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企画参加作品(P)

冬やまの、ある日のできごと

作者: 高山 理図

挿絵(By みてみん)


 ある深い山のなかに、小さな古びた神社がありました。

 神社には、年老いたかみさまが住んでいました。


 その冬、神社にはたくさん雪が積もりました。

 あたりは銀世界です。

 あまりにも降りつもったので、かみさまは困りはてました。


「こまったのう。これいじょうつもったら、神社がつぶれてしまう」

 かみさまはうまれつき、神社のおきてでさいだんから外に出ることが出来ません。

 そこでかみさまは雪がやむようにと念じましたが、雪は降りやみません。そうこうしているうち、あっという間に、屋根には人ひとりぶんの高さにまで雪がつもりました。


 かみさまは神社に来る人たちひとりひとりに、屋根につもった雪をおろしてくれるようおねがいしてみました。

 どれだけよびかけても、聞いてくれる人はいませんでした。人々はかみさまに自分のお願いごとばかりをすると、さっさとかえってしまいました。

 しかしそれはいつものことでした。

 かみさまは山の下の村の人々のことを心配していましたが、人間たちは自分のことばかりで、かみさまのことを気にかけてくれる人はいなかったのです。


 かみさまのことを心から信じる人がいなかったので、人にはかみさまの声はきこえませんでした。神社におまいりに来る人でさえ、心から信じてくれる人があまりいなくなって、人から信じられなくなったかみさまはすっかりよわって、人々の願いをかなえる力もなくなっていました。


 雪はさらにさらに、ふり続きました。


 かみさまは雪をやませようと念じて力をつかいはたして、とうとう寝込んでしまいました。

 かみさまの念が通じたのか、雪はやっとのことでふりやみました。

 それでも、神社の屋根につもった雪は重くて、神社の柱は音をたててきしみはじめました。

 一匹のこぎつねが、かみさまを心配して神社のひさしの下から顔をだしました。

 親のいないこのこぎつねは、かみさまに育てられ、かみさまのお供えものをもらって暮らしていました。


「お前は早くどこかへいっておくれ。この雪の重みでは、いつ崩れてもおかしくない。そうするとお前もまきぞえにしてしまう」

 かみさまは、雪が屋根につもりすぎて神社がつぶれてしまうので、こぎつねに神社から出て行くように言いました。かみさまは神社の外に出られませんが、こぎつねは外に出られるからです。


「どうやったら、つぶれないの?」

 こぎつねには行くあてもありませんが、神社から逃げることはできます。

 それでも、こぎつねはかみさまをおいて逃げることはできません。

 かみさまは赤ちゃんのころからこぎつねをかわいがってくれましたし、やさしくしてくれたからです。


「わしは外に出られないから、人に雪かきをしてもらうしかないんじゃ。でも、もう無理じゃ。こうも雪が降ったら、人は雪深い山奥の神社にはこれなくなる。また、いつなだれがおきるともしれないから、来てもあぶない」

 かみさまはとうとう、自分が助かることをあきらめてしまったようでした。

 人に助けを呼んで、人が雪山でそうなんしたりなだれにまきこまれることも、かみさまはのぞみませんでした。

 やさしいかみさまは、いつも人のことを思っていたからです。


「じゃあ、おいらが雪かきをやるよ」

 こぎつねは外にとび出しましたが、小さな体では屋根の上にあがるのは無理です。

 人間に手伝ってもらうしかありません。

 でも人間に助けを求めるなんて、できるんだろうかとこぎつねは思いました。こぎつねは人間にたいして、いい思いはありません。こぎつねのお母さんは、猟師にうたれてころされてしまったのでした。人間はこわいものだと、こぎつねは思っていました。


「かみさま、おいら、やっぱり雪かきをしてくれる人をつれてくるよ」

「小さなお前に何ができる、その気持ちだけで十分じゃ、それに、人に来てもらうのもあぶない」

 かみさまは首をふりました。

「もう、お前に食べ物をあげられるのもこれで最後じゃ。もうここへは戻ってくるでないぞ、それに、人間に助けを求めてはいかんぞ」

 かみさまは、なけなしのお供え物を袋につめて、こぎつねに出て行くように言いました。


「おいら、もどってくるよ」

 こぎつねは、かならず戻ってくるつもりでした。

 かみさまの言うとおりに、お供えものと、そしてさい銭箱のお金をかき集めて袋にいれました。

 雪かきのお礼にしようと思ったのです。


 雪はやんでいたので、こぎつねは意をけっして、人間のいる村に出かけました。


 山をおりるとちゅう、つかれたこぎつねは木の下で少し休むことにしました。

 袋の中から、りんごをとりだして今にもかじろうとしたときです。

「こぎつねさん、こぎつねさん」

 後ろから、声がきこえました。ふりかえると小さな女の子が、こまったようにこぎつねを呼びました。

 かみさまと暮らしていたおかげで、こぎつねは人間の言葉がわかります。

「そのりんごをくださいな」

 何でだろう、とこぎつねはけいかいして耳をぴんとたてました。

「雪遊びをしていたらお父さんとお母さんとはぐれて、ずいぶん山の中を歩いているわ。雪にぬれて冷たいし、もうひもじくてしかたがないの」

 少しかわいそうに思ったこぎつねは、りんごをあげました。まだひもじそうにしていたので、りんごだけではなく、みかんもあげました。

 そして、近くの村まで、女の子をおくりとどけてあげました。

 村では、女の子のお父さんとお母さんが、女の子をさがしくたびれていました。

「送ってくれてありがとう、こぎつねさん、さようなら」

 女の子はそう言って、うれしそうにお父さんとお母さんのもとにかけよっていきました。


 ああ、人間の言葉を話せたら、神社の雪をおろしてほしいとたのめたかもしれないのに。ざんねんに思いながら、手をふる女の子に、こぎつねはさびしそうにしっぽをふりました。


 そのあと、こぎつねが道ばたを歩いていると、バス停で途方にくれている親子がいました。

「おかーちゃん、もうつかれて歩けないー! バスで帰るの!」

「仕方ないじゃないか、お金がないんだから歩くしかないよ」

「びええー! おなかもすいたー!」

 こぎつねが話を聞いていると、お母さんがお財布をなくしたようでした。

 女の子はおんぶをせがみ、おなかがすいたといいます。お母さんは大きな荷物を背負っていましたから、おんぶはできません。

 どうやらこの雪道を、ふたりは隣村まで歩かなければならないようでした。

 隣村はとても遠くて、いくつもの山が立ちはだかっていることをこぎつねは知っています。

 こぎつねは、自分が持ってきたおさいせんがあれば、二人がバスにのって隣村にかえれるかもしれないと思いました。

 そこで、そっとバス停のベンチの上に、おさいせんを袋から出しておきました。おなかをすかせた女の子のために、果物もいくつかおいておきました。

「あ、誰かがお金をおいてる。みかんも」

「ほんとだ、さっきまでなかったのに」

 あたりをみわたしても、人っこひとりいません。

「見て! あのこぎつねさんかも」

 女の子は、しげみに走りさるこぎつねを見つけて指さしました。

「こら、たまげたね。きつねさん、ありがとう」

 こぎつねのうしろ姿に、母親は感謝しました。

 こぎつねは、大きな荷物をかかえて、くたびれた二人に雪かきをしてほしいと言い出すことができませんでした。


 こうして雪かきのお礼にするはずだった品を、こぎつねは全部あげてしまいました。

 もう、だめかもしれない、とこぎつねは思いました。

 何もみかえりがなくて、人間が雪かきをしてくれるとは思えませんでした。


 これからどうしようかと村の入り口で立ちつくしていると、猟師の男が、鉄砲を持って歩いてきました。こぎつねは鉄砲でうたれるかもしれないと怖くなって、納屋のかげに隠れていました。

 猟師はうろうろと、雪の上で何かをさがしまわっていました。

「ああ、ない。ない。ないったらない。だいじな火薬袋をどこに落としてしまったんだ」

 それを聞いたこぎつねは、この男の力にはなれないし、雪かきを手伝ってくれそうにもない、と思いました。火薬を見つけてあげたら、それを鉄砲に詰めて撃たれるかもしれないと思うと、おそろしくてたまりませんでした。

 それでも、こぎつねは鼻がいいので、たちまち雪の中に火薬ぶくろが埋まっているのを見つけてしまいました。おっかなびっくり後ろから近づいて、猟師の足元に袋をそうっとおくと、いちもくさんに逃げました。

 猟師はこぎつねの後ろすがたを見て何か言いかけましたが、こぎつねはふりかえりませんでした。


 あたりはすっかり暗くなって、夕方になっていました。

 こぎつねはつかれはてて、もう一日も何も食べていなくて、おなかもすきました。

 そして、かみさまのことが心配になりました。

 こぎつねはへとへとでしたが、今日のうちに神社にもどることにしました。

 時間をかけて山を登りきると、こぎつねは目をうたがいました。

 神社はすでに、山からのなだれがおきて埋もれてしまっていたのです。


「かみさま! かえってきたよ! へんじをして、かみさま!」

 よんでもよんでも、返事はありません。

 もう、おそかったのです。

 毎日お供え物をくれ、かわいがって育ててくれたかみさまへのおんがえしが、できなかったのです。


「おいら、頑張ったのに、やっぱり人間にはきてもらえなかった」

 こぎつねはひとばんじゅう、コーンコーンと泣きました。

 そして、人間に助けをもとめてはいけないと言われたのに、かみさまの言いつけをやぶったことをくやみました。 


 さむくて、さびしくて、怖い思いをしながら、それでも夜は明けました。

 木かげのしたの雪のうえで、泣きつかれて寒さにこごえるこぎつねは、雪をかじりました。

 のどのかわきはいえましたが、おなかはぺこぺこですし、何より心にはぽっかりと穴があいて、つめたくてしかたがないのです。


 そんなとき、何人かの人間の声と足音が近づいてきているのを聞きました。


 長い鉄砲をかついだ猟師を先頭に、人々が神社に向かっているようです。

「こっちだ」

「まだかすかに、きつねの足跡がある」

 こぎつねの足跡をつけて、人間が追ってきたのです。

 もはやこれまでだ、あの鉄砲でうたれるんだと、こぎつねは思いました。

 しかも、先頭を歩いていた猟師はよりによって、昨日火薬袋を見つけてあげた猟師でした。そして、そのあとに続いてきたのは、昨日、こぎつねが親切にしてあげた人たちでした。


 人間たちに、親切にしてあげたのがまちがいだったのか、と思いました。


 りんごをあげずに、女の子を迷子のままほうっておけばよかったと思いました。

 親子に、おさいせんをあげなければよかったと思いました。

 猟師に火薬袋なんか見つけてあげるんじゃなかったと思いました。 


 人々はとうとう、足跡をたどってこぎつねのところにやってきました。

 雪はふりやんでいて、足跡ははっきり残っていたのです。


 こぎつねは腰をぬかして、ふるえあがって、目をつぶりました。

 すると、こぎつねの首に、ふわりとしたものが巻かれました。


「きのうは、ありがとう、こぎつねさん」

 最初にりんごをあげた女の子が、こぎつねのくびにマフラーを巻きながら呼びかけました。


「みんなで、おかえしを持ってきたんだよ」

 りんごをあげた女の子とそのお父さんとお母さんは、こぎつねがさむそうだと思って腹巻きとマフラーを持ってきていました。


「あのときのお金を、返しにきたよ」

 女の子と母親が、たくさんのお金と、そしてこぎつねの大好物のいなりずしをこぎつねの前におきました。

 とてもいいにおいが、はらぺこのこぎつねの鼻をくすぐります。

「わしも助かったよ」

 猟師さんがこぎつねの前に、鉄砲をおきました。

 そして、たくさんのやさいをドカドカとおきました。鉄砲だと思った長いものは、よく見ればごぼうを束ねたものでした。


 みんな手に手に、こぎつねへのお礼の品を持ってきていたのです。


 こぎつねはもちろんうれしくなりましたが、それをもらうよりもずっとだいじなことがありました。

 雪に埋もれた神社に向かってひとこえなきました。

 その人たちはこぎつねが何をしてほしいのかすぐに気づきました。 


「こぎつねさんのおうちだったの?」

 こぎつねは、コンとうなづきました。

 屋根のうえの雪かき。それはどんなお礼の品よりも、こぎつねが求めていたことでした。


「わしらに、まかせろ」

 人々の力で、あっという間にふりつもった雪は神社の屋根からおろされました。

 こぎつねは神社の中にかけこむと、かみさまはぶじでした。

 かみさまとこぎつねは、だきあってよろこびました。


 そのとき、かみさまのすがたは、人々の目にはっきりと見えました。 

 人々はだまって手をあわせて、かみさまと神社のことを気にかけなかったことをはんせいしました。


 その後、神社はたえず人々がそうじをしにきましたので、いつもぴかぴかでした。

 お供えものもふえて、こぎつねはよろこびました。

 かみさまを信じる人がふえて、かみさまは力をとりもどしました。

 そして、人々はもっとかみさまを信じるようになりました。


 こぎつねはどうなったのでしょう。

 もちろん、神社のひさしの下で、かみさまと幸せにくらしましたとさ。

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