たぶんゆめにきた
まよったんでまよったままかきました。
「ここどこよ」
少女が目を覚ますと、普段寝ている部屋では無く、辺り一面が古くさい石で出来た牢屋のような場所に寝かされていた。
布団から這い出て自身を見下ろすと、二十を超えるというのに一度も成長することが無い、壁のような胸と、寝る前に着ていたシャツと下着が目に入る。
合計で三百円にも満たない、安物だ。
色気がまったく無いこの体に何かされた様子は無い。
血が出ていたり、白い液体でも付いていればろくでも無いことをされたのだろうが、五体満足である。
とはいえ、裸で寝ていたとしても襲われない自信はあるが。
古ぼけた鉄の柵に、壊れているドア。
牢屋として生まれたのだろうが、既にその役目を終えて、眠りに付いたのだろう。
裸足のままであるが当たりを見ても履き物は無い、小さな石や砂が落ちていて足の裏が痛むが問題は無いだろう、私のような色気が無い女が多少怪我をしたところで、価値は変わらない。
壊れたドアを押すと、完全に壊れたららしく地面に向かい倒れた。
右は行き止まりで、左は下る階段。
どちらかが一方通行ならば下るしか無い。
そう考え、岩のはずなのに何故か柔らかい階段を下る。
何で出来ているのだろう、これは。
一分程階段を下ると道があるのがわかる。
綺麗な一本道で、人の気配は相変わらず感じない。
ジャリジャリと歩く度に音がなる。
辺りを見渡しても明かりと呼べるものが何も無いのに、道が見える。
洞窟の中なのだろうか、人が二人分歩くスペースだけ開いており、その道が続いている。
空気は軽い。
洞窟だというのに、新鮮な空気が吸えるというのは、どういうことなんだろう。
今流行のマイナスイオンとか、なんか凄い科学っぽい何かなのだろう。
裸足のまま同じ景色の一本道の洞窟を歩き続ける。
生き物の気配は無い、虫一匹すらいないようだ。
出口が見える気配も無い、何十分歩いたかわからないが、足が痛い、こんなことなら寝る前に靴を履いて寝ればよかった、そうすればまだまだ歩ける、まあ閉鎖空間を歩かされるなんて思いもしなかったから履いて無くて当然なのだが。
「…黙っていても疲れる、適度に独り言を話そう」
人間というものは閉鎖空間にいると精神がやばくなるらしい。
「とは言え、具体的にどれくらいいて何をしていたら、おかしくなるかは知らない」
「そもそも閉鎖空間だと精神おかしくなるらしいが、洞窟ならどうなのだろうか」
やはり話していると精神が落ち着いてくる、ではまず寝る前のことを思いだそう。
「…ネトゲして疲れて寝た」
我ながら絶望的にダメ人間である。
それ以外に記憶していることは無い。
名前や住所と言った記憶喪失にありがちなことは全て覚えている。
牢屋に寝かされるような機会も、洞窟を歩かされる機会も存在しなかった。
「つまりこれは夢でそのうち目が覚める、と」
これが夢だと自覚すると今まで自分の身体のように動かしていた身体が、操られているかのように感じる。
疲れていたはずの身体も途端に人形のように感じられる。
「起きるまで暇だ、何か可愛らしい生き物出てこい」
具体的な創造をせずに、可愛らしい生き物を念じると、小さな太陽くんが出てきた。
幼稚園児が太陽に顔を落書きしたかのような感じであり、手と足は無く太陽らしき球形に平面の顔がついている、正直気持ち悪い、とても可愛くは見えない。
「チェンジで」
「コンニチハ」
太陽くんを消そうにも消し方がわからない、それどころか片言の棒読みのまま近づいてくる。
その姿を見て私は怖じ気づく。
感覚でいうならば、深夜人気の無い道を歩いた時に感じる寒気だろうか。
不気味で仕方がない。
「コンニチハコンニチハ」
その間にも洞窟の真ん中に落ちている太陽くんは不気味な声を発生しつつ近づいてくる。
精神安定のため彼氏にでも抱きつき、壁にしたい。
残念なことに彼氏いない歴が年齢とイコールだが。
「コンニチハコンニチハコンニチハ」
「…動きは遅いし逃げれば良いか」
太陽くんと話していて、相当混乱していたらしい。
逃げれば良いという当たり前の事実に気が付かなかった。
「さらばだ明智くん」
「コンニチハコンニチハコンニチハコンニチハ」
太陽くんに背を向けて歩き始める。
今まで歩いてきた苦労が水の泡であるが、夢だとわかってから足が痛く無く、身体が軽い。
背中から太陽くんの声を感じるが次第に遠くなっていく。
何時までこの夢を見るかはわからないが、牢屋に戻る頃には目が覚めているはずだ。
「もっと楽しい夢が見たかった…」
色気が皆無で、異性にモテたことが無い私であるが、それ相応の感受性は持っている。
遊べば楽しいと感じられるし、親しい人間が亡くなると悲しいと感じる。
「折角の夢なのだからやはりお姫様になりたい」
浮いた話一つ無い私であるが、色恋にはやはり憧れるし性欲ぐらいはある。
一人遊びが一日五回はやり過ぎな気もするが、相手がいないから仕方がないであろう。
そんなことを考えつつ洞窟をしばらく歩くと、最初の牢屋が見えてきた。
「コンニチハ」
ドアの前には太陽くんがいる。
先程振り切ったはずだというのに、どこから沸いてでたのだろうか。
後ろを振り返ると先程の太陽くんの影も形も無い、増えたのだろうか。
「そこをどいてほしいのだが」
「コンニチハコンニチハ」
太陽くんはこちらの言葉が理解できないらしく、その場からこちらに動いてくる。
口が無いと言うのに、ひっきり無しに挨拶をし続けているのがひたすら不気味だ。
可愛いもの出てこいと思い、太陽くんがでてきた私の頭はどうなっているのだろうか。
「コンニチハコンニチハコンニチハ」
「困った…」
前門の太陽くん、後門の太陽くんと言ったところか、どちらに足を踏み出したとしても太陽くんと接触することになりそうだ。
手を口に寄せ、考えている間にも太陽くんは近づいて来る。
最初は不気味な存在に見えて、怖いだけであったが。
「コンニチハコンニチハコンニチハコンニチハ」
「とにかく怖い」
他の表現が浮かばない。
怖いものは怖い、他に色々な表現があると思うがとにかく怖い、全然可愛くない。
これを可愛いと思う人間がいたら私は見てみたい、精神病院に行くことをオススメする。
「コンニチハコンニチハコンニチハコンニチハコンニチハコンニチハ」
「いい加減この夢から覚めて貰えぬものか…」
太陽くんはサッカーのボールくせらいの大きさなので、上や横が空いてはいるのだが。
通った瞬間何かが生えてきて、捕まりそうだ。
こんな怖い物から触手とかが生えてきたら、泣き叫ぶかも知れないし、エロルートになるかも知れない。
いくら性欲発散相手に飢えているからといってこの相手は無い。
「コンニチハコンニチハコンニチハコンニチハコンニチハコンニチハコンニチハ」
「…死ぬか」
夢の中で死ねば、目が覚めるだろう。
そうは思うのだがふと嫌な予感がする。
これがもし現実だとしたら、その時は勿論死にっぱなしだ。
先ほどは自分の身体と思えなかったが、途端に感覚が戻ってくる。
夢か現実か判断が付かなくなってきた。
その間にも太陽くんは挨拶をしながら近づいてくる。
後ろに逃げたところで、さきほどの太陽くんとこの太陽くんとはさみうちだ。
ならば、この場でなんとかするしかない。
選択肢は戦う、魔法、アイテム、にげるといったところであろう。
にげるは無い、逃げたところで挟み撃ちだ。
アイテムは、安物のシャツと下着しかつけてない女に何を使わせようというのか。
「燃えろ、ファイヤーボール」
手を振りかざし、それっぽいことを唱えてみる。
勿論何も起きない、魔法が使えないから当たり前である。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア」
だというのに人の断末魔の声に身体が震える。
何が起きた、何が起きたって太陽くんが突然悲鳴をあげ始めた。
先ほどまでは棒読みだったというのに、突然感情を込めて、人間のような断末魔をあげ始めた。
私の手からは何もでていない。
だというのに、最初に出会った時のままの幼稚園の落書きのような顔のまま。
どこから発声してるかわからない悲鳴を上げ始めた。
そして爆発音が聞こえ、私の身体に何かがこびり付く。
思わず変な声があがり尻餅を付く、太陽くんが爆発したのだ。
訳がわからない。
小規模な爆発が起こり、辺り一面に赤い何かが飛び散る。
私の顔や身体、下着にも何か赤いものがこびり付いている。
これが何であるかは考えたくない。
「い、一体、な、なんなの?」
腰が抜けるかと思ったが、私の腰は頑丈であるらしく抜けていない。
が、何が起きたか判らず判断に困る。
怖いものがいなくなったので、牢屋に戻ることはできる。
後ろから太陽くんが戻ってこないうちに早く牢屋に戻らなければ、ドアは壊れているが
あの形ならばそもそも階段を登ることはできないだろう。
顔についた赤いものを手で拭い、地面に投げ飛ばす。
地面にも赤い何かや、気持ち悪い何かがいっぱいあるが、我慢する。
ぐちゃぐちゃと嫌な音とと、足に柔らかい何かを潰す感触が伝わってくるが。
「平常心だ、平常心を保てわたし、これはトマト、トマトなのよ」
トマトを踏み潰していると自分に言い聞かせる。
そして、来る時。
・・
一分程下ってきた階段を下り、行き止まりであったはずの道を歩き、ドアを開ける。
そこは外の世界であった。
地面は真っ暗で何も無い、空に私が住んでいた町並みが半透明になって見える。
一歩でも足を踏み出すと奈落の底に落ちて生きそうな暗闇であるが。
足に地面の感覚がある。
何も無いようにしか見えないが、地面がある、どうなっているのだ。
「…れこよにな」
何が起きているのだ、夢では無いのかこれは。
私はどこに迷い込んでしまったのだ。
少女
体力 げんき
精神 げんき
アイテム 安物のシャツと下着
ばしょ いりぐちふきん