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「気がついたかしら?」


凛とした声が、目を覚ました少年の耳に飛び込む。


いまだ覚醒しきってない頭は重たく、持ち上がらない。

いや、頭だけではない。少年は気づく。

体全体も意識が切り離されたように、動作はおろか、感覚すらない。

恐慌した思考で、少しでも状況を把握しようと、少年は必死に目だけを動かす。


赤い絨毯、遠い壁、色とりどりの窓硝子。

どうやらここは何かの広間らしい。

少年はおぼつかない思考であたりをつける。


自分の体を見てみれば、己を縛る拘束は何もない。

しかし、体と脳は依然として切り離されたように、動かすことができない。

まるで他人の体を間借りしているような感覚。


「自分の身体じゃないみたいでしょ」


クスクスとどこかから笑う声が聞こえる。

先ほどと同じ声だ。

しかし、姿は見えず、声が反響しているため、どこから聞こえているのかもわかりづらい。

唯一動く眼球だけを頼りに声の主を探すものの見つからない。


「まだ術式を受けた影響が残ってる証拠」


今度は先ほどよりも近い位置から聞こえたと思えば、いつの間にか、少年の目の前に影があった。

奥から届くボンヤリとした光源によって暗くなっているが、スラリと伸びたそれは脚だとわかる。

それを辿って上に視線をずらせば、黒いシルエットとそこに浮かぶ二つの青い光があった。


這い蹲る少年を嘲笑うかのように弧を描く青い眼光。

少年は得体の知れない気味の悪さを感じて、思わず逃げようとする。


どうせ動けないのだろうと思っていた少年だったが、その思惑とは裏腹に少年の体は起き上がっていた。


「!」


影もそれに驚いたのか。驚いたように眼光が大きく見開かれる。

その光景を横目に少年はその勢いのまま、立ち上がろうとする。


しかし、完全に覚醒しきっていない体でそんな無茶が出来るはずもなく。


「ぅあ」


少年の体がぐらりと傾き、思わず間抜けな声が出る。

しかも前方向、影のある方に傾いてしまったため、少年は影を巻き込んで床へと倒れ込んでしまう。


「きゃっ」


そんな可愛らしい声が聞こえる。

声の主は、高級感溢れるシャンデリアの光を受けた少女、あの時の青い少女だ。

その少女はといえば、少年に押し倒される形で床に体を投げ出している。


もはや、使い古された典型的な構図。

お約束通り少年の右手は少女の程よく膨らんだバストをがっちりホールドしている。


やや時間をおいてようやく悲鳴が上がる。


ただし少年の口から。


何が起こったのか、少年の体が吹き飛ばされたのである。ただの殺気で、である。


訳のわからないまま、少年が体を起こすと、少女の右手には槍が握られていた。

少女の身長ほどもある柄の先端では、磨き抜かれた刀身が、白銀を通り越した純白の輝きを放っている。

さらに、その刀身を中心に蒼炎が渦巻いており、その熱気が少年の鼻先をかすめる。


「……!」


少年は一歩、二歩と後退する。

退かねば焼かれるぞ、と警告する本能に従って。


「ねえあんた死にたいの?」


少年は全力で首を横に振る。

がちがちと震える口の代わりに、目で無実を訴える。


「そんな目をしてもダメよ」


表情のない少女はそう呟く。


一歩、少女が歩み出る。少年は下がれない。足が震えて思うように動けないのだ。


少女がさらに一歩進む。槍にまとわりつく殺意の塊のような蒼炎が一際大きく燃え上がり、少年の肌をチリチリと焼く。


「そんなに怖がらなくても、一瞬で灰にしてあげるわよ」


少女が、猛獣すら震え上がらせるような冷笑を浮かべる。


「痛みすら感じることが出来ないくらいに」


そして息をつく間もなく、蒼炎が大きく燃え上がり、少年を焼き付くさんと轟音を上げて迫り来る。


しかし、どういうわけか蒼炎は少年に届く前に、ふっと消えた。


「……」

わずか一瞬とはいえ死の恐怖を一身に受けた少年は、動くことはおろか、声を発することも出来ず、震えるばかりだ。

比喩抜きの地獄の業火に当てられたのである。


少年は震えの止まらないまま、なんとか首を持ち上げて、同じく身動きひとつない少女の様子を伺う。

自分を灰にするはずであった蒼炎が消えてしまい、さぞや悔しさに震えているのだろうと、少年は思っていたが、違った。


少女は冷たい眼差しはそのままに、つまらなさそうな、あるいは拗ねたような表情を浮かべていた。


「よかったわねあんた。私の眷属で」


眷属?


少年にはまるで理解出来ない。


「分かりやすく言うと、あんたは私の奴隷ってこと」


奴隷になった記憶はないが、先程少女が言っていた術式と何か関係があるのか。少年は考える。


「あんたの意識が飛んでる間にやらせてもらったわ」


なんて勝手な。


「でも相手を自分の物にするにはそれなりの代償も必要」

「それがあんたを殺せない理由」


やはりまるでわからない少年を、少女はつまらなそうに一瞥すると、次の瞬間には空気の中に掻き消えた。


少年の体がまともに動くようになったのは、その半日後であった。

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