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Honey?  作者: 朱咲カホル
3/3

act.2 甘く切なく

 有明和真は全国にその名を知られた有明グループの次期当主である。

 深い赤みがかった黒髪、意志の強さを輝きに宿したまなざし。すらりとした体躯に整った顔立ちの彼は、二七歳になった今、いくつかの事業を任されており、忙しい日々を送っていた。

 そろそろ日付が変わろうかという時刻。自宅の玄関を開けると、ひどく甘ったるい匂いが和真を出迎えた。

「なんだあ、この匂いは」

 遅れてやってきた、友人であり護衛役でもある水瀬翔が声を上げた。武骨な容貌が驚きを表している。

 翔は一九二センチと鍛え抜かれた体型をしており、その声量は体格に見合って大きい。よって彼の素っ頓狂な声に、キッチンにいた女性陣が顔を出した。

「あ、お兄ちゃんと翔くん、おかえり~」

 そう言ってパタパタと駆けよってくるのは妹の李莉子だ。小柄な体型と天真爛漫な性格は幼いころから変わらなくて微笑ましい。

「おかえりなさいませ、和真さま」

 そう言って慣れた仕草で鞄を受け取るのは、和真の秘書を務める小早川希だ。落ち着いた物腰と雰囲気の彼女は、和真たちの高校時代の後輩でもあった。

 和真は鞄を希に渡しながら、

「いったいなにをしているんだ?」

 と、腹違いの妹に問いかければ、「チョコレートケーキを作ってるんだヨ!」と元気な声が返ってきた。

「ケーキ? だれかの誕生日なのか?」

 怪訝に思い首をかしげる。記憶には該当する人物が存在しないのだが――

 そんな兄に李莉子は「ちがうヨ!」と腰に手をやり、キッとにらみつける。が、元来幼い容姿の彼女はただかわいらしいだけだった。

「ほんとーにお兄ちゃんはこういうのにウトいよね、もうっ」

 ぷんすかと憤っているようだ。が、和真には思いあたる事柄がなく、思わず隣の翔を見やる。

「なにかあったか?」

 が、返ってきたのはあきれと苦笑まじりの視線だった。

「これがフザケてんなら殴りがいもあるんだがなあ」

 このど天然が。

 さすがにそこまで言われれば、ムッと眉間にヒビが入るもの。天然などと、心底心外だ。

 まったく正解に行きつかない兄に焦れた李莉子が「もう!」と嘆息し、

「明日はバレンタインなんだヨ!!」

「……」

 沈黙。そうして、和真はやっと思いいたったのである。

「ああ、今日は二月十三日だったか」

 忙しさのあまり日付の感覚がわからなくなってひさしい。希がいなければ和真のスケジュール進行は狂いに狂いまくっていたことだろう。

 そんな兄に李莉子は、

「もうっ、毎年あたしと希ちゃんで手作りチョコあげてるのに!!」

 ぷんすかぷんすかと両手を振り上げている。いたくご立腹のようだ。

「お前、そんなんでよく女にモテるよな」

 翔はあきれ顔だ。

 それでなんで女っ気がないのかねえ、とは心の中にとどめておく。

「意外だよね。どっちかといえばユキナリの方が興味なさそうなのにね」

「お嬢、あいつはホレた女限定だ」

「あはは。依ちゃんだいすき! だもんね、ユキナリ」

 などと、当人が聞けば不機嫌指数が急降下しそうな会話に、和真は苦笑する。

 依子と幸成とはあることがきっかけで知り合ったのだが――あの二人は元気にしているだろうか。

 などと、敵対関係にある美園財閥に縁ある二人に思いをはせていると、ずいっときれいに包装された箱が目の前に差し出された。

「はい。これはあたしからお兄ちゃんへ!」

 どうやらバレンタイのチョコらしい。

「ケーキじゃないのか?」

「チョコケーキはハルカくんと一緒に食べるんだヨ」

 にこにこ、にこにこ。

 満面の笑みを浮かべる李莉子。

 その表情はとても楽しそうで、和真は「そうか」と妹の髪をなでた。

 と、キッチンから希の声が。

「李莉子さま、そろそろいいですよ」

「はーい。あ、お兄ちゃん」

 一度キッチンに向かいかけ、くるりと振り返る。

「どうした?」

「それ」

 びしり、と和真が手にしている箱を指さす。

「?」

「それは"あたし"からだからね」

「あ、ああ」

 なぜ念押しされたのかわからず、やや戸惑いつつもうなずく。

「わかっている」

 さすがにそこまで忘れっぽくないぞ。

 これが翔に言われたのならばムッとするだろうが、相手は年の離れた妹だ。苦笑するだけにとどめておく。

 けれどよほど信用がないのか、つぶらな瞳がじっとこちらを見上げている。

「ほんと、ニブいんだから」

 ため息とともにそう言い残してキッチンへと消えていく李莉子だった。

「?」

 いったいなにがなんなのか。

 わけがわからず首をかしげていた和真だったが、ふと複雑そうな表情をした。

 それに気づいた翔が、

「どうした、和真」

 と声をかければ、

「いや、娘を持つ父親の心境というのはこんな感じなのかと思ってな」

 さみしげに笑う和真だった。

 本人はいたってまじめだったのだが、翔は「ぶっ!」と吹き出した。遠慮もせずにバンバン壁を叩いている。よっぽどツボに入ったらしい。

「翔」

 ジト目で友人兼護衛を見やる。

「わ、わりぃわりぃ……ま、お嬢もいつまでも子どもじゃねぇってことだな」

 なんとか笑いの発作を抑えつつ、翔もまたやさしいまなざしをキッチンへと向けた。

「そうだな」

 感慨深くうなずく和真の胸の内に去来するのは、苦い後悔の念だった。

 助けてやらねばならなかったときに、助けてやらなかった過去の自分。きっとその苦い思いはこれからも背負い続けるだろう。それでも――

 李莉子が笑顔でいられるならこの感情も甘んじて受け入れよう。

 妹のもの言いたげなまなざしの意味を和真が知るのは、まだまだ先の出来事だった。

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