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十三月の物語

十一月の挑戦

作者: アルト

 私だってたまには彼に勝ちたいと思う。

 黒猫のミィちゃんを膝の上に乗せて、撫でながら彼を観察する。

 どうやったら、何だったら勝てるのだろうか。


 料理


 まずこれは無理だ。

 野郎、道具と材料があればなんだって作りやがる。

 とくにおいしいのは彼が作るお菓子だ。

 リクエストすればたいてい何でも作ってくれて、中でもスイートポテトがおいしい。

 スポンジケーキ、ロールケーキ、シフォンケーキ、カップケーキ、マドレーヌ、パウンドケーキ、バームクーヘン、チーズケーキ、タルト、パイ、シュークリーム、クッキー、プリン、ムース、アイスクリーム、サーターアンダギー、パン、饅頭、餡餅、他にもなんでも。

 それにお菓子だけじゃなくて普通の料理までなんでも。

 あれだけ作れてしかも料理教室に通っていたではなく独学だとか。

 彼曰く「レシピと材料と道具と設備があれば誰にだって作れる」とのこと。

 だからと言って私がやってみると見るも無残な未確認物質ダークマターができてしまう。

 決してあの人ように握っただけで消し炭にしてしまうような私ではないが。


 武道


 これも無理だ。

 以前、背後から木刀で殴りかかったことがあるが、気付いたら天井を見上げている私がいた。

 またあるときは喧嘩の末に包丁を持ち出したこともあったが、なんなく制圧されてしまった。

 殴りかかれば手首を捻られ、蹴りを入れると足首を持ち上げられ、首を絞めようとすれば前に投げられる。

 この間思い切って「私と戦え!」なんて言ってみたら一発で承諾してもらえたので、正面切って戦ってみたこともある。

 彼は一切構えなかった。

 彼曰く「武”道”は見せるため、武”術”は殺すため」のものなのだそうだ。

 そして彼は自称文系で運動は大の苦手、そう言った。

 言ったけど動きは速すぎてついていけない。

 殴りかかると横合いから腕を払われ、蹴りを入れると一歩下がって避けられる。

 最終的にうつ伏せに組み伏せられ、腕を後ろで捻られて負けた。


 知識


 これはやめておこう。

 野郎、生きる辞典であり事典だ。

 私が小説を書くときに聞いたらすぐに答えが返ってくるのだから。


 技術


 料理の時点ですでに勝ち目はない。

 しかも最近は電子部品を買ってきて何か作ったりしてるし。

 パソコンの調子が悪いときは何かよく分からない黒い画面を開いてコマンドを入力してるし。

 それでも直らない時は分解して空気を噴射するやつ(コンプレッサーっていうのかな?)で埃を飛ばして、なにかペンのようなもので基盤の線みたいなところをなぞってるし。

 よく分からない。


 芸術


 ……と思ったら彼の私物の中から賞状をぺらりと。

 過去に色々と作って表彰されている。

 なんだこいつは……。


 資格


 さすがに電気通信設備工事担任者なんて持ってないだろう。

 私とて遊び半分に挑戦したら取れてしまうようなものだったが……。

 と、思ったのだが。

 危険物は一類から六類まですべて。

 火薬類の取扱い。

 劇毒物の取扱い。

 DD第二種。

 情報通信エンジニア。

 ガス溶接。

 フォークリフトや車やトラックや何かよく分からないものの運転免許。

 ほかにも検定はたっくさん……。

 なんやこいつ。


 うーん……。

 なんでもいいから勝ちたい。

 ……運が絡むもので……トランプ?

 いや待て、何か仕組まれる。


「さっきからなに悩んでる。また太ったか?」

「んな! 失敬な!」


 確かにお菓子の食べすぎかどうかは知らないけど体重増え気味ですけど!


「○君にどうやったら勝てるかってことを……ゴニョゴニョ」

「……素直に言うバカがここにいた」

「あっ……」



 かくして三十分後。

 近場の釣り場。


「やっさん、今日も釣れるか」

「おうおう兄ちゃん、今日はいつも以上にな」


 一本釣りようというか、すごく太くて長い竿に大きな針。

 それを防波堤の上から遠投するおじさんが一人。


「うっし、今日の晩飯かねて釣るぞ」

「……え?」

「金欠です」

「……えぇ?」


 嘘だ。

 だってさっきも財布の中に諭吉さんがたくさんいたじゃないか!


「ついでにどっちが多く釣れるか勝負しよう。ちなみに負けた方は魚をすべて捌く」

「……拒否した場合は?」

「飯は自分で作れ」


 私が作るとダークマター。

 やるしかないじゃん。

 しかも二人分別々にやると二度手間。

 仕方なく竿を用意して糸と針を結んでワームをつける。

 はじめのころは気持ち悪かったがやり始めると案外釣りの餌……気持ち悪いあれにも慣れてしまう。


「そぃ」


 投げて魚が食いつくの待つ。

 その間にもおじさんと彼は釣り上げていく。

 投げて引いたらもう引っかかっている。

 なんで……。


「やっさんボラ狙いですか」

「ああ大体はボラだけど、ほかにも釣れるよ」


 よく見れば餌をつけずに投げて引いてを繰り返している。


「引っ掛け釣り。まあ運が良ければ群れの一匹に引っ掛かって釣れる」



 そんなこんなで繰り返して数時間後。


「…………なんで?」

「こういう釣り方もありということで」


 私、五匹。

 彼、十二匹。

 負けた方が全部を捌くということは私一人で十七匹やれと?


「ほれ」

「え? なんで包丁持ってるの?」

「持って帰ってからやったら臭いからここでやれ」

「えー」


 隣を見るとおじさんも手早く締めて解体している。


「あんたぁ、魚ばらせるんかい?」

「で、できますよ」


 まだビチビチ跳ねるボラはかわいそうだけど包丁の柄でゴンと。

 エラを切ってバッカンに汲んでおいた海水に入れて血抜きして。

 それを他の魚にもして、最初につけたものから鱗を取って頭を落として。

 内臓抜いて……臭いよーぬるぬるするよー……。

 ちらっと見ても手伝う気ナッシングな彼。


「やっさん、トンビってどうやって食べるのがいい?」

「とってよかなもんかえな? ありゃあ確か」

「いやそういう法的問題とか無視で。肉食だから臭いとは思うが……」

「食べんほうがええんじゃなかろうか」

「やっぱそうですかい」


 人に仕事させておきながらこいつは……。

 そもそもどうやって捕まえるのかと言われても疑問に思わない。

 この前も手に餌をもって寄ってきたハトを捕まえていたから……。

 それを思うとこのあたりの通行人の持っている食べ物を狙うトビって……やられる。


 ピーヒョロロロロ……。


 特徴的な鳴き声がしたときには上空を飛び回るやつらが。

 まあこれはきっと私が捌いている魚の血の臭いにでも誘われたかな。


「兄ちゃん、捕まえんのかい」

「やりますよ?」


 ボラの内臓を適当に掴み上げると……よく触れるなあ……それをトビが掴みやすいように掲げる。

 しばらくすると急降下してきたトビが……内臓を掴もうとして首を掴まれた。


「なにやってるの!?」

「いやほら、簡単に取れる鳥肉というかさ」

「食べないから! かわいそうだから離してあげて!」



 こんなことがあった日の夜は、結局頼み込んで料理は全部任せた。

 出てきたメニューは竜田揚げ、アラ煮、味噌鍋、ボラの皮を揚げたもの。

 きちんと骨抜きや臭いとりがしてあって食べやすかったけども……。

 皮を揚げたやつちょっとかたかったけども……。

 野菜系が少なかったけども……。

 野郎!

 なんでなんでもできるの!


「○君の正体は一体……」

「殺し屋です」

「嘘だよね」

「実はプロの暗殺者です」

「嘘はよくないよ」

「実は体目当ての変態です」

「…………」

「そこだけ真に受けるのな……」


 どれも本当だったら今すぐ縛り上げて警察に突き出したい。


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