第2話 悪夢の予兆
「サム」
ゆっくりとリビングへ降りていくとテッドにそう話しかけられた。
「何?父さん」
「『アバンのベランダ』に行ってみないか?」
アバンのベランダ。それは数百年前のアバン帝国の時代に建てられた城の一角で西と東と南にそれぞれ大きなベランダのようなものがある。朝日も夕日も、また、高く上った日も美しいと評され、そのような愛称がついた。
「どうして?」
「いや、・・・行った事が無いだろう?それに・・・思い出になればと思ってな」
サミュエルはコクリと頷いた。それを見てアリシアは微笑み、楽しんできてね、と言った。
馬車を借りて一時間、そして山を三十分かけて登り、城についた。アバンのベランダはそれほど美しいわけでなく、サミュエルは次第に暇になってきたが、父さんの中に少しでもいい思い出をと思い、努めて笑うことにした。
「今日は平日だからな。貸切だ」
「本当に、素晴らしいね」
サミュエルはふと眼下の崖を見てあれ、と思った。金髪をポニーテールにして、長い前髪を左右に半々で分けている少女が、崖に腰掛けて海を見つめていたと思うと、ふいに立ち上がり、両腕を翼のように広げ、飛び降りるようにした。
「危ないッッ!!」
サミュエルはそう叫ぶと、タッと走り、60度も傾斜のある崖を下った。サミュエルっ、とテッドが叫ぶ声が聞えた。タタタッと走ると少女は音に気付き、サミュエルをチラリと見ると藪に飛び込み、姿を消した。
「ああ、何という事だ・・・・。サミュエル・・お前は・・・・・・・」
テッドがそう呟く声が聞え、サミュエルは自分を映す海面を見た。・・・ありえなかった。腕の皮はピンと張った黒い馬の皮のようなものになり、指先はピンと尖り、爪は見えなくなっていた。黒く尖った尾が生え、その先端は黒い炎が踊っていた。そういえば、手全体も同じような黒い炎に覆われ、耳はいつの間にかおとぎ話に出てくるエルフのように尖り、そこにも炎がちらついていた。サミュエルは崖をよじ登ると、父の顔を見て言った。
「父さん・・・・これは・・・・・・・・・?」
「・・。お前が、何か。やっと、今、分かった・・・・・。」
テッドはとぎれとぎれに話した。
「黒い腕、尖った耳、長い尾。そしてそれらを包む黒い炎。・・・父さんだって話でしか聞いたことは無い。実際に見ることになるとは思っても居なかった。お前は、お前は・・・・・・・」
テッドの顔は苦痛にゆがめられ、苦しげだった。
「言わないで、父さん。わかったよ。俺は、俺は・・」
テッドが小さくやめろ、やめろ。そんな筈無いじゃないか、と言う。
「俺は、悪魔だ。俺は・・・悪魔の子だ」
そう言った直後、言いようも無い無力感に襲われた。
(そうだ。俺はなんでもなかったんだ。俺は英雄の子なんかじゃなかったんだ。神の息子でも、天使の息子でもなかったんだ。俺は、汚れた悪魔の子だったんだ。俺は、・・・死の十字架を背負う定めの、悪魔の子だったんだ・・・・・・・)