第1話 銀髪の男
「ママ、ワンちゃんだよ!お腹空いてるんじゃないかな?さっき買ったパンを少しあげてもいい?」
村の正門近くにある商店街の裏道に3匹の犬が喉を鳴らして潜んでいるのを少年は発見した。
建物と建物に挟まれた狭い場所で太陽の日差しも当たらない 薄暗い場所なので 姿ははっきりとは確認できないが たしかに痩せこけた3匹の犬が存在する。
「少しだけよ。ほら、おやりなさい。」
少年の母親は優しく微笑み パンの一欠片を少年に手渡す。
「おいしいよ。こっちにおいで!」
少年はしゃがみこんで3匹の犬に向かってパンを差し出した。
それに反応し犬達はゆっくりと少年に歩み寄る。
しかし その瞬間…
「…ひっっ!!」
母親は恐怖に顔を青ざめ 喉の奥から声にならない声で悲鳴をあげた。
3匹の犬が少年に歩み寄り僅かに日差しによって その姿が映し出されたのだ。
姿形は犬のそれだが 体毛は全く生えず 生物とは思えないような不気味なドス黒い皮膚が露になっている。口は耳元まで裂け 鋭利な牙がズラリと剥き出しの状態で 目は瞳が無く眼球全てが真っ赤に光っていた。
ヘルハウンド…
この生物は犬などではなく 正真正銘の魔物だ。
言うまでもなく この親子はヘルハウンドによって無惨に殺されたのだった。
―☆―
ここはトト村。広大なガレン大陸の最南端に位置する小さな村だ。花や草が数多く生い茂る自然豊かな平和な村だ。否…
「平和な村だった」が正しい表現だろう。
先日の親子が魔物に喰い殺された事件があり、村長は傭兵ギルドに魔物討伐の依頼を出していた。
傭兵ギルドに依頼を頼むシステムには2パターンある。一つは自分の好きなギルドに直接 手紙や訪問で交渉するパターン。
もう一つは政府に書状を送り 政府側が最適なギルドを選んで依頼主の元へ派遣するパターンだ。依頼するギルドによるが こちらのほうが依頼料は高くつく。
今回のケースのように今まで平和だった場所に初めて魔物が現れた場合は、政府を通して依頼するパターンが多い。なぜなら ギルドに直接依頼して依頼料だけを取られる詐欺が存在するからだ。ギルドや依頼のノウハウを知らない素人を狙った極めて悪質な詐欺だ。
どうでもいいが俗に『ギルド詐欺』と呼ばれている。
「村長!いつになったらギルドの方達は来るんですか!?」
「このままじゃ安心して買い物もできないわ!騙されたんじゃないの!?」
村人達は怒りを露に次々に村長に抗議をしていた。
「皆、すまぬ。内の村には政府を通して依頼出来る程の資金の持ち合わせがなかったんじゃ…」
村長は両手で顔を覆い 詐欺を行った相手への怒りと自分の愚かな行為への悔しさに 力いっぱい歯を食い縛った。
―☆―
トト村 商店街
「なんだよ、腹ごしらえしようと思ったのに人っこ一人いねぇじゃねぇか。」
商店街の道の真ん中を一人の青年が不機嫌そうに歩いていた。
身長は178前後 筋肉質のガッチリとした体格で髪は珍しい銀髪 身なりは黒のレザーの上下 ジャケットの背中の部分には白い翼の刺繍が施されている。背中には彼の身長と同じぐらいはありそうな巨大な剣を背負っている。
「ちくしょう腹減ったな…ん?」
青年の視線の先には一人の小さな少年が立っていた。
「おい坊主。どうした迷子か?」
「違うよ。パパもママも他の村の人もみんな村長さんの所に行っちゃったんだ。だから僕はここで待ってるんだよ。」
「そうか。すぐ帰って来るといいな。俺はロイ、ロイ・ストライドだ。お前は?」
ロイは少年に握手を求めるように手を差し出す。
その手をギュッと握りしめ 少年は答えた。
「エバンだよ。」
そう言いながらエバンは不思議そうにロイを見つめる。
「ん?どうした?俺の顔に何かついてるか?」
「お兄ちゃん どうして髪の毛真っ白なの?本当はお爺さん?」
なんで銀髪なのかは わかんねぇんだよなぁ。変だよな?」
ロイの問いにエバンは激しく首を横に振って答える。
「カッコいいよ?」
「本当か?へへ…」
ロイは嬉しそうに笑顔を見せた。
幼き頃から特殊な銀髪のせいで忌み嫌われてきた彼にとって この少年の言葉は心の底から嬉しかったのだ。
「そうだ エバン その村長さんの家はどこか教えてくれないか?」
―☆―
時同じくしてトト村 村長宅。
「ギャァァァァ!!」
村長への抗議が続くなか 突如 外から男の悲鳴が轟く。そして村人達の視線が一斉に玄関の扉へと集まった。
バタン!!
扉が激しく開かれ そこに血まみれの村の男が血相を変えて 飛び込んできた。
一斉に悲鳴があがり 怯える村人達。
「助けてくれ!魔物だ!!魔物が現れっ――」
男の声は途中で ヘルハウンドに首を噛みつかれたことにより 遮られる。
その瞬間 村人達の悲鳴は更に大きくなり 人を押し退け外に飛び出そうとする者 家具の裏に身を潜め隠れようとする者 文字通りパニック状態に陥った。
「パパ!ママ!!」
その時 玄関の扉の向こう側 道の真ん中に先程ロイと会話していた少年 エバンが立っていた。
「エバン!逃げてぇぇっ!!」
エバンの母親が奇声に近い声で叫ぶ。
しかし 男に噛みついたヘルハウンドとは別の2匹が喉を鳴らし ヨダレを垂らしながら じりじりとエバンに迫っていく。
恐怖で身動き一つとれないエバンは 涙を流し 震えることしかできない。
その時…
凄まじい風圧が巻き起こり 2匹のヘルハウンドは胴体を真っ二つに両断される。
その中心 エバンの前に銀髪の青年が身の丈程ある大剣を構え 立っていた。
ロイだ。
エバンと村人達はその姿を見つめ 唖然としている。
「馬鹿野郎 危ねぇから隠れてろって言ったろ?急に飛び出しやがって。」
「ごめんなさい…」
叱られて落ち込むエバンの頭に優しく手を乗せるロイ。
「後は任せろ!」
そう告げた後にロイの眼光は先程までとは別人のように鋭くヘルハウンドに放たれる。
睨まれたヘルハウンドは一瞬怯んだように後退り すぐに戦闘態勢に入る。
「来やがれ 犬っころ。」
ロイはニヤリと笑って見せた。
その瞬間 ヘルハウンドはそれをわかって怒ったようにロイに牙を向いて 飛び掛かる。
ロイはそれをひらりと華麗にかわし 体を回転させながら大剣でヘルハウンドを一刀両断に斬り伏せた。
「一丁上がりっと。」
大剣を軽々と片腕で持ち上げ 肩に乗せて エバンに微笑むロイ。
そんなロイをエバンはヒーロー番組を観る子供のようなキラキラした瞳で見つめていた。
「貴方はギルドの方ですか!?」
村長がペコペコと何度も頭を下げながら ロイに話し掛ける。
「ん?まぁ そうだけど。」
「よかった…私は騙されていた訳じゃなかったんですね…」
「いや アンタは騙されてるよ。」
「え!?」
胸を撫で下ろす村長にロイは告げた。村長は目を丸くしている。
「どういうことです?貴方はギルドの方なんですよね?」
「そうだけどアンタが依頼してたギルドの者じゃねぇんだよ。俺達のギルドはギルド詐欺を行う奴等を捕らえる仕事もしてるんだ。それでたまたま今回のアンタが出した依頼状をその仕事中に見つけて変わりに俺が来たってわけだ。」
「そうだったのですか…本当にありがとうございます。我々が今生きているのは貴方のお陰です…」
そう言って村長はロイに深く頭を下げた。
「いいってことよ。じゃあな。エバンもまたな。今度遊びにでも来るぜ。」
ロイはエバンの頭をくしゃくしゃと撫で回し 歩き出した。
「待って下され!貴方のギルドの名前は…」
村長の問いにロイは足を止める。
そして 背中を向けたまま答えた。
「白銀の翼だ。」




