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死神少女と,幸せ者の死にたがり。

キラキラ輝く街の光。

僕はただ、それをぼーっと眺める。

血液みたいに流れる車たちと、人々の喧騒を肌で感じていた。

空を見上げる。

濁った紫色をした夜空は、真っ黒な僕自身に似ていた。

やけにネガティヴな感想にため息を吐く。

でも、今ばかりは仕方が無いだろう。

・・・だって、僕は今から死ぬのだから。

今日、マンションの屋上でぼくは死ぬ。

この高層ビルの海へ身を投げるのだ。

潔く、ばっと飛び降りてやる。

遺書は書いた。

靴は脱いだ。

恥ずかしいものは捨てて来た。


もう、思い残すことは無い。


転落防止用の柵を跨ぐ。

死と生の境界線を跨いだ。

空が妙に間近に感じる。

体は、それでもなお鼓動を止めなかった。

・・・いよいよ、後はもう飛び降りるだけだ。

此の期に及んで竦む足に、僕は激励を送り目を閉じた。

___みなさんさようなら、元気で過ごしてください。

さぁ、柵から手を離して重力に身を任せよう。

そう、手を離そうとした。

その時に。

「ちょっと待て!!お前、何してんだ!」

__背後から僕を咎める声が、聞こえたんだ。

「えっ!?」

僕の意識は一気に現実に引き戻される

「何してんだって言ってんだ!」

声は尚も僕を問いただす。

急かす声とは裏腹に、僕は今それどころじゃなくなっていた。

そんな!誰かに見つかってしまった?

嘘だろ・・・?

この時間帯に屋上に来る人なんていない筈なのに!

「あの、その、誰ですか・・・?

何号室の方ですか?」

ま、まずは言い訳をせねばならん!

誰かを呼ばれたら堪ったもんじゃない・・・!!

「何号室?いや俺はここの住人じゃない!」

頓珍漢な回答に、耳を疑った。

「はぁ?何を言ってるんですか?」

変な奴に自殺を止められたのなら堪ったものじゃない。

酔っ払いか?それとも不法侵入者か?

不信感と敵対感を隠さずに、僕は振り向いた。

__でも次の瞬間、僕は目を疑うことになる。

だってそこに立っていたのは・・・


「・・・君・・・誰だよ?」


僕の目の前には小さな女の子がいた。


「俺?俺は死神だ。」

死神と名乗る少女は、にっこり笑って手を振った。

「・・・ちょっと言ってる意味がわからないんですが。」

「まぁいい、取り敢えずは戻ってこい。」

くいくい、と小さい手で手招きする少女。

「嫌だよ!もう僕は戻らない。」

正確には『戻れない』だが。

「よし、じゃあ俺から行ってやろう。」

容赦なく、少女はつかつかとこちらへ歩み寄ってきた。

「・・・君、死神なんだって?」

「あぁ、多分人間の言葉で言うところの死神だ。」

「いや普通に女の子・・・だよね?」

「女?

__あぁ、そうか。

俺、姿的には『女』だな。

でも俺には性別なんて、殆ど関係ないぜ!」

・・・あぁ、多分、この子はイタい子なんだ。

幼くして中二病に罹患しちゃったのか。

些細な妄想で自らを死神に仕立て、その内、本当に自分は死神だと勘違いしてしまったのだろうか?

第一人称が俺というあたり、かなりステージが進んでいると見られた。

「君、名前は?」

「名前か・・・そんなものは無いんだ、俺にはな。 」

せめて名前がわかればと思ったのに、この有様だ。

ふむ。

どうやら真正の厨二病患者のようだ。

「まぁ俺の事はさておき・・・お前、死のうとしてたろ?」

「・・・君には関係ないでしょう。」

「いや俺死神なんだけど。普通に関係あるんだが?」

「__ふぅん、わかった。

君、死神なんだろ?

だったら僕を殺してくれよ!」

ちょっと大人気ないが、少女を虐めてしまった。

でもこちらはひどい姿を見られているのだ。

許せ、少女よ。

実際死神なら是非とも殺して欲しいんだ。

「お前、今日死ぬ人間じゃないだろ。

それは出来ないな。」

うわ!何かうまく切り返された!?

「な、なんだよそれ・・・。

もしかして、死ぬ予定とやらの人じゃないと殺せないって言うのか?」

「わからない。

もしかしたら殺せるのかも知れない・・・けど俺は殺さないぜ。

死ぬ予定じゃ無い人間を殺すのはお門違いだと思うから。」

「なんだよそれ、絶対におかしいだろ!」

死神って人を殺すのが仕事だろ!

死神の人殺しにお門違いも何もないだろ!!

何のための死神なのさ!

__ま、そんなこと言ったって意味ないんだけどね。

当たり前だがこの子は死神なんかじゃない。

この世に死神などいる訳が無い。

・・・さぁ、さっさと死のう。

これ以上無駄な息を続けたくはないんだ。

「酷いなぁ・・・僕は死にたがりなのに。

まぁ仕方ないね、ばいばい。

僕、今から死ぬから。

あと、死神とか本当にはいないし、そのキャラ黒歴史になるから注意しなよ。」

くるりと背を向ける。

柵を背に、この世に別れを告げようか。

空に身を乗り出そう。

もう一度柵を乗り越えようとした。

「あーもー、だから!

殺すわけにはいかないんだよ!!

後本当に死神だから!」

柵に手を掛けた僕を引き剥がすように、わしっ、と少女は抱きついてきた。

「・・・離してくれるかな?」

「嫌だ!!

お前が死ぬ気をなくすまで離さない!

絶っっっ対に離さないぜ!!」

ぎゅー、ときつく僕に抱きついて、離そうとしない。

抱きつく手に力を込めた少女は、半ば睨めつける形で僕を見つめてきた。

__こりゃまた変な子に捕まってしまったなぁ・・・。

本当に、死ぬ間際まで運が無いもんだ。

僕は深いため息を吐いた。

「とりあえず・・・僕の部屋においで。

話はそれからしよう・・・。」

これ以上冷風吹き荒ぶ屋上で話してても進展はなさそうだ。

仕方がない、仕切り直しだ。

ここはひとまずこの子を追っ払わないと。

「あぁ、分かった。」

僕は、せっかく脱いだ靴をまた履き直す。

そのまま自分の部屋へ逆戻り。

あぁ、結局死ねなかった。

生きているだけで、憂鬱な出来事ばかりだってわかっているのに…振り切ってまで死ぬ覚悟はなかったのだ。

情けなさと惰性の生で涙が出てきた。

もう殺してくれよ・・・もう嫌なのにさぁ・・・。

死に切れなかった僕は、機械のように階段を下っていく。

間も無くして我が部屋に着いてしまった。

「どうぞ上がって。」

「邪魔するぜー!

へぇー、さっぱりした部屋だな!

お前は几帳面なんだな!」

キョロキョロと辺りを見回す少女。

どうやらこの部屋が物珍らしいみたいだ。

時々感嘆の声を漏らしつつ、忙しなく部屋を行ったり来たり。

普通にしてればかなり可愛い子なのにねぇ・・・。

「あ!そうだ・・・やっと俺が死神って証明できるぜ!

なぁ、鏡あるか?」

突如少女はたちどまり、僕に問いかけた。

「洗面台にあるけど・・・どうしたの?」

洗面台には、姿見まではいかないが大きめの鏡がある。

人二人は映るであろう大きさだ。

「よーし!そこへ案内してくれ!」

ほら、とさし出された手を握る。

小さい手だった。

壊れそうな手を恐る恐る引いて、僕は洗面台に連れて行く。

「ここだけど・・・。」

洗面台には、やはりいつもと変わらない鏡が掛かっている。

大きいだけで、なんの変哲もない鏡だが・・・これがどうかしたのだろうか。

「まぁまぁ、鏡の前に立ってみてくれ。

・・・これで俺が死神ってわかる筈だぜ?」

ずずいと鏡の前に僕を押し出す。

__あぁ、そんなことしたって変わらないよ。

横で彼女は朗らかに笑うが、鏡の中には、相変わらず冴えない顔の僕しか居ない。


__え?

僕しかいない??


・・・彼女が映ってない!!

「え、え!?どうなってんだよ!?」

僕はおもわず声を荒げてしまう。

「はははは!俺はお前にしか見えてないのさ!

・・・ほらな?俺、死神だろう?」

にまっ、と笑う彼女は確かにそこにいる。

無垢な闇色の髪も、深い紺碧の瞳も、ふわっと広がるワンピースも。

ぺたぺたと少女を触ってみる。

丸々さらけ出された腕から感じる人肌の温もりと、さらさらの艶っぽい髪が、夢現でない事を知らせた。

こんこん、と鏡を叩いてみる。

__やっぱり何の変化も無い、いつも通りの鏡だった。

「え・・・えっ??

えぇえぇ・・・もう、どうなってんのさぁ・・・?」

世界は一分だって欠けてない。

僕は今日もまだ生きている。

少女は目の前にいる。

鏡は傷一つついてない。

仕方なく生きてた昨日も、命日の予定だった今日も、やっと終わりを迎えれる筈だったのに!

鏡はそれでも、彼女だけを知らんぷりしてるしさぁ!

「あぁもう・・・何だっていうんだよ!」

地団駄を踏んだ僕を、本物の死神は無邪気に笑った。

「ってことで!

まぁちょっとお話ししようか!」

「・・・改めましてこんばんは、死神さん。」

力ずくで彼女が死神だということを知らされた僕は、仕方なくリビングで二人向かい合い座った。

「気になってるんだけどさ・・・このマンションの屋上に、どうやって入ったの?」

ちなみにこのマンションは、玄関自体が暗証番号でロックされている。

よって普通には入れないはずだ。

「うん?

・・・あぁ、大丈夫さ!

だって俺、空を飛べるからな!」

「は!?飛べるの!?」

「あぁ、飛べるぜ~?

ちょいと地を蹴ったら、すぐに空さ!」

そう言って死神は、証明するように僕の前でふわりと浮いた。

音も立てずに、本当に羽みたいに、ふわっと。

「・・・君ってすごいんだね。」

・・・この子には何回驚かされればいいんだ。

今さっきから、少なくとも三年分くらい驚いた気がする。

「俺は死神だぜ?

全世界を飛び回らなきゃならないんだ。

空くらい飛べたっておかしくないだろう?」

さも当たり前ですが?みたいな顔をして、すっと地面に降り立った。

・・・さすが死神、やっぱり生きる次元が違う。

これが常識なのか。

想像してた斜め上の答えだった。

「あともう一つ・・・君は周りからは見えないんだろ?

じゃあ何で僕に君が見えるんだ?」

これも一つ、気になっている大きな事だ。

巷では、見えないものが見えてしまうのは霊感体質だと言うが、僕はそんな体質とは無縁だ。

今までに霊も見た事無いしね。

「それが、実は俺もわからない。

でも多分お前が死ぬのを止めたからだろう。

俺だってこの実初めて人間に話しかけれたんだ。わかんねぇよ。」

「そっか・・・。」

やはり死神にもわからないものなのか。

「ただ・・・だ。心当たりはある。

・・・俺は強く願ったんだ。」

「え?」

無言で頷く彼女。

「願った?何を?」

単純なことさ、と言って彼女はこう言った。

「『死ぬな、死ぬなんて勿体ない』って。

思いつめた顔したお前に対して・・・確かにそう願ったんだ。」

「え・・・?」

「でも俺は無理だと思っていた。

だって、俺、人に見えないんだから。

・・・だけどまぁ、何の因果かお告げだろうなぁ・・・お前にだけは伝わったのさ。

お前にだけ、特別に。」

重々しく、丁重にそう言った。

「・・・それ、本気(まじ)?」

本気(まじ)。」

僕を見る死神の目に、揺るぎは無かった。

「・・・衝撃の事実だよ。」

嘘だと言ってくれ・・・。

本当、いきなりすぎる。

いきなりこんなに凄い爆弾を投げられるなんて・・・思ってもみなかった。

彼女、もとい死神に『お前にだけ、特別に』なんて言われたら、もうどうしていいか分からない。

まともに顔を見れなくなって、僕は俯いた。

「・・・まぁそりゃそうだろうなー。

一発で受け止めれる人間の方が少ないだろうさ。」

「うん・・・。」

「まぁ、でもこれは真実だから。」

すまないな、と死神は肩を竦めた。

「ああ、そうだ。

俺もちょっと聞いていいか?

ひとつ真面目な話なんだが。」

「どうしたの?」

僕がそう問うと、彼女は少しだけ目を伏せ、こう言った。

「ぶっちゃけ、怖いだろ?」

「・・・え?何が?」

「い、今からすごい事言うぞ・・・?」

「・・・うん、どうぞ?」

「俺は死神だ。

死神っていうのは『死の概念』自身だ。

言ってしまえば、殺生与奪の一切をもってるんだ。

それが死神なんだ。」

「えっと、つまり・・・君がいるから、人とか動物が死ぬってこと?

君が『死の概念』そのままだから?」

そうだ、と言って彼女はそっぽを向いた。

「・・・確かに俺は、お前たちが想像した死神とは全くの別物だ。

角も無ければ鎌も持ってない。

目深にかぶったフードなんて以ての外だ。

それに、悪い子を連れ去ろうとすることも、いきなり鎌で首を掻くこともないぜ。


・・・だけど、現実はもっと怖い。

俺が、すべてを殺してるんだ。

俺がいるから、みんな死ぬんだ。

なぁ、こんな俺・・・やっぱり嫌だよなぁ?」

口ではそう言いつつも、すがり付く様な瞳で僕を見つめていた。

怖いのだろう、僕にはねのけられるのが。

まぁそりゃそうか、僕ら人間からしてみりゃ死神なんて恐怖でしかないもんな。

一般人なら、彼女を締め出す所だ。

その点を理解した上で、彼女が自身の身の上を打ち明けるのも勇気がいることだろうな。

・・・でも、僕にとっては彼女の存在がどうだとか、どうでも良いんだけどなぁ。

「・・・いいや、別に。

全然怖くない。

第一、僕死神なんて信じてなかったし。

今でも君が死神とか信じれないよ。」

失礼な話だが、何だそんなことかという感じだった。

怖い?

なんで死神の役目に恐怖を感じるの?

「確かに、想像とはかけ離れた展開でびっくりはしたけど・・・

だからといって、それが怖いだとかそんな風には思わないよ。」

これは本心だ。

だってだって、この子は死神じゃないだろ?

人間の考えるような死神じゃないんだから。

自身の役目に罪悪感を感じ、恐怖を感じる・・・その姿から、邪気なんて到底伝わってこないだろ?

「僕は死神でも構わない。

むしろ、こんな形で出会わなければロマンチックだったろうに。」

そういうと、死神は目を丸くした。

「お前、不思議な奴だな!

俺は死神だというのに…優しいな!」

「死神だからとかそんなの無いよ。

別に死神だろうが、いい人なら構わない。

__人間の方が残酷な事なんてザラにあるから。」

本当にそう思う。

__人間は残酷だ。

みんな自分中心で物事を考えて、他人を平気で傷つける。

まるで周りの雑草を踏み荒らしていくみたいにさ。

「君はそんな事無いだろ?

だったら全然大丈夫だよ。」

死ばっかり考えていたせいか、最早彼女が死神だとか、姿かたちとかどうでもよくなっていた。

もう感覚が一般人じゃないのかもな。

「お前、そんな優しいのに何で死にたがってるんだ?

友達だってたくさんいるだろうに?」

純粋な不思議に満ちた目で、彼女は僕を見つめていた。

・・・少し返答に困る問いだ。

なかなか答え辛い事を聞いてくるな。

どう答えればいいのだろうか。

友達もたくさんはいないが、別にそんな事じゃないんだ。

・・・少し間を空けて、僕は答える。

「僕はもうダメなんだよな。」

「生きたくないのか?」

「いいや、違う。

生きたいよ。

だけどね、生きるのもタダじゃないから。

僕はもうお金も無い。

お金を稼ぐだけの能力も無い。

おまけに職場では陰口を叩かれ、両親からは常に口煩く心配される・・・。

産廃道具は死ぬしか無いんだよ。」

本当は生きたい。

全てを擲ってもいいのなら生きたい。

でもそんなこと許されるわけがない。

全ての人々が、僕の事を馬鹿にしてる気さえ起きたぼくは、もう誰とも話したくなかった。

「金か・・・。

それって、命より大事なのか?」

「わかってないなぁ。

違うよ、命より大事なものじゃない。

でもね、それが無ければ命を繋げないの。

お金が無いと食べ物も買えないんだよ。」

「うーん、なるほどなぁ・・・。」

彼女は腕を組んでうーんうーんと唸っている。

一々リアクションを取る彼女は、本当に悩みなんか無縁そうに見えた。

__死神って、楽なんだろうか。

あぁ、そりゃそうか。

働かなくてもいい、何にも憚られることはないだろうし。

「・・・死神はいいなぁ。」

思わず、そう言ってしまった。

「何でだ?」

「だって、その様子じゃ、食べなくても寝なくても大丈夫なんでしょ?

それに誰とも話さなくて済む。

・・・最高じゃん。」

要は透明人間みたいなものだ。

誰にも干渉されない、何もしなくていい。

今の僕には羨ましかった。

・・・だけれど、どうやらそうではないようで、彼女は首を横に振った。

「俺は死神は飽きたがなぁ。」

「どうして?」

__少しだけ彼女は口を閉ざした・・・が、暫くして、彼女は訥々と語り出した。

「・・・確かに、誰とも話したことはなかった。

食べ物も食わなくても良い。

睡眠など考えた事も無いな。

・・・でもそれは、多くのことが出来ないという事だぜ?」

「どういうこと?」

「季節が変わる度に人は違った顔を見せる。

春には桜の下で燥ぐ酔っ払い。

夏には祭り花火に酔う女たち。

秋には収穫した作物にかぶり付く家族姿。

冬には雪の中、真っ白になって遊ぶ子供達。

・・・でも俺には暖かみも寒さも無い。

何も食べれない、見てもらえない。

人間には変化のある世界を、俺はモノクロで見ていた。

・・・幸せそうな顔をする人間達を、窓の外からずっと見ていたよ。」

隠し切れない寂しさを漂わせ、彼女は静かにそう言った。

___ハッとした。

『死神は、他のものからは見えない』

それがどういうことか・・・今ようやく彼女の言いたいことが分かったんだ。

「そういや、一回人間に訊いてみたいと思っていたんだ。

なぁ・・・幸せ、ってなんなんだ?」

・・・幸せってなんだろうか。

大きなステーキを頬張った時幸せだった。

肉汁とソースが絶妙で、一口食べたら病み付きなんだよな。

友達に悩み事打ち明けた時幸せだった。

あいつはいつだって、馬鹿な話を真剣に聞いてくれたっけなぁ。

暖かいふとんで寝た時幸せだった。

やっと1日が終わった時って、ふとんは本当にあったかく感じる。

そして、季節が移り変わる時幸せだった。

春の訪れは、動植物が一斉に祝う。

輝く花火と祭囃子が消える頃、夏の終わりを惜しく感じる。

綺麗な色で世界を彩る、秋の葉たち。

凍てつく冬は、暖かいものが有難くて。


いつも、僕は幸せだった。


「・・・そういうことか。」

「やっとわかったか。

だから俺は人間の方が良いと思うぜ。

お前はまだ死ぬ人間じゃ無いしな。」

「・・・ぶっちゃけ、僕は君に話しかけられた時

死ねなかった絶望でいっぱいだったよ。」

「ははは!

でも今は死ななくって良かっただろう?」

「どうだろうなぁ、でも確かにそうかもね。」

だからと言って生きようなんて思った訳じゃないが・・・少なくとも今日は死ななくても良いんじゃないかと考えていた。

彼女の不幸は完全に彼女の都合で、僕には関係ない・・・でも何故か関係無いなんて思えなかったんだ。

確かに彼女の言うことにも一理あるか。

何も、死だけが解決策じゃ無いだろうし。

僕はありふれた幸せを蔑ろにしていた。

・・・そうか、僕は今生きれていたんだ。

働くことだけが生きる道じゃないし、もしも本当に駄目ならば、誰かに頼るのも悪いことではないかもしれない。

人生を辞めることはいつでも出来るから。

・・・ならば、少なくとも今日だけは生きてみようか。

「まぁつまりはそういうことだ!

うん、死ぬ気も無くなったみたいだし、俺はもうそろそろ去ろうかな!じゃあな!」

うーんと伸びをした彼女は椅子から立ち上がり、玄関の方へ歩き出した。

・・・彼女はどうなんだろう。

恐らく一人ぼっちなんだろう。

もう誰とも話せないのか?

もうずっと、誰とも??

「ね、ねぇ!ちょっと待ってよ!」

__気付けば、体が先に動いていた。

「よし!僕はもう一度幸せを味わうよ!

君も来ないか?」

「・・・いいのか?俺、死神だぜ?」

「良いよそんなの。

だってそんな寂しそうな形で帰せない。

まずはご飯でも食べようよ!」

悔しいことに、外食など洒落たものはできない。

それに、冷蔵庫の中は空っぽにしてしまった。

まだ開いてるスーパーで、ありったけの食料を買おう。

少ない所持金では大したものは買えないだろうが、少し豪勢な食事くらいはできるだろう。

「ごめん、とりあえずはスーパーに行かなきゃだめだ・・・。」

「い、一緒に行ってもいいのか!?」

「うん。むしろ一緒に行きたいな。」

「い、いきたい!行こうぜ!!」

スーパーには歩いて5分強だ。

手を繋いで歩く。

ドアの外はまっくら。

すっかり闇色のベールを被った世界に、街灯が執事の様に佇んでいた。

「昼みたいに明るくないが、夜の暗さの中歩くというのも楽しいな!」

この暗さの中でも表情がわかる至近距離、死神は満面の笑みで手を握りなおした。

「そうだね、こういうのも良いかもしれない。」

弾ける様な笑顔に少しだけどきりとする。

この子、笑顔がめっちゃ可愛い・・・。

でも異性として可愛いというよりか、子供相手に感じる可愛いさ。

なんだか自分に子供ができたみたいだ。

こんなに無邪気な笑顔、僕には到底できない。

でもこの無邪気な笑顔の裏には、寂しい死神の運命があるのだ。

恐らくはもう、二度と来ないであろう奇跡の日。

今日を幸せな日にしてあげたい。

どうにかして幸せの意味を教えてあげたいんだ。

僕の儚い決意の前、すぐにスーパーに着いてしまった。

「スーパー自体は知っていたが・・・中には入ったことが無かったな。

まぁ俺、自動ドアに反応されないからなぁ・・・。」

「自動ドアに反応されないって・・・あぁそうか、みんなからは見えないんだね。」

「うん・・・何回か扉の前で跳ねてみたが駄目だった。

おーいおーいと声を上げても無理だったぜ。」

「・・・可哀想に。」

目の前の少女がおーいおーいと跳ねてるのを想像してしまった。

死神がぴょんぴょーんと跳ね、手を振りながらおーいおーい・・・

「ふふふ・・・」

可哀想だが、面白かった。

「どうかしたのか?」

「う、ううん!何でもない!

あ、そうだ、君は何が食べたい?」

「うん?美味しいもの、なのだろう?」

「そうなんだけどね・・・。」

そうか・・・この子、美味しいということがなにかを知らないのか。

うーん、だからといって説明するにも答えなど無いだろうし。

・・・手堅くハンバーグ辺りにするか。

カレーと並んで子供の好物トップスリーに入るはずだ。

よし、そうと決まれば材料を買い込むのだ!

えっと、挽肉と…玉ねぎとパン粉、確かたまごも要るよね・・・。

あと流石に副菜もなしだと味気無いだろう。

ならばコーンスープとサラダなどはどうだろう。

彩りもなかなか良くなるのではなかろうか。

考えれば考える程ビジョンは膨らんでいく。

そうして重くなる買い物カゴ。

でも今は、この重さが少し嬉しかった。

材料が揃ったところで、さっさと会計をすませる。

自分一人だと値が張った方だが、宴会料にしては安いだろう。

そうしてスーパーを後にした。

帰り道、死神は興奮しているのか、若干の早足で歩いていた。

ただでさえ短い家路を早足で歩くと、流星の如く早く家に着いた。

「さて・・・美味しいもの、食べようか。

ちょっとまってね、今作るから。」

そそくさと手を洗い、僕は準備する。

「なぁ!俺も料理したい!」

「いいの?ゆっくりしてて良いんだよ?」

「俺は、できることは何だってしたいんだ!」

そういうと、彼女も手を洗い、丁寧に材料を並べた。

・・・準備万端という感じだ。

うん、でも、彼女がやりたいと言うのなら僕は全然構わない。

手伝ってくれた方が捗るだろうし。

「よし、まずはメインディッシュを作ろうか。

このボウルにお肉を入れて。」

「おう!了解だぜ!」

丁寧な手つきで、彼女はお肉を入れた。

むにむにと肉をこねて行く。

パン粉と、卵も入れて。

ハンバーグなんて家庭科の授業以来だ。

美味しくできれば良いのだが・・・。

「料理するって楽しいな!」

肉をこねながら、彼女は楽しそうに笑った。

「そうかなぁ。面倒じゃないか?」

「全然面倒なんかじゃないさ!

だって、いっぱい楽しみがあるから!

作る前は何を作ろうかと考える楽しみがある。

作っているあいだはできた後のたのしみがある。

作った後は美味しかったって思えるんだぜ?

・・・最高じゃないか!」

普段僕ら人間は、今日は晩御飯どうしようか、自炊は面倒だとばかり漏らしている。

中にはもはや自炊しない人だっている。

僕だって、その一員だ。

仕事帰りの、ただでさえ疲れた体に鞭を打ってまで作りたくは無いんだ。

今は晩御飯なんてできれば摂りたくないくらいだ。

本当に、本当・・・いつからこんなになっちゃったんだろうか。

ご飯って、美味しいものなはずなのに。

料理だって、たまには楽しいものなのに。

大人に染まりきった僕には、無邪気な子供の見解は胸に沁みた。

__よし、僕も今日は目一杯楽しむか!

隣で楽しそうにしている彼女と一緒に、僕も楽しむつもりで料理していこう!

手際よく、手を躍らせていく。

彼女の方も、なかなか素早く指示を飲み込んでくれていた。

包丁や火を扱うものはさすがに危ないので、僕がやらないと。

僕は、丁寧に形作られたハンバーグのタネを焼いていった。

とんとん拍子に出来上がってゆく料理たち。

だんだん、出来立ての香りが立ち込めてきた!

「あと一息だよ!」

「あと一息か!?よーし、更にがんばるぜーーっ!」

ぴょいん!と軽く跳ねた彼女は、傍目からわかるほど手に力が入っていた。

よし!僕もラストスパート!

彼女に負けないよう、張り切っていこうか!

僕は焼き上がったハンバーグに、最後の仕上げをかける。

コーンスープは市販のものを温めただけというのも少し寂しかったかもしれない。

___いろいろ課題点は残るが、それらも全て味になるだろう。

とりあえず、今はハンバーグにデミグラスソースをかけて・・・

「はい完成ー!!」

「うおぉおお!!!」

___美味しいものを食べようか!!

「これが美味しいものなのか!?」

「うん。

ハンバーグっていうんだよ。」

「うーん、名前は聞いたことある気がする。

じゃあ、こっちの黄色いのは?」

「コーンスープだね、熱いから気をつけてね。」

「この葉っぱは?」

「葉っぱというか、サラダだね。

葉っぱって・・・まぁ間違いじゃ無いけどさ。」

「これは白米だな。」

「それは分かるんだ・・・」

「「じゃあ、いただきます!」」

彼女は物珍しそうに少しの間ハンバーグを見つめていたが、やがてバクリと食べ始めた。

「うわぁあ・・・おぉお!うん・・・うん!!」

目をいっぱいに見開き、更にハンバーグをばくっとほおばっていた。

「これが美味しいってことなんだな!?」

「そういうこと。

ハンバーグ、美味しい?」

彼女は首をぶんぶん縦にふった。

死神は食べる。

心底うまそうに、頬を赤らめながら。

その様子を見ているだけで腹が減ってくる。

凄い勢いで平らげていく彼女に触発され、僕もいよいよ食べだした。


☆☆☆☆☆


「ご馳走様でした!」

完食してしまった。

ちょっと量が多いかなと思ったんだが。

死神は多幸感に満ちた顔をしていた。

「美味しい、ってこういう事なんだなぁ・・・!」

「あぁ、そうだよ。

満足って思ってくれたら嬉しいな。」

「充分さ!

美味しいって、素敵だなぁ。

でも幸せってやつはもっと凄いんだろう?

だって美味しいは幸せの一部なんだから。」

「そうだね・・・。」

こりゃまた結構遠慮の無い子だ。

いや、死神に遠慮を求める方が間違っているのか?

「じゃあ、なにかしたい事ある?」

「うーむ、いざ訊かれると困るな。

興味ある事、知らない事が多すぎて頭がてんてこ舞いだ!」

モーション付きで悩む彼女。

暫く悩んでいた・・・が、ハッと何かを思い出したように手を叩いた。

そして、 細っそりと控えめにこう言った。

「__写真。写真が撮りたいぜ。」

なるほどね、写真か・・・。

確かにそれはいいかも知れない。

映像を切り取れば、ずっと記憶に残るしね。

「うん、分かった!写真撮ろうよ!」

「マジかぁあ!!きゃーっ!!」

よし、そうときまれば!

ぼくはカメラを引っ張り出す。

普段使わない棚をひっちゃかめっちゃかに引っ掻き回し、ようやくカメラを見つけた。

そんなに性能が優れている訳じゃないが、普通に撮る分には充分だろう。

早速カメラを起動させる。

・・・でもそこに写っていたのは僕だけだった。

「えっと・・・ごめん、君が写ってないんだけど・・・。」

「当たり前だ!俺はお前以外に見えないからな!」

どやぁ、という顔でぼくを指差す死神。

「・・・これただの自撮りじゃないか?」

「んなことはどーだっていいのー!

ほら!ピースピース!!」

「う、うーん・・・」

__かしゃり!

笑ってるのかも釈然としない顔に、フラッシュが降り注いだ。

「・・・イェーイ!!最っ高だ!」

死神はぴょんぴょんと跳ねる、手を叩く。

長い髪がさらさらと流れ、笑顔が零れた。

本当に無邪気で、幼稚園児を見ている様だ。

いや、幼稚園児の方が生意気かもしれない。

「本当によかった。

これでお前に、俺の存在を忘れられないよな。

・・・あーぁ、この時間がずっと続けばいいのになぁ・・・。」

彼女はそう、哀の籠った声色でつぶやいた。

・・・寂しいのだろうか。

そりゃそうか、彼女はもう誰かと触れ合うことも無いのだから。

もしも、僕に今日の事を忘れられたら彼女を知る人はいなくなるのだ。

あぁ、そうか。

写真を撮りたがった真意に気づいた。

彼女はどうしても『今日』を残したかったんだ。

自身の存在証明のために。

そう思うと、途端に心苦しくなってきた。

勿論僕が今日を忘れることはないのだが、何かで証明したい。

僕が、今日を忘れることは無いっていう証拠になる物が欲しいんだ。

何かなかろうか・・・?


僕の視界の隅、暇を持て余し埃を被ったプリンターが佇んでいた。


「思い出・・・ってことで。

君は写ってないんだけどね・・・。」

__カメラで撮った写真を現像した。

彼女のために一枚、僕のために一枚。

プリンターを全く使ってなかった故、若干の画質の荒さはあるが、今はそんなもの物の数では無い。

どうしてもこのひと時を、形として残してあげたかったんだ。

ハガキサイズのそれは、あまりにも特別に見えた。

僕がおずおずと差し出した写真を、死神はそっと手で受け取る。

彼女は無言で、ぎゅっと、その写真を胸に抱いていた。

「喜んでもらえるとうれしいな。」

その言葉に彼女は首を縦に振った。

「ありがとう!!」

「まぁ自撮りだけど・・・。」

「そんなの全く関係ないぜ!!

こいつがいれば、いつまででもお前と一緒に居れるんだから!!

ありがとう!!お前大好きだあぁ!!」

精一杯の力を込めて僕を抱きしめる彼女。

本当に可愛い、まるで子犬のようだ・・・。

背伸びしたって、僕の胸辺りまでしかない身体。

僕に染み込む温もり。

小さい頃、僕もよくお母さんにこうやって抱きついていたっけなぁ。

あの頃は悲観する、ましてや自殺だなんて考えもしなかった。

元気、真っ白に輝いていた。

きっとそれは幸せを感じていたから。

遊んで寝て、ご飯を美味しーって思えて。

また明日、外で走り回ることが待ち遠しかった。

毎日の習慣自体が、楽しかった。


幸せは、理屈じゃないんだ。


それを一番知ってるのは、無垢な子供なのだろう。

小さい死神に、僕は今、救われている。

忘れない。

忘れたくない。

今日過ごした時間を一秒たりとも忘れたくない。

未来の馬鹿な僕に伝える為、僕はひっそりと、写真立てに『今日』を入れたのだった。

「ねぇ、次は何したい?」

僕はまたリクエストを訊く。

すっかり彼女に助けられた僕は、彼女の願いを出来るだけ聞いてあげたかった。

「俺、おふとんに入りたい!

おふとん、オフトゥン!

レッツゴー、オフトゥンだぜ!!」

「お、オフトゥン・・・。」

そうか、おふとん・・・ね。

僕の部屋はベッドだが良いだろうか?

まぁふとんには変わり無いし、いいかな。

リビングと寝室は引き戸で仕切られているだけだ。

ぴしゃりと引き戸を開け放すと、彼女は雪に飛び込むみたいに、布団に飛び込んでいた。

きゃっきゃと落ち葉を舞い上げる様にふとんを舞い上げ、大の字で寝っ転がる。

これ、はたから見たらふとんが一人でに踊っているように見えるんだよな・・・。

まぁそんなことはつゆ知らず、死神は安らかに、猫みたいにくるんと丸まっていた。

・・・本当に人間みたいだなおい!

むしろ人間より人間味があるんじゃないか!?

こんなに愛らしくもこもこと戯れる少女を見ていると、いつものふとんが二倍増しで気持ちよさそうに見える。

死神は、はたりと僕の方を見て笑った。

「お前も来てくれ!」

「え!?い、いや、僕は良いよ。

だってちょっと恥ずかしいし・・・。」

「わかった、じゃあ強制的な!」

「え!?わ、わぁ!」

腕を掴まれ、そのまま布団に引きずり込まれる。

「つーかまえた!!」

僕に抱きついて、彼女はにかっと笑った。

きゃははは、と幼い笑い声を上げて。

「じゃあ、僕も入りまーす・・・。」

彼女の隣、僕はもこもことふとんに埋もれる。

彼女の顔と存在が一層間近に感じられた。

やっぱりちょっと、いや結構恥ずかしいというか・・・。

『いやいや!何を恥ずかしがってんだ僕は!』

もう今更だろう、と気持ち悪い僕を殴り飛ばした。

「お前ってさ、本当にいい奴だよな。」

布団に埋もれながら、唐突に、彼女はそう言った。

「ありがとう・・・そんなこと言ったのは君が初めてだよ。

・・・でも僕なんて、この世の中じゃ小さい存在なんだよね。」

__卑屈すぎる返答だ。

我ながら気持ち悪いと思う。

折角褒めてくれているのに、何故こんな返事しかできないんだ?

だから嫌われるし、自分が嫌いなんだよ!!

こんな阿保みたいな僕の隣、死神は少し黙ってからこう続けた。

「・・・人間はわからねぇな。

同種族のはずが、つまらん階級分けしたがってさ。

俺からしたら、皆平等に生まれては死ぬ命なんだがなぁ・・・そうもいかないのか。

もし、俺も人間に生まれたら、お前みたい死にたがったかな。

お前の話を聞く限り、人間の事情は相当酷いもんだからな。


・・・いや、それでも俺は人間に生まれたかった。」

「そんなに人間が良いんだ・・・。」

「あぁ、そうだ。

誰からも見られない、それどころか何にも触れられない。

声を上げたって、声は透明でさ。

唯一の目的は、死ぬ予定の人間を殺すこと。

・・・あぁ、死神なんてのは、もうたくさんだぜ。」

憂いを隠すこともなく、寧ろ曝け出して、彼女は僕を見つめる。

「もしかしたら、お前にも俺が見えなくなるのかもな。」

ぼそっと、そう呟いた。

『見えなくなる』・・・つまり、それは元の世界に帰ること。

また何も出来ない、モノクロの世界を眺め続ける日々の始まり。

「・・・また来なよ。

ご飯くらいならご馳走するからさ。

僕は独り身だから、いつだって大丈夫だよ。」

居た堪れなくなってそう言った。

余りにも可哀想だったんだ。

「あぁ、わかった。

ありがとうな!

・・・でも、もしお前が死んでしまったら、もう来れないだろ?

だからさ・・・お願いだ、生きてくれ。」

死神は、優しくやさしく、笑った。

「死ぬなよ。

絶対に死ぬなよ。

お前が死ぬ時、ちゃんと迎えに行くから。

それまでまぁ、暢気に生きていけよ。

お前は誰かに意思を訴えれるだろう?

お前は暖かな日差しを感じれるだろう?

お前はあんなに美味しいものを食べれるんだろう?

・・・死ぬなんて勿体無いぜ。」

生きろ・・・か。

この先、平均寿命まで生きたとして、後五十年強。

この先は、今まで生きてきた分より長い。

萎えたこの現実はまだまだ終わらないのだ。

「ははは、大変だなぁ・・・僕、自信ないな。」

本当に自信がない。

単純に考え、二十そこらで嫌気さした数え歌を後五十も続けれるはずが無いだろ?

そんなの、誰だって無理だ。

「いや、大丈夫だ。お前ならやれる。」

それでも、死神は生きろと言う。

それでもなお、逃げずに戦えと言うんだ。

「だって、幸せの意味を知ったのだから。

美味しいものとか、暖かいふとんとか、そういう幸せは生きてなきゃ味わえないのは当たり前。

だけど、幸せってそれ以外にもあるんだぜ。」

チャチな言葉に聞こえるかもしれないが、と置いて彼女はこう続けた。

「悲しみ、苦しみは生きているから味わう。

でも楽しさ、嬉しさだって生きているから味わえる。

不幸ばっかり、死にたい、逃げたいって思う。

だからこそ些末な幸せが大きな幸せになる。

『今日』だってそうだろ?

別に、大金を手に入れたわけじゃないのに、こんなにも幸せだ。

日々だって、きっとそれと同じなんだ。

些細なものが一番幸せなんだよ。

・・・でも、死んでしまったら全部終わり。

死にたいとも思えない、それすら無いんだ。

怖いも辛いも、疲れたも眠たいも無い。

真っ暗闇で、時の流れも意識も無い。

もう無に成り果ててしまうんだ。」

__死んでしまったらもう、僕という意識も無くなってしまうのか。

常に夢の見れない眠りの中みたいな状況なのだろうか?

それとも天国地獄とかあるのか?

輪廻転生なのか?

・・・いずれにせよ、感情はなくなるのか。

暇だとか、退屈だとかを思うことも無い。

そんな状態に疑問を持つ意識…それすらもう無いのか。

つまりは、本物の『無』。

何も無い、真っ白に回帰する。

体験したことがない感覚に、身の毛がよだつ思いだった。

「怖いだろ。怖いと感じただろ。

まだ生きれるのに、そんな恐怖心犯してまで死にたいか?

・・・それでももし、どうしても生を辞めたくなったなら、俺を思い出してくれ。

今日という日を思い出してくれよ。

そうすればきっと生きたくなるぜ。」

「・・・うん。」

カラカラの心に水をぶっかけられた気分だ。

気の利いた言葉も誓文も出てこない。

まるで使い物にならないボキャブラリーは、

ぐらぐらと煮立ったような頭と、深い感動に押し流されているんだ。

今はただひたすらに言葉を噛み締める他なかった。

「今日は本当に良い日だった。

何てったって、今日は幸せをしれたのだから。

全ての願いが叶ったんだ。

俺には怖いくらいの幸せだぜ。」

暖かな気持ちを噛み締めた笑顔。

桜が咲いたような、儚い頬の赤。

彼女は、心底幸せそうだった。

「それは良かった。

・・・僕も、今日は幸せな日だったよ。

でもまさか死神に会うなんて思ってもみなかったな。」

「俺だってまさか人間と話せるなんて思ってなかったさ。

それ以上に、こんな幸せが待ってると思ってなかったがな。」

「そっか、そう言われるとありがたいな。

こちらこそ自殺を止めてくれてありがとうね。」

「お前それ、死にたがりが言う台詞じゃないぜ!

もう死のうなんて考えるなよ?

誰が何と言ようと、お前は良い奴だと思うし、俺はお前が好きだ!

だから、いつか灰になる日までのんびり生き抜けよな!」

「ふふふっ・・・君って本当におかしな死神だよね!」

思わず笑ってしまった。

死神が人間を励ましてどうすると言うのだろうか。

だって死神って、もっと人間を格下に見ているイメージじゃないか?

冷酷非道で、鎌を振り回してさぁ。

でも、本物の死神はこんなにも優しい。

結局、僕たち人間が描いてきたイメージは、何の根拠も無い嘘っぱちだった。

「そうか?

俺は、生きれる人間を生かすのも死神の仕事だと思うぜ!」

「ありがとう、死神さん。」

「どういたしまして、人間さん!」

彼女は少し得意げに、にっと笑った。

「・・・さぁ!

いよいよ悩みが消えると、明日が待ち遠しくなってきただろう?

そろそろ寝ようぜ!おやすみ!」

一際深くふとんの海に潜り、彼女は僕の隣で目を閉じた。

安らかな寝顔と柔らかい寝息。

幸せそうだった。

さぁ、僕も暖かい夢のなか、今日の日を噛み締めよう。

羊を数え、夢にゆこうか。

・・・あぁ、眠たくなってきた。

彼女の顔が、段々仄暗くなっていく。

どこか深いところへゆっくりと落ちていく感覚が、とろとろと僕を誘って。

微睡んで、彼女の顔が揺らめいて。


僕の意識はそこで途切れた。


___ジリジリジリジリ!!

僕の隣、定時ぴったりに仕事をする、非常に真面目な目覚まし時計。

鳴り響くベルの音たちを、僕は容赦なく叩いて止めた。

仕方なく、目をこすって起き上がる。

金属音が鳴り響く朝、朝八時の日曜日。


___僕の隣はもぬけの殻だった。


飛び起きて部屋を見渡す。

彼女は先に起きたのだろうか?

だとしたら、妙に静かだった。

「おーい、おはよう!」

・・・返事が無い。

「ねぇ、ねぇってば!」

・・・返事が無い。

何だか胸騒ぎがする。

悪い予感が、眠気を吹き飛ばした。

彼女を探す。

台所を見る、いない。

台所も脱衣所も風呂場も細かく見た。

少ない部屋数、考えうる限りの場所を見た。

部屋という部屋、ドアというドアを開け広げたのに。

・・・彼女はいない。

「何で、何でいないんだよ・・・?」

声に出したって、やわらかい朝の日差しにのまれるだけだった。

消えてしまったのか?

いや・・・まさか僕にも見えなくなってしまったのか?

「嘘だろ・・・?」

針で刺された風船みたいに、急激に萎んでしまった僕の精神。

どうしようもなくなって、机に突っ伏すことしかできなかった。

机の上は、昨日の晩御飯の後そのままだった。

__そこに、かさかさと揺れているものがある。

それはメモ帳だった。

四つ折りのそれを、急いで開けてみる。

そこには、明らかに自分のものではない筆跡でこう書かれていた。

『おはよう。

悪いが、俺は先に行くわ。

お前はまだまだ生きれるさ。

俺の分まで楽しんでくれ。

また会おうじゃないか。絶対にな!』

最後に書き残されたメモは、死神と僕の証明だった。

それは、彼女にとってこれ以上なく幸せだった証拠。

彼女の唯一の痕跡。

「・・・あぁ、また会いたいね。」

でもさぁ、酷いと思うよ。

一言も話さず行ってしまうなんて。

まったく、酷すぎるよ。

僕はまだ君に話したいことがあったのに。

僕はまだ君にしてあげたい事があったのに。

どうすれば彼女に会えるだろうか?

・・・もう普通には会えないのだろうか。

そりゃそうか、だって彼女は死神なんだもの。

僕とは生きる次元も使命も違うんだ。

それでももし、一つだけ彼女と会える方法があるとしたら…

『お前が死ぬ時、ちゃんと迎えに行くから。』

それは、僕が最後まで生き抜いた時だ。

「ふふっ・・・あはははは!!」

思わず笑ってしまう。

そうか、そうなんだ。

会えないわけじゃないんだね。

生きるのは、簡単な様で難しい。


でも僕は死ぬまで生きてやろうか!!


いつか来る日に、思う存分話したい事を話す為に!

「もがいて足掻いて、しわくちゃの爺さんになるまで生きてやるさ!」

彼女が折角思い出さしてくれた『幸せ』

もう少しで僕の手からこぼれ落ちそうだった『幸せ』

味わいたくても味わえない死神(ひと)

俺の分まで楽しんでくれ、なんて死神に言われたんだ。

冷め切った僕に、それでもなお彼女はそう言ってくれた。

不幸せに溺れた僕を引き上げてくれた。

だから僕は、幸せを二度と見失わないように、大事にする。

いつか会える死神の為に、僕は今日も生きよう。

『よしよし、それで良いんだ!』なんて、満面の笑顔を浮かべた彼女がそこにいる気がした。

部屋に吹いた透明の風が、僕を撫でていった。


ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました!!

この話は、私が『死神って、果たして本当に残酷な存在なのだろうか。幸せって人間だけが感じるものなのだろうか?』と、漠然と考え出したのが始まりだったりします。

二人には明確な名前設定はありません。

死神ちゃんは、個人的設定ですが小学3年生くらいです。

青年は20代前半です。

純真無垢な子供に、大人が救われることって結構あるんじゃないかなって思います。

お金とか、自分と他者どちらが優れているかとか、そんなことじゃない。

今与えられている生活の中でいっぱい笑って生きていく。

本当の幸せを知っているのは子供なんだと思います。

☆☆☆☆☆

これが私の投稿二作目となります。

前回と、題材も文章もあまり変わり映えしてないような気がして焦っている次第です・・・

投稿スピードが想像以上に遅くなってしまったのも辛いです。

もう少しはやく投稿出来たらなー、と思っております。


次回作もよろしくお願いします!

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