。どうかした?」
「え、いや、なんでもない。ごめん遥也くん、変なこと聞いて。」
「あ、ああ。別に…。」
俺が降りる駅で、上川とは別れた。
…最後までさっきの質問が分からなかった。
「はたから見れば、幼馴染同士のやりとりってそう捉えられたりすんのかなあ…。ま、恵とのことだから大丈夫か。」
幼馴染。それは深すぎる友人とも。
それゆえのシガラミに苦しむ日がいつか来ることもあると、どこかの小説で読んだような。まぁ今は気にしなくていいか。
恵。紛うことなき幼馴染。
あいつとは幼稚園からの付き合いだった。
いつか聞かされた話によれば、いつもままごとで恵が妻役、俺が夫役…のように、オシドリ芝居をしていたとか。
正直あまりよく覚えていない。
引っ越して以来、ここに戻るまで恵とは会わず仕舞いだった。
「恵、か…。思えばあいつに色々世話になった、ってことなのかな。」
かけがえのない幼馴染。いつまでもそのままでいられれば、俺はそれでいいと思っていた。
ここで、俺は考え事を思い出す。
(なぜ、そんな楽しかったはずの小さな頃の記憶が薄いのだろうか…。)
正直、幼少時代の恵も、若かった頃の父親、そして母親の事も、はっきり覚えていない。
もともと忘れっぽいというか、抜けているような、という性格だったとは思うが、何も記憶喪失みたいな感じまで……。
不思議だ。俺はそんなことをひとまず忘れたくて、尾崎を聴きながら遅めの夕飯を食べることにした。