第2話 終焉の幕開け
あの後、俺は琴山を帰して司令官室に篭っていた。
あの時、あいつの言った言葉に意味がわからないでいると、奴はにこにこと変わらない笑顔のまま説明してきた。
琴山の言い分はこうだ。
ただ単に他の組織へ攻撃を仕掛けるのではなく、俺の組織と琴山の組織が協力同盟を結び、さらに他の組織へ侵略することで相手組織に早めに降伏させ、こちらの負担を軽減することが出来る。そして、相手組織に不平等条約を結ばせて、資源や金を山分けしてお互いにいい思いをする、ということらしい。
「悪い話じゃないでしょ?」と小首を傾げながら琴山が笑っていたのを思い出す。
一見優しそうな顔をしているくせに、腹の中は真っ黒だなと鼻で笑う。
確かに、彼の提案は決して悪い話ではない。だが、あちら側には一体何の得があるというのか。
軍の負担を軽くして、資源を獲得することは得ではあるが、せっかく手に入れた資源や金を山分けするなど、あいつらしくない。
彼はもっと、大幅に自分への得がないとあまり動くようなやつではない。
それなのに、どういう風の吹き回しだ。
俺にはあいつの考えがわからない。
昔はもっと、あいつの考えていることが手に取るようにわかったのに。
いや、それは、あいつがまだ素直だったからで、今では昔の話だ。
ああ、またこんなことを思い出してしまった。忘れよう。
「はぁ…」
俺の溜め息だけが静かな部屋に空しく響く。
結局、琴山の提案には賛成せず、はっきりと答えは出さなかった。
これが俺の悪い癖だ。何でも白黒はっきりしないで曖昧にして終わらせてしまう。
俺が「検討しておく」と答えたら、去り際に「言うだけじゃなくてちゃんと検討してよね。浅賀くん」と琴山に言われてしまった。
あいつにも俺の癖を見抜かれているようだ。敵に癖を見抜かれるなど、司令官失格だなと一人で自嘲する。
さて、どうしようかと腕を組み、椅子の背もたれに身体をを預ける。
琴山は何か企んでいるのかもしれないが……。
あいつと手を組むか、それとも拒むか。
俺はどの選択をすれば正解なのか、もはやわからなくなってきた。
俺は、どうすれば。
一人で悶々と考えている間に瞼が重くなってきた。俺はそれに逆らわずに目を閉じた。
夢を、見た。
それが夢だという認識があるのに、俺は何の違和感も疑問もなく、その夢の中で過ごしていた。
俺は山の中にいた。森林のように草木が生い茂った場所だった。今では珍しいほどの緑地だ。
何をするわけでもなく、ぼうっと突っ立っていると、奥の方から誰かが俺を呼んでいるのに気付いた。
俺はそちらの方に歩いて近づいて行くと、俺を呼んでいたのは少年だった。一瞬、女の子かとも思ったが、なんとなく男の子だと思った。
それにしても、見るからに幼い少年なのに、目線が俺と同じ位置にある。それに、地面が近い。
そんなことを考えていると、目の前にいた少年が俺の腕を引っ張った。
「早く行こうよ!」
そういって少年は俺の腕を引いて駆け出した。
その時に見た俺の短い腕と小さな手。
ああ、そうか、俺は子供だったんだな。
一人で納得していると、気付いた時には開けた場所にいた。森の外に出たみたいだ。
俺の腕を引っ張っていた少年はいつの間にかいなくなっていて、周りを見渡すと、遠いところに少年がこっちを向いて手を振っていた。
「こっちにおいでよ!すごいんだ!」
少年がはしゃいだように言ってくる。
全く、なんていいながら俺は少年のいる所へと歩いて行った。
目を覚ますと、先程と変わらない司令官室の姿があった。
俺は椅子に座って腕を組んでいた。
先程と違うのは、外から差し込む光で部屋全体が橙色に染まっていたこと。
……考えているうちに寝てしまったようだ。
早く事務仕事を終わらせなければ。
「……手を、組む……か」
誰に言うわけでもなくぽつりとつぶやいた。
それがどういう意味であるのかを俺は理解している。本当は、俺はどうしたいのか、それも知っている。
フッと口元を歪ませ、椅子を回転させて窓の外を見る。
「まんまと乗ってやろうじゃねぇか」
俺は知りたい。あいつが何を企んでいるのか、どうやって俺を楽しませてくれるのかを。
たとえ、それが俺の組織にどんな結果を招こうとも。