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matataki

ヒトカケラノキモチ

作者: 大橋 秀人

瞬くと、暗闇の中に白く艶やかな頬が浮かび上がった。


微睡んだのか、とても大切な何かを忘れてしまった気がする。


でも今はそれどころではない。


目の前で美鈴が寝息を立てているではないか。


僕の腕を枕にして。


彼女が息を大きく吸うと、お腹があたる。


そのくらい密着している。


今まで一度も触れたことがなかった美鈴に、気づいたら触れていた。


僕はドキドキして、息の吸い方を忘れてしまうくらい。


彼女の呼吸に合わせて、できるだけゆっくり小さく、ぎこちなく空気を吸う。


甘くて清潔なシャンプーの香りが吸い込まれ、胸が一杯になってしまう。


月光を浴びた頬が冷たく青々としているのに対して、唇は熱を持っているようだった。


ふっくらと盛り上がった唇は、白光に晒されてもなお赤かった。


僕は思い切って、自由である片方の手で彼女を抱こうと決めた。


もう片方は首に廻っているのだから、後は背中に手を廻せば抱いたことになる。


熱を持った布団を持ち上げ、ゆっくりと手を伸ばす。


その間も視線は彼女の寝顔を見守っている。


美鈴は小さな寝息で、深く寝入っているようだ。


背に手を当てた時、瞼がピクリと動いたのは、きっと気のせいだろう。


僕は気が遠くなるほどの時間を費やし、ゆっくりと美鈴を抱きしめていった。


女の子の肌とは、こんなにも柔らかいものなのか。


そう思いながら、もっと強く、もっと強くという想いに駆られた。


でも、目を覚ましたときのことを考えると、そんな大それたことはできない。


彼女が目を覚ましたとき、僕はいつもどおり、何でも話せる男友達で居なければならないのだ。


抱きしめれば抱きしめるほど、僕の胸は苦しくなる一方だった。


だから、それでも、こうなったからには。


と自分を奮起させる。


寝入っている彼女に、口づけしたい。


それさえできれば、僕はもう、何も望まない。


一生、彼女の良き理解者を演じ続けてもいい。


それがどんなに苦しくても、今この瞬間を糧に生きていける。


僕はそう思い、彼女に顔を近づけていく。


無理に呼吸を整えて、涼しい顔の美鈴に口づけを―――。


しようと思ったが、やはりできなかった。


月明かりに照らされた彼女が、あまりにも無防備に見えたから。


きっと、口づけをしたところで、彼女の気持ちは僕に傾かない。


そもそも、美鈴が僕に対して抱いている感情がわからない。


このままでは一生、彼女の気持ちのほんのヒトカケラも僕には汲み取れないだろう。


少し体をずらして、月光を眺めた。


どうせ、僕は意気地のない男ですよ。


月に悪びれた。


好きな女に口づけもできない男ですよ。


溜め息しか出ない。


顔を戻すと美鈴がこちらを見ていた。


やさしい微笑みを湛えていた。


大きな瞳が月光に瑞々しく輝いていた。


「・・・いいよ?」


そう言った彼女は一転、ひどく切ない顔をして見せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  彼女が最後に見せた「ヒトカケラ」の気持ち。無理やり作ったた笑みの後に零れ落ちた想い……。  素敵な描写だったと思います。 [一言]  恐らく、彼女は初めからこうなる事を望んでいたのでしょ…
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