第1話
今日は春を象徴するような明るい空の色だった。
季節をバカながらに実感しながら、今年度のクラスはどうなっているのか、なんてくだらないことをふと思っていた。
いつものように、俺は尾崎を聴きながらながら駅へと急いでいた。
その時…。
「ん?」
駅の手前になにか落ちているのを見つけた。
生徒手帳。見覚えのあるデザインは、確かに同じ学校だった。
2年B組 広末百佳
「どうしようか、これ。」
俺は困った。
持ち主の名前だけは知っていた。ただ、話したことはおろか、ロクに顔を知らなかった。
「ま、学校行けばわかるか…」
とりあえず拾い、しまっておいた。
俺の学校は駅から2つ乗ったところから徒歩5分にある。
海に面し、鉄道跡地を転用しただだっ広いグラウンドを持つ。
家からもおよそ20分と近い立地だ。
1年間の通学で、この辺りはだいぶ慣れてきた。まぁ、昔住んでいただけあるのだけれど。
学校へ着くと、校舎のピロティに人だかりができていた。新しいクラスの名簿が貼ってあるからだ。
お互い同じクラスになれてはしゃぐ女子や、意中の人と同じクラスになれたのか頬を赤らめる奴、担任の名をみて不満な表情を浮かべる奴…と、様々だった。
正直あまり関心がなかったが、遠くからその名簿を見ていた。
3年A組
1番 池田 遥也
(うわ、頭クラスの1番とか面倒くさいな…。)
目を名簿の下方へむける。なんとなく、女子欄を気にしてみた。
…
…
36番 広末 百佳
「マジか…。」
生徒手帳の主発見。
同じクラスなら簡単に渡せるか…。
すると、
「よ、遥也!」高い声が聞こえる。
永瀬だった。
永瀬巨治。俺が転校してきてから唯一、真に仲のいい友人と呼べる奴だった。
「また、同じクラスじゃないか。ラッキー」
「まぁな。クラスがうるさくなるけどな。」
「そりゃどういう意味だ!
まぁ、いいけど。それより、なにを見てたんだ?」
「へ?どういうことだ?」
「いや、名簿の女子欄を見てたからさ。なんだ、ひょっとして好きな奴でもできたか?」
…鋭い。っていや、好きな奴がいるわけではない。
「違う違う。ただ眺めてただけだ。」
「まぁな、そーゆーことにしておくわ。」
…ニヤっとすんな。
「てか、また恵も同じだぞ。なんだこの腐れ縁は。」
恵。柏木恵。幼少からの俺の幼馴染。
俺が再転校し、ここに戻ってきてから再会したような形である。
「…おぇーまた面倒にうるさいやつと一緒かよ。」
「それ聞かれたらボコられるぞ。」
「ホント恵いるといちいちうるさいs…。」
ごんっ。
予想的中。ありがとう神様。
「あんた~誰がクラスの核爆弾ですってー??」
…合ってるけどそこまで誰も言ってないだろ。
「よ、恵。また同じクラスだな。」
「また手のかかる奴がふたりもいると困るわね…」
恵は去年もクラス委員長だった。今年度も立候補気満々のご様子で…。
「ほら、こんな時間だから早く教室入りなさいよね。」
確かに。時計は8時28分を差していた。
「おーい、永瀬、置いてくぞ」
…永瀬はまだ恵のゲンコツを痛がっているようだった。
「まったく、こいつらといる時は楽しいもんだな…。」
そんなことを考えながら、教室へ向かった。
つまらない担任の挨拶、つまらない全校集会、つまらない校長の挨拶を終え、やっとこさ下校の時間を迎えた。
俺は大抵、永瀬と共に帰っている。
「あーあ、クラスの女子はハズレランクがほとんどだなぁ。気持ち悪いのしかいねぇよ。」
「永瀬、そんなことを簡単に言えるお前も気持ち悪いぞ…。」
「ひでぇ!…ま、何人かいい人はいるんだけどねぇ。遥也、教えてやろうか!」
「いや、いい…」
「まぁ教えてやるよ。ヒヒヒ」
(まぁ適当に聞いとくか…)
永瀬は女の子に目がない。といってもタラシできるほどの容姿でもないことは、自他共にわかっているから面白い。おまけに低身長低…うん、このくらいにしておこう。
永瀬の話はまだ続いていた。
「…こんな感じだ。どう?」
「いやどうって言われても困るわ。」
「で、最後の5人目だ。」
(もうそんなに話してたのかよ…)
「それはな、36番の広末さんだ。」
…え、あ。
忘れていた。拾った広末の生徒手帳、渡してなかったことを。
(まず探すことすらしなかったな…。)
「どうした、遥也!急にそわそわしやがって!…興味あるのか?」
「ふぇえ?」
ニヤけた永瀬に突かれて、つい素っ頓狂な声が出てしまった。
(永瀬は相変わらずこーゆーのには鋭い…。)
「いやな、実はというとな…今朝、駅で拾ったんだ、これ」
俺は生徒手帳を永瀬に見せてみた。
すると永瀬はいきなりこう言った。
「遥也、お前落ちぶれたな…」
(は?なんのこっちゃ…)
哀れむ表情で俺を見る永瀬。
「女の子の生徒手帳を奪って舐め回しているなんて、淫らだぁぁぁぁ」
ごんっ。とりあえず殴っておいた。
「そんなことするかよ!ガチで落ちてたんだよ。」
「ほーん」
…鼻の下を伸ばすんじゃない。
「まあそーゆーことにしておく。
教えてやろう。広末はな、あんまり目立たないけど意外とかわいいんだぞ。まぁ胸は小さ…」
ごんっ。そんなことは聞いてない。
「永瀬。おまえはどこ見てんだ。」
はぁ。話したの間違いだったか。
あっという間に最寄駅に電車が着く。
俺と永瀬は方面こそ少し違うが、同じ駅を使って登下校をしている。
「じゃあな、広末さんと仲良くな」
「おいおまえの脳内どうかしてるぞコラ。」
「ふふふ。まぁいいじゃん。
…というか、遥也さ、普通に考えてこの駅でそれ拾ったんだったら、広末さんもこの駅を使ってんじゃね?」
…やはり無駄に鋭いな、永瀬。
「ま、そういうことなのかな。」
「ほほうやはり気になってる。」
「ぅるせーやい。…じゃぁな。」
確かに俺は、生徒手帳そして広末のことも、気にはしていた。
「ふぅ…。いつもの公園でも寄っていくか。」
公園とは、帰り道を少し外れたところにある。大通りから小道へ抜け、鉄道の切り通しの上の開けた高台にある。
土日祝の花見時しか人は訪れないような場所ため、俺にとって独り占めできるような良い空間となっていた。
俺にとっては、思い出の場所でもあるんだけど。
公園の崖に面した柵にもたれかかって、通り行く電車を眺めながら時間を潰していた。
「…ふぅ。ここに来ると落ち着くな。」
…。風が吹く。まだ残桜の花びらが一勢に散る。俺はその風景がなんとなく好きだった。何もかも包みこまれていって、忘られるような気がして。
桜の花びらは散りながら、何か渦を巻くように流れていく。不覚にも俺の視線はその渦をたどっていた。
辺り一面を薄いピンクを彩っていく。
すると…導かれるように、俺の視線は1つのシルエットに辿り着いた。
同じようにして、散りゆく桜の花を見ている人を見つけた。
不覚にも目があう。俺はつい目を逸らそうとした時、その人は少し恥ずかしそうに微笑みながら、
「いつも、ここにいますね。」
そう話しかけてきた。
しばらくなにも答えられなかった俺に、彼女は続けた。
「あ、ごめんなさい…つい。私もこの景色が好きなので……」
少し、いやだいぶ恥ずかしそうに、そう言った。
俺はとっさに返す言葉を探していた。
「いや、俺も、この景色は大好きだ。なにか、不思議な気持ちになる。」
そうは言ったけど、俺も恥ずかしく、目を逸らした。
ふっと…また目が合う。すると同じ学校であることが制服からなんとなくわかった。
(まさか、こいつが広末?)
俺は聞き流しのつもりながら、永瀬の言った広末の特徴をなぜか覚えていた。
長めの黒髪、ゆっくりとした丁寧な口調。整った体型、マニア心くすぐる胸…最後のはなんでもない。
「えと。もしかして、君は、広末…さんか?」
「え?」
少し驚いたようだった。自分の名を知られていることに驚くようだった。それでも少し不安ながらもなぜか笑みを浮かべてこちらを向いた。
「はい、3年A組の広末百佳です。」
…向こうも俺が同じ学校とわかったのだろうか。
「あ、えと。俺は池田遥也。同じA組だ。」
にかっ。え、なぜかまた笑みを浮かべられた。
「知ってます。今日永瀬君たちと名簿を見て、楽しそうにしてました。」
(あのやりとりを見られてたのかよ。)
……。
肝心なことを伝えねば。
「あ。あのさ」
「はい?なんでしょうか?」
「これ、今朝見つけたんだ。ほら。」
俺が差し出したのは、彼女が持ち主である、去年度の生徒手帳だ。
「俺、広末のこと全然知らなくて、その、…すぐ渡せなくて悪かったな。」
差し出した生徒手帳に、広末が手をとった。思ったより細長い、白い腕だった。
「あ!落としてたなんて。…私結構抜けてるところがあって、…その、ありがとう。ありがとうございます」
「いや、そんな、大したことじゃないよ。」
「…中、見ましたか?」
「へ、いや、名前と顔写真を、見るくらい…。」
「…顔写真見ちゃいましたか?」
「え、うん。」
…なんでそうすごく恥ずかしがっているのか。顔を赤らめられた。
「そ、その、去年の写真、すごく変な顔してて気に入ってないんです。
え、えと、今はそんな表情してませんよね?」
え、なんで振ってきたし…。
「えっと、まぁ。さっき桜を見ている表情は、…すごく綺麗だった…。」
!?…変なことを言ってしまった。
「ふぇ?え、えええ」
…微妙な空気になってしまった。
でも、
「それはよかったです。」
彼女は笑っていた。
なぜか、俺はそれをじっと見つめてしまった。
俺は必死に話題を逸らした。
「◯◯駅使ってるんだよな。こっち方面、なの?」
「あ、うん。その、◯◯のあたり。
私の家は不動産屋さんなんです。」
「そうなんだ…」
…また微妙な空気に。
「え、えと、広末。でいいか?」
「は。はい…?」
「…俺、あんま学校じゃ女子と話さないんだけど、なんか広末とここで話せて落ち着いた気がする。だから、こ、これからもよろしくな。」
「…うん。私も学校じゃあまり友達いないから、こうして池田くんとお話しできて楽しかっです。」
…なんだこの寂し者同士が落ちあっちゃいました的な感覚は。
広末は、あの学校にはあまりいない、大人しいタイプのようだ。
「えと、じゃあな。」
俺は帰ろうとした。少し恥ずかしかったこともあってだ。すると、
「あ、い、池田くん…」
広末に呼び止められた。
「あ、明日もこの場所に来ますか?」
「え…」
「私、この場所が大好きなんです。何か、いろんなこと忘れられて、すごく落ち着くんです。だから、その、、、池田くんも一緒にいてくれると嬉しいかなっ…その、そう思います。」
俺は返答に躊躇ったが、素直な言葉を返した。
「そうだな。きっと明日もここにいるんだろうな。…そのとき、俺1人よりはいいかもな。」
…あれ。俺はなんでこう答えているんだろうか。すると広末はニコっと笑ってくれた。
「よかったです。あんまり私こうして男子と話すことなくて…えへへ。優しいんですね、池田くん。」
…うっ。
思わずその笑顔に俺は返す言葉を失ってしまった。思わず顔が赤くなった。
「えと、その。俺帰るな。だから…」
俺は言ってみることにした。
自分が今抱いている感情を確かめてみた。
「だから…途中まで一緒に帰らないか。」
広末は少しびっくりするような表情だった、それでも、広末は言った。
「うん。帰ろう。」
そうして俺の方を向いた。
俺達は帰り始めた。再び強い風が吹き付け、散りゆく桜吹雪を背に。
夕日は、すでに水平線に達していた。
それでも、煌々と照りつける大きな光は、暖かくて、美しかった。
俺は何か不思議な気持ちだった。
広末とこうしていることが、まるでいままでもあったかのように思えた。
初めまして。enzymesと言います。
この小説は、僕自身が青春時代に経験したことも含んでおります。(人物は実在しません。)
作中、文章の表現から場所が特定されるかもしれません 。笑
投稿ペースはわかりませんが、必ず完結させますので、どうかお付き合いお願いします。
ご報告や、スピンオフは随時マイページで公開しますので、こちらも見ていただけると幸いです。
能無しの書いた渾沌ラブコメ。意外と奥が深かったりしますが皆様に愛される作品になれると嬉しいです。