第29話 エンリケの正体
巨大な豪華客船の船上に立ち込める紫色の霧。
確かに その中に暗殺者の気配がするが この視界では肉眼で捉えることは難しい。
ロイは目には頼らず 魔力探知で敵の位置を探る。
「…右だ!」
『止まれ!ロイ!』
飛び出そうとしたロイをレムナントの声が制止する。
何故かロイの首筋から血が滴り落ちていた。
「鋼糸か…」
肉眼では捉えにくいが よく目を凝らすとロイの周辺一帯に鋼の糸が張りめぐらされていた。
ロイの首筋を傷つけたのは この鋼糸だったのだ。
レムナントの制止が後一歩遅れていたら ロイの首が宙を舞っていたことだろう。
「姉様。あいつ アタイの鋼糸に気付きやがったよ!?」
「へぇ~。なかなか楽しませてくれそうじゃないか。」
周囲に 性格の悪そうな二人の女の声が響く。
しかし 霧に邪魔をされて 姿を確認することは出来なかった。
そして ロイが周辺の鋼糸を切り裂こうと動いた時のことであった。
「ぅぐっ…!」
ロイの視界が揺れ 激しい痙攣と共に片膝をつく。
この霧の正体は只の霧ではなく 毒霧だったのだ。
「アハハハハ!どうやら私の毒霧は防げなかったみたいだね。」
「流石姉様!」
毒霧の中から姿を現す二人の女。
二人共 口にはガスマスクを装着している。
「あら?よく見れば可愛い坊やだこと。
殺すのは勿体無いわねぇ。
そう思わない?ルールゥ。」
かなり露出の激しい黒いボンテージの様な服装で 明るい金髪のロングヘアー。
右の目尻から頬にかけて蛇のタトゥーが入っている 一見するとセクシーな美しい大人の女性が口を開く。
「アタイはパスだね。
こんなションベン臭そうなガキ。
ララァ姉様は趣味悪すぎなんだよ。」
ルールゥと呼ばれた金髪のツインポニーテールの女が答える。
彼女の服装も蛇のタトゥーの女と同じ 黒いボンテージの様なものであった。
しかも同じなのは服装だけではない。
髪型こそ違えど二人の顔は瓜二つだったのだ。
彼女達は暗殺ギルド クリムゾンの幹部クラス 双子の姉妹暗殺者 ララァとルールゥだ。
「くそ…油断した…」
苦しそうな表情で耐えるロイ。
ロイの意識は今にも飛びそうであった。
「可哀想に。すぐに楽にしてあげるわ。」
ララァは懐から短刀を取り出す。
その刃にはビッシリと猛毒が塗られていた。
そして邪悪な笑みを浮かべながら ゆっくりとロイへ近付いていく。
『ロイ!我を召喚しろ!』
ロイの脳内でレムナントが叫ぶ。
ゲオルグ戦で数々のロイの窮地を救ったレムナントならば この局面を打開出来る可能性がある。
ロイは自由のきかない体に力を振り絞り 無理矢理に動かして素早く右手を掲げた。
「来い!レムナント!」
黒い魔方陣が出現し 光と共に魔剣レムナントが召喚される。
その光景を見た姉妹は目を丸くさせていた。
「なにさ?あれ!?」
「召喚?剣を召喚なんて聞いたこともないよ!?」
レムナントの異様な気配に姉妹は警戒を始める。
そんな二人を尻目にレムナントの水晶が輝きだし 姉妹はそれを何かの攻撃と判断して後方へ飛び退く。
『我が毒を中和する!少し じっとしていろ!』
続いてロイの体が輝き 体内の毒を分解し 中和していく。
みるみる内にロイの表情に生気が戻り 毒は完全に体から取り除かれた。
「…体が楽になった。
すまねぇ レムナント。」
『フン!世話のかかる 奴だ。』
自由を取り戻したロイは ゆっくりと立ち上がり 姉妹を睨み付けた。
「どういうことだい?何故動ける?
あの剣が毒を治したってのかい!?」
明らかに毒の脅威から逃れたロイを見て ララァは悔しげに歯を食い縛る。
その様子からすると 今まで彼女の毒から逃れた者はいなかったのであろう。
「調子こいてんじゃねぇぞ!ビチグソ野郎!」
先に動いたのは 妹のルールゥ。
両手を左右に振り抜き 見えない鋼糸を飛散させる。
放たれた鋼糸はロイを急襲する。
しかし ロイは目を凝らして鋼糸の動きを見極め かわし始めたのだ。
最早これは人間業ではない。
「嘘だろ!?なんでアタイの鋼糸を避けれるんだよ!?」
怒るルールゥは闇雲に鋼糸を踊らせた。
縦横無尽に暴れ狂う鋼糸。
流石のロイも全てを見極めることが出来ず 体のあちこちを切り裂かれていく。
「生意気なんだよ!!」
間髪入れずにララァが数本のナイフを投げつけた。
勿論このナイフにも毒が付着されている。
「くそぉっ!」
鋼糸を避けることで手一杯のロイにはナイフを避ける余裕がない。
二対一というアドバンテージを惜しみ無く発揮された訳だ。
どんどん迫り来る毒ナイフ。
ロイの眼前にまで迫った その時…
一陣の矢がナイフを全て射ち払う。
「遅ぇよ…」
安堵の表情を浮かべながらロイが呟く。
矢の出所はデッキ前方にある高いマストの頂上。
そこに立つのは旋風騎士団所属 ジャヤ族のヒスカだった。
「ごめん…船…広い。」
相変わらずの口調で謝罪をしながら ヒスカは弓に矢を二本セットして引き絞っていた。
ヒスカの矢の先端は既にララァとルールゥを捉えている。
「さぁ!こっからは二対二だ!
形勢逆転といこうか!」
レムナントを片手で振り回しながら吠えるロイ。
ヒスカの参戦で事態は一気に好転するだろう。
ー☆ー
エンジンルーム
黒い煙を吹き出しながら 激しく燃え上がるメインエンジン。
それを船の整備班の男達が慌てて消火作業を行っていた。
リンレイとトーマはエンジンルームへと到着すると 周囲の索敵 及び状況を調べ始めていた。
「敵の気配はありませんね。」
「そうだな。だが ここを襲撃したのは間違いないようだぜ。」
リンレイはメインエンジンを顎で示した。
トーマは彼の示す通り メインエンジンを目を凝らして凝視する。
「……あっ!」
燃え上がっていて見えにくいが メインエンジンの側面部分に 大きな刀傷のようなものが確認出来る。
つまり何者かが攻撃を加えた証拠ということだ。
しかし どこかに移動したのか その何者かの気配は感じられない。
考えられることは一つ。
「まさか既に!?」
「…だろうな。
姫達の元へ向かった筈だ。急ぐぞ!」
トーマとリンレイは急ぎ 姫達の部屋へと向かう。
ー☆ー
姫達の部屋前
敵の出現に備え 鉄鍵騎士団が大盾を構え 守りを固めていた。
「状況は!?」
そこへエンリケが合流する。
「現在 旋風騎士団達が暗殺者二名と交戦中だ。
後は敵の人数等は全て把握出来ていない。」
ハインリッヒが悔しそうな表情で報告をする。
護衛部隊にとっては圧倒的に不利な状況である。
その時…ゴゴゴという重い鉄を引きずるような音が辺りに響き渡る。
「なんだ!?なんの音だ!?」
鉄鍵騎士団に緊張が走る。
音は確実にこちらに向かって来ていた。
「隊長!あれを!」
鉄鍵騎士団の騎士が指を指した方向に 異様な男が立っている。
口元と目の部分以外 全身を包帯でグルグル巻きにし 錆び付いた鎧を身につけた大男。
右手には巨大な片刃の剣を地面に引き摺りながら握っていた。
その剣は大剣というより鉄の塊と言った方が正しいぐらいの巨大さであった。
「どうやら奴がメインエンジンを破壊した奴のようだな。」
「何故分かる?」
エンリケの言葉にハインリッヒが疑問をぶつける。
「奴の体からオイルと焦げ臭い匂いがする。」
エンリケは大男の体から放たれる微量な匂いを嗅ぎとっていたのだ。
そしてエンリケは腰から二本の斧を取り出し 臨戦態勢に入る。
「フシューフシュー…」
不気味な呼吸を繰り返しながら大男がどんどん鉄鍵騎士団の方へ近付いていく。
「来るぞ!!」
エンリケの声と同時に大男が高く飛び上がる。
豪華客船の高い天井スレスレの高さまで舞い上がっていた。
巨体にも関わらず かなり高い身体能力を持ち合わせているようだ。
高い跳躍からの巨体による巨大すぎる大剣の一撃。
盾を構えていたハインリッヒともう一人の騎士は防御不能と判断し 素早く後退する。
エンリケも同じ様に回避行動に移った。
大男が繰り出した一撃は空振りに終わったものの 一振りで通路の床をいとも簡単に粉砕する。
「なんて威力だ。
かすっただけでも致命傷だな。」
エンリケは苦笑いを浮かべながら口を開いた。
粉砕された床の砂埃が舞う中 大男は大剣を担ぎ上げ 再びゆっくりと歩き出す。
「姫達の近くで こいつの相手をするのはリスクが高すぎる!
俺が引き付けるからアンタ等は姫達を連れて逃げてくれ!」
エンリケが叫びながら大男へと疾走する。
ハインリッヒと騎士はエンリケの言葉に頷き 姫達を逃がす為に素早く部屋へと入っていったのだった。
それを確認するとエンリケは二本の斧を器用に指で回しながら跳躍する。
「さぁ!遊ぼうぜ!」
渾身の一撃を大男に振り下ろす。
一方の大男は何故か避ける素振りすら見せず その場でじっとしていた。
エンリケの二本の斧はそのまま大男の頭部へと斬り込んでいく。
舞い散る血飛沫。
しかし 大男の体は微動だにしない。
それどころか何の反応すら示さなかった。
「なんだ!コイツは!?」
確かな手応えは感じたものの 大男の全くの無反応さにエンリケは眉を寄せた。
その時 姫達を連れたハインリッヒ達が部屋から飛び出してくる。
「おぉ!やったのか?エンリケ!?」
大男の頭部に斧を斬り込ませているエンリケの姿を見て ハインリッヒが足を止めた。
「止まるな!走れ!!」
エンリケの叫びと同時に まるで姫達が出てくるのを待っていたかの様に再び動き出す大男。
その光景を見たハインリッヒは慌てて姫達の手を取り 走り出した。
「ぐぁっ!」
大男はエンリケを太い腕で弾き飛ばし 姫達の元へ駆け出していく。
逃げ切るのは不可能と悟ったハインリッヒは姫達を背中側に回し 盾を構えた。
ゴギィッッッッッ!!!!
凄まじく鈍い音が辺りに響き渡る。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!!」
大男の一撃は巨大な盾ごとハインリッヒの両腕の骨を砕いたのだ。
「フシューフシュー!」
不気味な呼吸を繰り返しながら大男が大剣を振り上げる。
ハインリッヒに止めを刺すつもりである。
万事休す。
「お前の相手はこっちだろ?」
その時 灰色の毛むくじゃらの太い腕が大男の腕を掴んだ。
「な なんだこれは?エンリケ…なのか?」
ハインリッヒの目に映ったものはバキバキと骨の折れる音を奏でながら姿が変形していくエンリケの姿だった。
体は筋肉が増幅し 体型すらも変わっていた。
鼻筋と口元の骨格が前に突きだし 耳の位置が頭頂部の方へ吊り上げられていく。
更には全身から灰色の体毛が生えだしていた。
その姿はまるで狼男そのもの。
彼は普通の人間ではなくライカンスロープだったのだ。
ライカンスロープとは獣人種。
獣の遺伝子を持った人間のことである。
彼等は感情が高ぶったり致命傷を負うと獣人の姿となり 暴れ狂う種族なのだ。
しかし能力の高いライカンスロープは自らの意思で獣化し 闘うことが可能だという。
獣人の特徴としては桁違いの身体能力と圧倒的な治癒力だ。
獣化したライカンスロープは頭を潰さなければ倒せないと言われる程である。
「ボーっと 突っ立ってんじゃねぇよ!」
エンリケは拳を大男の顔面に激しく叩きつけた。
獣化しながらも自らの意思で闘っているところを見るとエンリケはどうやら能力の高いライカンスロープのようだ。
殴られた大男は吹っ飛ばされ 壁に激突する。
「第二ラウンド開始のゴングだ。
さっさと立ちやがれ!」
狼男と化したエンリケは喉を鳴らしながら手招きをしてみせた。
その隙を見てハインリッヒが姫達を連れて この場から離脱する。
エンリケが獣化したことにより戦局は一気に好転するかと思われた その時…
「何を遊んでいる?二号。」
通路の奥から白衣に身を包んだ背の低い小太りの男が姿を現した。
「新手か…」
エンリケは敵の伏兵の登場に舌打ちをする。
科学者の様な出で立ちの白衣の男は下品な笑みを浮かべていたのだった。




